36話

どん!どん!

と、朝っぱらから騒がしくなり続ける足音に俺は目を覚ました。

「ジーマくん、起きて!」

足音を忙しく鳴らしていたのは、この前俺が助けた5歳の男の子だった。

「ウーン…」

身体を起こし、低く唸る。

「ブルベのおじさんがね、おもちゃくれたの!」

男の子は俺の目の前に、ブルベが与えたらしいおもちゃを突き出した。

──近い…。

俺は目を擦ると、パチパチと目を瞬かせながらじっとそのおもちゃを見つめた。

木製らしいな。しかしよく出来ている。エメルさんが食料のついでにお願いしたのかな?

「いいでしょ?」

その子は身体をくねくねと左右に捻らせながら、ニヤついた顔で言った。

「いいね。お兄ちゃんの分はないかな?」

「あるわけないじゃん!」

そう言うと男の子は、豪快に声をあげて笑った。

「ハハハ…」

俺は寝起きのテンションで苦笑すると、男の子の頭を軽く撫でてあげた。

「ジョージ、朝ごはんの時間よ」

男の子の母親が、その子を遠くから呼んだ。

なるほどこの子の名前はジョージと言うのか。

「ジョージ…?お母さんが呼んでるよ?」

「うん。ジーマくんも一緒に行こ?」

「お兄ちゃんはまだ寝ていたいんだ。お行き?」

俺が彼の背中を押しながらそう言うと、ジョージは渋々といった感じで母親の方へ向かった。

それを見届けると、俺はもう1度薄い布の中へ身体を潜らせた。

──さて、もう1度寝るとする……


「あんたも起きなさいよ」

「……睡眠っつうのは、2度寝から気持ちいいんだぜイリーナ?」


俺はボロボロの枕に頭を乗せたまま、片目だけ開けてそう言った。

見ると、そこにはイリーナが、腰に手を当てて俺を見下ろしていた。

「訳の分からないこと言わないで、さっさと起きる!朝ごはんできてるのよ!?」

イリーナは、俺から布団代わりの布を無理やり引き剥がした。すると猛烈の寒さが俺を襲う。

「ハックション!!……ンン!イリーナ!」

俺は噴き出た鼻水を拭うことなくそう怒鳴ったが、イリーナは気にする様子もなくハンカチを取り出して俺に渡してきた。

「…ブルベさんも来てるの。私達も食料を貰ってるんだから、挨拶ぐらいしないと」

「…!?何!」

まだブルベはいるのか!?

なるほどそれは彼女の言う通りかもしれん。まだ昨日の金のことのお礼を言ってないしな。

「…分かったよ。起きる」

そう言うと俺は、身体を起こして伸びをした。

「結構素直なのね…」

「そうだね、言われてみれば俺は結構素直かも。だがそのおかげで、コロコロ自分の意思も変わったりするが」

「柔軟性と言えば聞こえはいいわ」

「…聞こえはな?」

俺は小さく笑うと立ち上がり、皆のいる食堂に向かった。






「ジーマの奴、遅いな」

イリーナは起こしに行った筈だが、まだなのか?もう皆席について待っているぞ。

「朝食はいつもこんなに遅いのか?」

父さんは少しイライラした様子だった。

「いや、つい最近かわいい奴が来てね。そいつは朝が遅くて……。昨日そちらにも赴いた筈だけど?」

「ああ奴か…」

すると彼はやや納得した様子で頷いた。

…ジーマは上手くやってくれたのか。良かった。

「ところで、その……」

「ん?」

父さんはやや小さめな声で話をふってきた。

「結婚のことだが…」

──ッ!?結婚!

