序章

「日常」

「―か、―い…―ずか」

 あまりよく聞き取れないが、誰かがとてつもない至近距離で声をかけてきたことが、赤崎にはわかった。机に突っ伏して惰眠を貪っている赤崎だったが―声を聞けば、おのずとそれが誰なのか、わかる気がした。肩を揺すられ、思わず眉間にしわが寄る。

 声は次第に大きくなり、眠りを邪魔されたくない赤崎としては、もはや雑音以外のなにものでもない。…のだが、相手が相手なだけにそう思えないでいるのが現状だった。

 そしてまた、この声に起こされると気分を害されないことも現状である。

 無機質な電子音で起こされる朝とは違い、不機嫌な唸り声は出てこない。

「ん…んー…ん?」

「お、やっと起きたか…うわっ」

 とてつもない至近距離、ということはわかっていたのだが、まさか覗き込むような体勢で彼が側に立っているとは思っていなかったので、頭を上げた赤崎の後頭部と彼の顔面は、見事に噛み合ってぶつかった。

 顔面に大ダメージを受けた相手は、声にならない声を上げて顔を両手で覆う。対して赤崎の方は、相手方のようなオーバーリアクションはせず、ただ後頭部を押さえて「痛い」と呟くだけだ。

「痛いはこっちの台詞だろうがこのアホ!」

「…いや、うん。…ごめん?」

「なんで疑問系なんだよ!」

 珍しく素晴らしい寝覚めだったというのに、何故起きて早々怒鳴られなければならないのかと、赤崎はわざとらしく溜息をつく。

「ったく…溜息つきたいのはこっちだっつうの」

「溜息をついたら幸せが逃げるんだよ、知らないのかい?」

「お前が元凶だろうが!つうかその台詞、そっくりそのままてめえに返す!」

 今日はまた一段とやかましいなあ。きちんとカルシウムを取れているのだろうか。全く、毎日毎日その怒鳴り声に付き合わされるこっちの身にもなってほしい。

 と、そんなことを内心でぼやいた赤崎であったが、第三者からしてみれば、それはもう色々とつっこみどころ満点の、自分勝手な言動であったに違いない。

 未だぼやけている視界の中で、赤崎は目前の彼を見上げた。

 ―実際、溜息如きで。

 こいつの幸せは逃げたりしないんだろうな―と、頭の隅で赤崎は思う。

 目前の彼は、そういう男だった。

 溜息一つで一生分の幸せが逃げてしまいそうな、赤崎とは違って。

「…おはよう、祭」

「スルーかよ。お前って、なんでこう、そうなんだろうな…まあいいや。おそよう」

 呆れたように脱力感を漂わせた彼は、そう言って赤崎の頭を撫でてきた。何故その手を払い除けようとしないのか、実を言うと赤崎自身にもよくわかっていなかったりする―というより、認めたくないだけかもしれないが。

「おいこら、寝んな」

「…わかってるよ」

 赤崎は眠気覚ましに軽く目をこすり、クリアな視界でもう一度彼を見た。


 そこにいたのは予想通りの人物で。

 緑間祭みどりままつり―今朝、赤崎の安眠を妨害した幼なじみと同一人物である。


 特徴は、これは地毛ですと言っても全く相手にされない、蜂蜜を焦がしたような綺麗な茶髪と、くりくりとした二重の目だろう。

 もう一つ付け加えるとすれば、右腕の“生徒会長”の腕章。

 そう、彼はこの学校の現生徒会執行部会長様である。

 そしてちなみに、赤崎は副会長というポジションに居座っていたりする。右腕には “副会長”の腕章が安全ピンで留められているのだが、緑間と同じと言うにはあまりによれよれで、皺がついている。

 何故、見るからに向いていないだろうと思われる赤崎が副会長なのか―それは、この高校のとても理不尽な生徒会役員選挙のせいであった。あんな決まり事さえなければ、副会長という腕章が赤崎の腕に巻かれることはなかったのだが。