「おお!」

私はテーブルに身を乗り出し、顔を父親に近づけた。

「……エメル。気分の上がることがあっても、すぐ人に顔を近づけるのはよくない」

「あっ」

私はテーブルから身を下ろすと、手元を押さえてオホホホと笑ってみせた。

──危ない危ない……。

「それで、その話題をふってきた訳は?」

「ああそう…。その…」

「まさか、見合い話?」

「まさか!」

そう言うと父さんは、声をあげて笑い出した。

「ですよねー」

私は父さんから視線を逸らして、冷たい声で呟いた。

「誰かいい男は見つかったか?」

「ああ、そう言う話ね…」

私は明らかに気力の抜けた声を発すると、頷いて納得したことをしめした。

「いい男、いい男…」

んー、なんだ?

私の周囲にそんな男なんて……。

──あ、


「すみません待たせちゃって!」


ジーマが大慌てな様子でイリーナとともに席についた。

「あいつは?」

父さんが静かに耳打ちした。

「いい奴だよ。だが歳下でさらに恋人もいたんじゃあな?」

「あー、そうか」

父さんは納得した様子で頷くと、私達は皆と一緒に合掌を済ませて冷えた朝食を食べた。







「ブルベさん、その…」

「ん?」

朝食を済ませてすぐ、俺は昨日の金について礼を言おうとブルベに声をかけた。

「昨日はありがとうございます」

「あ?ああ、気にせんでいい」

ブルベはぶっきらぼうな言い方であったが、少しでも他人に優しくする心が持てたようで俺は満足だった。

「…用はそれだけか?」

「え!?いやぁ、そんな…」

彼の急なツッコミに俺は焦らされた。そのせいでまだ会話が続くかのような言い方になってしまった。

──ど、どうしよ。なにかわ、話題はー…。

突然慌てふためく様子の俺を見て、ブルベも戸惑っていた。

「お、おい。大丈……」

「あ!」

彼が俺を気遣って心配の声をかけようとしたそのとき、俺が思いきり大声をあげてしまったので、彼を驚かしてしまった。

「あ、すみません」

「こ、今度はなんだぁ!?」

「ブルベさんて、大体いつ頃帰られるんですかね?」

「あ、ああ、昼過ぎ頃に帰るつもりだよ」

「そうですか。まあ、エメルさんとも久しぶりでしょうし、短い間ですが話をしてみてはどうです?」

「そのつもりさ」

「……」

「そうしたいけどな…」

そう言うとブルベは行きたくても行けないといったもどかし気な表情をした。それを俺は見逃さなかった。

「では、俺はこれで」

そう言うと俺は、足速にその場を去った。

──昼過ぎか。まだ時間もあるな。

俺は懐中時計を1度覗くと、エメルさんの部屋に向かった。


彼女の部屋には扉がない。だから、止まることなく入ってくる冷たい空気に、彼女をとても困っているらしい。

エメルさんの部屋を覗くと、彼女が椅子に座って静かに読書している光景が目に飛び込んできた。いつもの様子からは想像できない、至って静かな彼女だ。

「エメルさん…?」

俺が彼女の名を呼ぶと、彼女は背中を大きく跳ね上がらせて驚いた。

「ジーマ!?……なんだ。驚かすなよ」

振り向きながら、安堵の表情で彼女は言った。彼女は軽く身体を震わせると、鼻水をすすり俺の目を見た。

「なら、ドアぐらいつけたらどうです。様子を見る限りエメルさんも寒そうにしてますし、こっちだってその気はなくても驚かれて、悪者扱いされたらたまりません」

俺はガックリ肩を落としながらため息混じりにそう言った。燈台の上のあかりが、少し揺らいだように感じた。

「それが出来りゃあやってるよ。で、何しに来た?」

「いやぁ、その、余計かもしれないですけど…」

「ん?」

「ブルベさんが、エメルさんと話したそうな様子でしたよ?昼には帰るつもりだそうですし…」

「……それだけか?」

エメルさんは視線を本に戻した。

「行ってあげないんです?」

俺がそう言うと彼女はため息をつきながら本を閉じた。

「私達。父さんと私は、親子同士なのに素直になれなくて…。長く話していると父さんは説教くさくなるし、私は反抗気味になる。死んだ母さんはそんな私達を見て、2人ともよく似ていると笑ったものだ。今よりはずっと微笑ましい口論だったからな」