 まあ、その話はとりあえず横に置いておくとして。

「起こしに来たってことは…もうそんな時間なんだ」

「午前の睡眠は如何ほどで?」

「最高」

「嫌味にしか聞こえねえよ」

 とにかくほら、行くぞ。と若干急かすような言い方で赤崎を促す緑間。その手には、お弁当箱の入った赤と緑の巾着袋が二つ。赤い方が赤崎の今日のお昼ご飯である。おそらくツナのおにぎりもあの中に入っているのだろう。

 赤崎のお弁当を作っているのは、母親でもなければ父親でもなく、まして自分ということもなく―そう、目の前にいる幼なじみだった。

 一人暮らしのくせに、赤崎はほとんど家事ができないから。

 ―それでも、好きで一人暮らしをしているわけでは、ないのだけれど。

 良くできた幼なじみは、放っておくと餓死しそうで怖いという、あながち冗談とも言えないような理由から、こんな風にお弁当を作ってくる。

 しかも、頻繁に(むしろ毎日)赤崎の家に遊びに来るので、晩ご飯と簡単な朝ご飯も作ってくれる。

 緑間の作る料理はとてもとても美味しいので、赤崎としては、良くできた幼なじみを持てて幸せだなあと思うばかりだ。

「あんま遅くなると、またあいつらうるせえぞ。ほら、さっさと体を動かしやがれ」

「わかってるって…今日はどっち?」

 どっち?というのは、“屋上か生徒会室か”という意味である。彼らを含めた六人は、いつもそのどちらかの場所で昼食をとっているのだ。

「今日は天気も良いし、屋上だろ」

 そんな会話をしながら赤崎はゆっくりと腰を上げ、緑間と一緒に昼休みでざわついている教室を足早に出た。



 屋上に向かうべく、教室を出て左折した彼らは三階へ上がる階段に向かう。この学校は四階建てで、屋上に行くにはその更に上へ上がらなくてはならない。

 ちなみに四階には一年生、三階には二年生、二階には三年生の教室がある。

「今日って体育あったっけ?」

「おー六時間目にな。気合入れろよ、今日はドッチボールだからな」

「安心してよ。体育だけは真面目にやる。体育だけは」

「…なんでそう、嫌味ったらしく繰り返すかな」

 緑間が、心底げんなりとした表情で赤崎を見やる。まあ、彼がこんな顔をしたくなる理由は、十分に頷けるものだった。

 なんせ赤崎静という男は、授業をまともに聞かない(というか居眠りをしている)にも関わらず、(大して勉強もしていないくせに)万年学年首位なのだから。全教科百点満点という偉業を達成したことさえある。

 勿論、というかなんというか、色んなことに無関心な上、適当でめんどくさがり屋な赤崎自身は、そこまで成績に固執してはいないのだれど。

 そして緑間祭は、万年学年二位である。

 彼は、才能を磨く必要のない天才とは違って、努力家だった。考査前には、寝る間も惜しんで勉学に勤しむことも少なくない。

 だが、未だかつてこれが報われたことはなかった。緑間の前には、いつだって幼なじみという壁が立ちはだかっているからだ。げんなりとしない方がおかしい。

「はあ…なんでこんな奴が俺より頭良いんだよ。神様って不公平だ…」

「神様っていうのは不公平なものなんだよ」

 ようやく(と言う程でもないが)、三階へ向かう階段に辿り着いた。現在地が二階なので、四階のそのまた上にある屋上へはまだ大分遠い。体力があまりない赤崎には、これが結構きつかったりする。

「?何立ち止まってんだよ」

「…いや…別になんで……も!?」

 も!?と同時に赤崎の視界がぶれる。どうやら緑間の方もそうらしく、「うわっ」と声を上げた。本日二度目である。リアクションのボキャブラリーが少ないなあと、呑気にそんなことを赤崎は思った。

「はろー!静、祭!」

 事の元凶である人物が、そんな風に挨拶をしてきた。

 この“ある人物”こそ、緑間に「うわっ」などという、情けない声を上げさせた張本人である。

 水沢青子みずさわあおこ―この二人の同級生、かつ幼なじみであり、今しがた後ろから勢いよく彼らの肩に腕を回した人物であった。

「はろー青子」

「よーっす」

 年頃の男女の体がこんな風に密着している状況というのは、おそらくそれなりに思うところがなくもないはずなのだが、赤崎と緑間は平然と挨拶を返した。まあ彼らとしても、思うところがないこともないのだが―彼女のスキンシップには慣れてしまっているのだ。それこそ、羞恥を感じないくらいには。