エメルさんは上を見つめながら、昔と今を行き来した。口調は静かかつゆっくりで哀愁を漂わせていた。

「母さんが生きてた頃はまだ金持ちじゃなかったんだよ?割と庶民的な暮らしだったんだ。けど、母さんが死んでから、父さんは仕事に夢中になった。母さんの分、私をなんとか幸せにしようとして。仕事はご存知の通り大成功。…だけど、父さんは仕事の疲れやストレスを下の者にぶつけるようになった。そして父さんは変わった。私も親の愛情に触れず、大人になり損ねたまま時間を過ごしてしまった」

「あなたが…?」

「…幸せなんて結局は、金で買えなかったよ。私は金持ちの娘になりたかった訳じゃない。辛くてもいい、苦しくてもいい。ただ、父さんに大事にされたかった。それだけなのに」

「エメルさん…」

親もいない俺には他人事のようなことかもしれないが、それでも彼女の言葉は俺の胸を締め付けた。

「今私がここにいるのは、金も権力もなく救いを求めている人達を、娘は大切にしているという私なりのアピールなんだ。目下の者を人間として見ていない父さんにそう伝えたいんだ」

────……?

「え?あっ」

俺は思わず声を詰まらせた。その言葉がどこか頭の中でひっかかったのだ。

「私も全く幼稚だな。口で伝えるのではなく、行動で示そうとは…。それでは、ずっと遠回りじゃないか。父さんも変わる様子ではないし…」

独り言のように小さくなっていくエメルさんの声を聞くたび、俺の「何か」は大きくなっていった。そして、彼女の最後の一言を聞いたとき、俺はさっきのつっかかりの正体を掴んだ。

違う。違う、ブルベは…!

「それは!!」

俺が大声でそう言うと、彼女はギョッとしたような感じで視線を俺に向けた。

「違います……」

刺さるようで痛い視線に、俺は若干弱りつつも口だけは止まらなかった。

「い、いえ、変わりつつあるといいましょうか!いや、変わったのか…?だからその…!エメルさん?」

1つ深呼吸して心を落ち着かせると、俺はもう1度口を開いた。

ただの蝋燭の灯りでさえ、この空間には暖かかった。

「彼、つい最近命を狙われて、殺されそうになったんですよ。なんでも、その命を狙ったのは殺し屋ハンターだとか」

「ッ!?ハンターが!?」

彼女はさらに目を開けて驚いた。

一般社会から隔絶されたこの場所に居ても、流石にハンターの存在は知っているか。知ってくれてはいても、あまり喜べないな。まあ、そんなことはいいのだ。

「兵士ってのはこういう話に耳が良くてね?昨日聞いた話を聞く限り彼も反省し、命を狙われる原因についていろいろ考え、少しずつ変わろうとしているそうです。それだけでも大きな変化でしょ?」