 伊達に幼なじみをやっているわけではない。

「よーっす、じゃないわよ。お昼は一緒に食べたいから誘ってって、いつも言ってるでしょ。それなのに、どうして!この私を、華麗にスルーして屋上に行こうとしているわけ?」

 水沢青子。前述通り、彼女は赤崎と緑間の幼なじみという立場にあり、そんな幼なじみが贔屓目に見なくとも、「プリンセス」と呼ばれるに相応しい容姿を持つ、この学校のマドンナ的存在である。

 文武両道容姿端麗、大人っぽい雰囲気に近寄りがたい印象を抱くものの、その反面時折見せる(らしい)無邪気な笑顔に、幼なじみである二人でさえドキッとしてしまうことが多々ある。

 気さくで物怖じせず、頼れるお姉さんとして女子からの人気も熱い。男子からの人気は、言わずもがなである。

 肩に回されていた腕が退くと、今度は無理矢理二人の間に入り込んで、彼女は半ば強引に腕を組む、という態勢を取った。いい歳した高校生三人が、仲良く腕を組んで歩いているこの光景は、一体どれだけの人に珍妙に見られたのだろう。

 こういった、大胆かつ豪快で、TPOを考えないその性格もまた、彼女の長所と言えなくもない…かもしれない。まあ、羞恥を感じないくらいには、青子のスキンシップに二人も慣れているつもりなので、今更動揺だなんてみっともないことはしないし、どれだけの人に奇怪な目で見られようと、気にするような三人ではないので、そのまま仲良く屋上へレッツゴーということになった。

「あのなー、俺は静の面倒を見るのでいっぱいいっぱいなんだよ。第一、誘わなくても来るくせに今更何を言うか」

「何よその言い方。会長様は私に来てほしくないのかしら?」

「誰もそんなこと言ってないだろ。あと、“会長”って呼ぶならもっと俺を敬えよ、書記殿」

 ―そう、彼女もまた、生徒会執行部役員の一人である。

 役職は書記であり、その容姿にみあうだけの、見た者全員が見惚れるような字を書く彼女には、ぴったりの役職であると言えるだろう。

 そんな彼女は、絵になるほど美しい動作で溜息をつき、残念そうな表情で言った。

「はあ…昔はもっと素直で可愛かったのになあ、祭。青子悲しい」

 その、あまりに盛大な溜息に、うんうんと頷いたのは赤崎だ。

「可愛いなんて言われても嬉かねーよ…つーか、なんでお前まで頷いてんだおい」

「この中で一番泣き虫だったのはまつ…」

「はいはいはいはいストーーーップ!お前今何を口走ろうとした!?俺の黒歴史を掘り起こすなよ!」

「私はあの頃の祭も好きよ?」

「うっせえ!俺は大嫌いだ!」

 拗ねたようにふてくされる緑間を他所に、くすくすと赤崎と青子は笑った。



 長い階段を登り終えた三人の目の前にあるのは、屋上へと続く古びた扉だ。流石に三人が並列して通れるほど大きな入り口ではないので、青子は仕方なくといった風に腕を解き、緑間・赤崎・青子の順に一列に並ぶことになった。

 先頭の緑間が古い扉のドアノブに手をかける。ギィイ、錆びついた音を立てて重い扉が開いた。

 そして緑間を先頭に、一行は屋上へと足を踏み入れた―その時。

 何かが、勢いよく緑間にタックルをしかけたのだ。

「ぐは…っ!?」

「もー遅いですよー!一体どれだけ待たせれば気が済むんですかー!」

 彼の後ろにいた二人は、まるでそれを予め察知していたかのように素早く左右に散り、二次災害を免れる。

 緑間はと言えば、咄嗟の判断でほぼ反射的に受身を取ったらしく、そこまでの損傷はないようだったが、それに負けず劣らず、タックルをかましてきた何かの勢いはすさまじかった。そのまま一緒に、コンクリートのタイルに強かに背中を打ちつけた。

 まあ、強かに背中を打ちつけたのは緑間だけで、タックルを仕掛けてきた張本人は、彼の体がクッションになったおかげで無傷なのだが。

「痛ってえ!」

 と声を上げる緑間を放置し、タックルをかましてきたその人物は、次なる攻撃をしかけてくる。ポカポカと、緑間のことを叩いたのだ。

「ぎゅるるるーって!女の子にそんな大音量でお腹を鳴らさせるなんて、どんだけデリカシーないんですか!?」

「ちょって待てそれって俺のせいなの!?理不尽すぎんだろ!」

 大音量で鳴る、お前の腹の虫が悪いんだろうが!と、緑間が続ける。どちらの言い分も、大概理不尽であることに違いはなかった。

「そういうことを平気で言っちゃうから、デリカシーがないって言ってるんですよ!そんなんだから先輩はいつまで経っても―」

 と、彼女が言ってはならない(と思われる)一言を口にする寸前で、別の人物が割って入った。

「ストップ!それ以上はダメだって琴乃(ことの)!仮にも祭さんは、僕らの先輩なんだから!」

 …仮にもって。

 正真正銘の先輩ですよこんちくしょーめ。

 そんな緑間の心の声が、おそらく幼なじみの二人には聞こえただろう。最早同情の余地しかない。

「…響(ひびき)。助け舟を出してくれたのは嬉しいんだけどさ…その言い方はあんまりじゃねえの…?」

 ようやく琴乃の攻撃が止み、ほっと息をつくところなのだが、“仮にも先輩”という一言は、割りとぐっさり緑間の心を傷つけた。

 響と呼ばれた彼は、未だにポカポカと緑間を殴る人物―琴乃の両手をがっちり拘束し、それからわたわたと慌てだす。

「あ、ち、違うんですよ祭さん。そういう意味で言ったわけじゃ…!」

「いや、いいんだ別に…俺ってこんなだもんな。うん、仕方ない…つうか、静も青子も、黙って見てないで助けてくれてもいいんじゃね?」

 幼なじみでありながら、幼なじみのピンチをただ呆然と眺めているだけなんて薄情すぎる。そんな緑間の心情を瞬時に察知し、顔を見合わせた二人は揃って「ごめん」と謝った。

「「なんか楽しかったから、つい」」

 お前ら全然悪いと思ってねえだろおおおおおおおお。

 と、力の限り叫ぶ緑間を他所に、二人はくすくすと笑うのだった。

 響は緑間から琴乃をベリっと剥がし、涙目で「俺って可哀相…」と呟く先輩に対し、すいませんと深深頭を下げた。彼女の尻拭いはいつも響の仕事である。

「昔から加減ができないものですから…大丈夫ですか?背中とか…」

「とりあえず俺の心が大丈夫じゃない」



 この学校の二年生には、悪い意味での有名人が二人いる。どうしようもない問題児だ。―いや、問題児だった、というべきか。

 現在その二人は「白金ツインズ」と呼ばれ、手のかかる双子としてその名を学校中に轟かせている。

 例えば入学式当日、派手に登場した方がかっこいいんじゃね?という見解から体育館の窓を蹴破って現れたり。例えば調理実習の時間に作った料理を、授業中にも関わらず先輩のクラスに持っていったり。例えば授業中、先生に「暇なのでサボリます」と堂々と宣言したり。

 この二人の噂は二年の間に留まらず、一年や三年の間でも広がり、名前を出せば「今度は何をしたんだ」と、問題を起こしたことを前提に会話が進んでいく―それほどに彼らは問題児だった。

 今では大分丸くなったが―それでも「白金ツインズ」の名を知らない者は、まず校内にはいないだろう。

 中学・・の頃の・・・肩書き・・・もあって、本当にその双子は有名なのだ。中学の頃の肩書きについては、今はまだ語らないでおくが。

 そしてその双子の兄妹というのが、実は今しがた緑間にタックルした女の子と、そんな彼女を止めた男の子である。

 名を―白金(しろがね)響(ひびき)と白金琴乃(しろがねことの)という。

「あ、そういえば挨拶がまだでした。はろーです、しずか先輩、あおこ先輩…と、まつり先輩」

「お前今の絶対わざとだろ。付け加えた感あったもんな!」

「そんなことないですよー相変わらず、今日も被害妄想が激しいですね、まつり先輩は」

 白金琴乃。今も現在進行形で緑間とじゃれ合っている彼女は、人から人へと移りゆく噂の中で、「白金ツインズ」という悪名を生んだ双子の内の片割れだ。セミロングの、少し茶色がかったストレートの髪と、緑間に負けず劣らずくっきりとした二重を持ち、前髪は広いおでこを象徴するかのように上へ上げられている。