俺がそう言うとエメルさんは口元を手で覆い、何か考えるような素振りを見せた。

「ブルベさん、最近は奴隷の方にも優しくするようにしているそうですよ。それが底からの感情かは知らないけれど」

「父さんが!?」

「エメルさん、あなたも。これからはブルベさんと一緒に変わっていくんです。まだ終わっていない。変わろうとした、これからが始まりなんです」

「……」

エメルさんはまだ信じられていないといった表情だった。俯いたまま、静かに呟く。

「そうか…。変われてなかったのは、私だけだったか」

「エメルさん…。そう悲観しないでください」

「いや…。していない!むしろ希望だらけさ。お前のおかげで、私も変われる気がしたよ」

エメルさんは顔をあげると満面の笑みを浮かべてこちらを見た。

「まだ少し、不安もあるけどそれも乗り越えていける気がした。ありがとう」

俺はその言葉を聞いて顔を赤く染めた。

彼女は勢いよく椅子から立ち上がると、気持ち良さげに少し伸びをした。

「父さんと話してくる」

「エメルさん…」

俺は思わず感動してしまった。彼女の表情には、もうさっきのような哀愁は感じず、清々しさで眩しかった。


エメルさんがブルベと話している間、俺は2人の側にいた。それは彼女の願いだった。

少しでも険悪な雰囲気になると、場をとりもつために。やはり不安になるものだ。

だが、その不安でさえ彼女はさきほどの言葉通り乗り越え、2人の空気が険悪になることはなかった。

彼女達がテーブル越しに向き合い、会話を始めてからおよそ1時間がたった。

開始10分くらいまで頭に入ってきた会話も、1時間もすると入らなくなるものだ。

彼女達は色々な話題で盛り上がった。母親のこと、仕事のこと。そしてここでの暮らしのこと。

どれをとってもまだ浅いことしか知らない俺は、やはり会話に入れず、ひとり疎外感を感じていた。だが、俺が疎外されても何の問題もないのだ。むしろ、親子水入らずの時間でいいのではないか?

それにブルベと話すエメルさん、とても楽しそうだ。

俺は楽しそうに話すエメルさんの横顔を覗き、少しだけ笑みを浮かべた。


それからしばらくしたころ、遠くから鳴り響く、街の鐘の音がこの地下にも聞こえた。

昼の12時を伝える鐘だ。

「あ、もう12時か」

エメルさんは会話に夢中になりすぎていて、昼の見回りのことを忘れていた。

エメルさんもブルベも少し惜しいといった感じで、俺はその2人の様子を真横から眺めていた。

「まあ、近いうちまた会いに来るさ。今度は時間に縛られないよう予定のない日に来るからな」

ブルベはそう言うと椅子から立ち上がり、自分の鞄に荷物を片付けだした。

「ああ、待ってる」

エメルさんも立ち上がると、その片付けを手伝おうとした。

せっかく良い雰囲気だったのに…。時間という流れて止まないものに邪魔されるとは。

今度ブルベが来たときにまた同じような雰囲気を作れるとは限らない。俺はこのタイミングを逃してはならないと思った。

「ブルベさんって、ここからいつもどういう帰り方をするんですか?」

俺は何気ない感じで聞いてみた。

「ああ、馬車で迎えが来てな。そこから帰るんだ。あと2、30分で着くと思うが…」

「あ、じゃあ、僕が先に見回りしときますんで、エメルさんはギリギリまでブルベさんと話していて結構ですよ」

俺は少し無茶苦茶な提案をした。流石に彼女もそれにはツッコむ。

「ジーマ、それは悪いよ。私も一緒に…」

エメルさんが言い終える前に俺は彼女に向けて2回ウィンクした。すると彼女は「あ〜」といった感じで頷いた。

「……そうだな。ジーマ、任せていいか?」

「そりゃ、モチロン!」

俺はビシッと敬礼してみせると、予め準備しておいた装備を一瞬の間で身につけると、韋駄天のように秘密基地を飛び出した。







「色々とヤバいな、アイツ」

父さんはジーマの慌ただしい様子に思わず苦笑していた。

「ああ、でも、やっぱりジーマは私の自慢だ」

今であれば胸を張ってそう言える。私にとって彼は、既にかけがえのない存在になっていた。

「そういやぁその…。ジーマのことなんだが…」

父さんがコメカミをポリポリと掻きながら言った。

「ん?ジーマがどうしたって?」

「昨日不思議なことがあってな。俺はこの前、色々あってハンターに命を狙われたんだよ」

「うん、知ってる。ジーマがさっき言ってたよ」

「そう、そのことなんだ!」

父さんは指を鳴らして、人差し指を私に向けてきた。父さんは曇らせた表情を維持したまま腕を組んで、1度低く唸ると続けた。

「実はそのことは兵士どころか、私の部下や警備にも言ってないんだよ。彼らが知っているのは、私の警備が突然何者かに殺されたことだけ。まあ、私の奴隷が依頼主ではあるのだが。そのことはある男に口止めされててな。確か…ジョセフだったかな」

「ジョセフ!?」

私は思わぬところでその名を聞いた。

「そのジョセフ、何故だか事件のことを秘密にしたがるんだよ。まあ彼、ハンター討伐隊の隊長らしいから、私も信用して守ってはいるのだが」

──ジーマの言っていたジョセフか。

「ジョセフのことはジーマから聞いている。どうやらジーマ、ジョセフと親友らしいんだよ。だからジョセフも、ジーマにうっかり話しちゃったのかもな」

「ああ、なるほど…」

父さんはなんとなく腑に落ちない様子ではありつつも納得したような素振りを私に見せた。

私はそんなこと気にせず、片付けを続けた。

「よし、終わり!」

私は最後の荷物を鞄に詰め込むと、パンっとその少し膨らんだ鞄を叩いた。

「……せっかくジーマが作ってくれた時間だが、私にはこれから少し用事があってね」

私は鞄を父さんに渡しつつそう言った。

「用事って?」

「捕らえたセナル教信者の世話。私にも、救うために殺す勇気があれば、こんなことはしないんだが…」

私は少し暗めにそう言うと、ある部屋に向かった。

この地下には主に私の部屋と、みんなが集い食事する部屋、寝る部屋。そしてもうひとつ、一時的にセナル教信者を捕らえておく部屋がある。

そこはセナル教信者を単に捕らえておくだけの部屋ではなく、簡単ではあるが治療し、役人に引き取ってもらうまでの時間を過ごしてもらう部屋だ。

ジーマは知らなかったが、セナル教の存在は役人に徐々に認知されていっている。特に刑務官の人達にね。まあ兵士と刑務官では仕事の内容も違うし、兵士のジーマがわからなかったのもおかしくはないのだが、一応国を守る兵士だろ?知っておいても良かったのではないか?

まあ、そんなことは置いといて。役人が引き取りにくる日は明日の午後。それまでは食事と治療もしてやらないとな。

私は彼らにひと通りのお世話をすると部屋から出て、また食事部屋に戻った。

すると、すっかり帰り支度を終え、馬車を待つ父の姿があった。




貧民街は今にも崩れそうなボロボロの建物がひしめき合って構成されており、通路といえば人が2人並ぶくらいの狭いものであった。

──……おかしい。

地下を出た瞬間から視線のようなものを感じて止まない。それは昨日と全く同じ感覚であった。昨日は気のせいと片付けたが、

誰かが俺を狙っている……?


………………。







「そこだ!」

俺はそう叫ぶと腰にさげていたピストルを抜き取り、視線を感じていた上方向に発砲した。

「……」

誰もいない?というか視線を感じない…?

弾丸は建物の屋根を削るようにして飛んでいった。

思えば感じるといっても微弱なものだったし……俺の気のせいか?


──……?


「…誰もいないな」

俺は若干顔が赤く熱くなっているのを感じながら、仕事を再開した。1人ではあるが、恥ずかしい気持ちを抑えきれず、笑ってごまかした。


おれは秘密基地の入り口を睨むようにしていた。キラリと光る銃口を向けて。

さっき、要注意人物とされていたジーマとかいう男が秘密基地から出た。その男は、あのジジ様でも敵わなかった強者で、おれの気配にも気づいていた。

気のせいと片付けられたから良かったものの、もしあのまま見つかっていたら間違いなくやられていた。

おれは、胸を撫で下ろし、自分を落ちつけるように呟いた。

「危ない、危ない」

「的なこと考えてるんだろ?」


「……ッ!!??」


男は驚きのあまり小さな悲鳴をあげながら勢いよく振り向いた。その顔は大きく目を見開いていて、恐怖を感じていた様子であった。

「俺がジーマだよ、その」

俺は彼の目前にトマホークを突きつけた。兵士用とは違う、オーダーメイドの方である。やはり兵士用のだと力の減少が抑えられなかった。当然だ。何せ守りたいという感情自体、俺には特殊なものであるからな。