 青子を綺麗系と称するなら、琴乃は間違いなく可愛い系だろう。とても可愛らしい童顔である。

 だがしかしその実態は、とても喧嘩っ早く好戦的で、しかも驚くほどに強い。勿論喧嘩というのは正真正銘殴り合いのことである。全盛期だった頃には、三十人にも及ぶ不良を相手に、兄である響とたった二人で勝利を収めたこともあるらしい。

 響と琴乃は、どうしようもなくどうしようもないまでに不良だった。

 中学時代、二人の強さは異名をもってして瞬く間に広がった。今でこそ「白金ツインズ」なんていう可愛い名称をつけられているが、中学の頃の獰猛さは、ハンパでなかったらしい。

 まあ、今ではもうすっかり足を洗って、短い高校生活を満喫しているのだが。

「被害妄想がなんだって?んん?もういっぺん言ってみ?琴乃ちゃーん?」

「ひ、ひはひへふほへひゅあひ(い、痛いですよ先輩)」

 年上に敬意を払う気がさらさらない生意気な後輩の頬を、緑間が思いきりつねった。はなしてくださいよう、とじたばた両手を振り回す琴乃も、緑間を含め三人にとっては、どれだけ喧嘩が強かろうとただの可愛い子猫同然である。

「やめなよ祭…大人げない。琴乃が可哀相だ」

「お前ね…可哀相なのは俺だろ。一貫して被害受けてんの俺。なのにも関わらずなんで琴乃を庇うんだよ」

「だって…うん、琴乃は可愛い後輩だし」

「お前の中の優先順位って俺より琴乃の方が上なのかよ…お前にとって俺ってなんなんだよもう!」

 なんなんだよもう!と言われても。うーん、と赤崎は考える。

 目覚まし時計の代わりで、お弁当を作ってくれて、掃除も時々しに来てくれて、洗濯もしてくれて、洗物もしてくれて、買い物にも行ってくれて…。

 確かに幼なじみというポジションにはいるけれど、これはむしろ…。

 赤崎はとりあえず、ピーンと閃いたことを素直に言った。

「…家政婦?」

「俺もう泣いていい?」

 家政婦という響きによほどショックを受けたのか、力無く琴乃の頬から手を離した緑間は、しくしくと両手で顔を覆った。開放された琴乃の方はといえば、「しずか先輩ナイスです!」と親指を立てて、青子の元へ駆け寄っていく。確かに味方する方を間違えたかなあと、落ち込んでいる緑間を見て、ほんの少し自分の良心を痛めた赤崎であった。

「そんなに落ち込まないでください、祭さん。僕は祭さんの味方ですから」

「響…」

 にっこりとくったくない笑顔を浮かべたのは、「白金ツインズ」と呼ばれる双子の片割れであり、琴乃の兄である白金響だ。琴乃とお揃いのピンで前髪を留めており、見た目が既にやんちゃそうな印象を与えてくる。童顔と女顔に、拍車をかけるようなぱっちりとした大きな目が特徴的で、二卵性の為琴乃とそこまで似ているわけではないが、響の割と控えめな性格も乗っかって、姉妹に間違われることもしばしばある。

 活発的な琴乃とは対照的で、普段はおっとりしている響だが、中学の頃は相当荒れていた―まあ、不良だったわけだから、当たり前と言えば当たり前かもしれないが。

 最狂に最凶を重ねた、凛々(りり)垣中(がきちゅう)最強の双子と言われた、そんな「白金ツインズ」が、何故こんなにも赤崎達に懐いているのか―理由は簡単で、二人が赤崎と緑間との喧嘩に負けたからだ。理由はもっと深いところにあるのだが、「“強さの意味”を教えてくれた先輩達には感謝していますし、その強さを尊敬もしています」―と、響はよく言う。そして、“いつか貴方達を超えますよ”とは決して言わない。