「あんたセナル教の者だろ?悪いが、そいつを見逃せるほど、俺も人好しじゃあないんでね」

俺がそう言うと男は、恐怖に満ちた表情で俺を見た。

「あ、あんた、おれには気づかなかったんじゃあ…。それに、気配すら感じなかった…」

男は今にも逃げだしそうであった。声からして、まだ死を覚悟しきれていないようである。

「演技に決まってる。貴様の気配なんざ、そりゃもうビンビンに感じてたぜ。それに気配を消すことくらい俺には容易い」

気配を強く感じていたのは嘘だが。本当はそのことが気になり過ぎて探しまくっただけだった。

「う、ウワァァァア!!」

男はあまりの出来事に正気を失ったのか、俺に向けて銃を発砲した。俺は反応が遅れ、弾丸を間一髪のところで避けると、男に向けてトマホークを振り下ろした。

無理な体勢で振り下ろしたからか、男もその一撃を躱すと、ひょいと抜けてそのまま逃げだした。

「チィッ!逃すか!」

俺は一足遅れて男を追った。

男は意外にもすばしっこく、身軽な様子だった。彼が建物の屋根を次々に飛び移っていくのを俺が追う。

「諦めが悪い奴だよ、貴様も!」

俺はペースを上げて男に近づいた。そして、目と鼻の先の距離になると、俺は男に飛びついて倒し、そのまま上をとった。

「殺しはしねぇよ。今はだが」

俺は腰にさげたポーチからロープを取り出すと、男の手を後ろで組んで縛った。


「フッ」


「ん?」

今誰か笑ったような…?こいつじゃあるまいしなぁ。

まあいいや。仕事の邪魔だし、こいつを地下に連れて行くか。

俺が脱力した彼の腕のロープを引っ張ったそのとき、

「ハァハッハッハッハ!!」

お前かい!

男は狂気に取り憑かれたかのように、高らかな笑い声をあげた。以然顔は引きつっていたが。

「作戦は成功だ!お前たちの負けだ!」

「何?」

おいおい、冗談だろ?恐怖していたとはいえ、いくらなんでもこいつは、ちと壊れ過ぎたんじゃあ…。

「おれの気配を強く感じていたなら気づかなかったのか?おれ以外の奴の気配を!」

「お前以外の、気配?」


………?


………?


………?


………!?


ハッとした。俺は気づいてしまった。


「しまった!」







コンッコンッコンッ!


秘密基地の扉が、何者かによって叩かれた。

「迎えだ」

父さんは荷物を手に取ると、入り口へ向かった。

「あ、扉は私が開けるよ。両手、ふさがってるだろ?」

私は気をつかって扉の方へ向かった。

「助かる。それじゃあな」

「いつでも来ておくれよ。もう、父さんのこと嫌じゃないから」

父さんは感激した様子だった。またこんな風に話せる日が来るなんて…。

父さんは私の額にキスをした。

私は少々照れ臭かったが、気持ちを抑えて扉を開けた。

「遅くなってすみません、ご主人様」

入り口の前にいたのは、もう30も後半の長身男性、ジェームスさんであった。

「ジェームスか。さあ、行こう。ここも物騒だ。出来るだけ外で長居はしたくない」

「ええ、本当に」

少し話していると、私はあることに気づいた。ジェームスさんの声がいつもと違うのだ。それに気づいたのも私だけではなかった。

「ジェームス?今日は様子が変じゃないか?」

父さんが私より先に口走った。

「……」

「ジェームス?」

父さんはジェームスさんの顔を見上げた。すると、

「ッ!?ジェームス!!」

彼は白目を剥いて吐血していた。見ると、腹部から刃物が突き刺さっていた。

刃物がジェームスさんの腹部から抜かれると、彼はそのまま床に倒れた。

床にできた血の池は鮮やかな色をしていたが、彼は既にこときれていた。

「我らはセナル教!これより貴様らを排除する!そのために来たのだ!」

ジェームスさんのフリをしていた男の声だった。

ふと正面を見ると、凶器を持った男たちが、秘密基地の中にぞろぞろと入ってきた。

どうすればいい!どうすれば…!

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