 もう昔のように喧嘩はしなくなり、クラスでも友人に恵まれている。だが、クラスの友人よりも、赤崎と緑間といる時間を何より大事に思っているからこそ、こうして昼食は一緒に取っているのだ。

 つまるところ、響と琴乃が改心した理由というのは、赤崎と緑間に喧嘩で負けたからである。ちなみに、二人に負けるまでは無敗だった。

「というか、そもそもまだ優(すぐる)が来ていないので、お昼は食べられないんですよね。だから祭さん達が遅くなったことには、全くと言っていいほど非はないんです。今回は完全に琴乃の八つ当たりで…本当にすみません」

「え?…って、確かにいないな、優の奴」

 普段、昼休みは屋上か生徒会室でお弁当を食べている。生徒会室は本来部外者は立ち入り禁止だが、勿論響と琴乃は部外者などではなく立派(かどうかはさておき)生徒会執行部議長であり、二人の腕にはきちんと議長の腕章が留められている。

 議長の席は本来一人分しかなく、その点において響と琴乃(というより主に琴乃)が駄々をこねたのだが、生徒会長の権限その①により、議長の席を二つに増やすことで、双子を生徒会執行部に推薦したのである。

 そして話を戻すが、普段は昼休み屋上か生徒会室でお弁当を食べている。六人でだ。だが、実際今屋上に姿を見せているのは、赤崎と緑間と青子、それに白金ツインズの計五名である。

 あと一人、来ていない者がいるというわけだ。

「珍しいわね、あの子が遅刻するなんて」

「…今日は吹雪かな、季節外れに」

「いや、吹雪じゃ足りねえだろ」

 屋上に来てからずっと立ちっぱなしだったので、とりあえず各人は腰を下ろした。円を作るような形でその場に座り、緑間は持っていた巾着の内、赤色の方を赤崎へと差し出す。

 ありがとう、と赤崎が受け取るのを、青子は若干面白くなさそうに見た。

「な…なに?青子」

「べっつにー。ただ、毎日毎日見せつけてくれるなあと思って」

「??」

 彼女の言いたいことがよくわからなかったようで、赤崎はとりあえず首を傾げてみたが、彼女はそれ以上を語るつもりはないらしく、そっぽを向いてしまった。

 なんとなくもやっとしたので、つまり何を言いたかったのかということを青子に訊ねようと、赤崎が口を開いた―その時。

「遅れてすみません!」

 勢いよく、屋上の扉が開け放たれた。緑間同様巾着袋を片手に、肩で息をしながら謝罪の言葉を口にした少年が、まだ屋上に来ていなかった六人目であり、名を黒銀(くろがね)優(すぐる)という。

 彼の登場に真っ先に反応を示したのは琴乃である。

「遅いよ優!もうお腹ぺこぺこでコンクリート食べちゃうところだったじゃない!」

「す…すまない」

 琴乃のコンクリート食べちゃうよ発言いはつっこまず(というか彼にはツッコミの才能がない)、優はもう一度頭を下げた。

 そこまで言うなら先に食べていればいいものを…と思うかもしれないが、それが出来ないからこそこの状況である。何故なら、響と琴乃の弁当は優が持っているからだ。彼が、白金ツインズのお弁当を作っているのである。

「おーっす優。珍しいな。ルーズなことを嫌うお前が遅れて来るなんて」

「はあ…えっと、はい。色々あって…」

 優は、ある意味この中で最もまともな、常識人と言っても過言ではない。それに加えて規則やルール、約束事には忠実で、どんな理由があろうとも、彼がそれを破ったり守らなかったりするというのは、黒銀優の生き方そのものを否定することと同義である―と言っても過言ではない。なので、今日のような遅刻は本当に珍しいことなのである。

 たかが昼休みに、弁当を一緒に食べる約束をしただけだろうという外野の声は、優には全く持って関係がない。

 …にも関わらず、何故彼は今日こんなにも来るのが遅くなったのか。

 まあ、当然遅くなってしまう要因があったのだろう。

 断れない要因が。

 そして先ほどの優の動揺っぷり。それが全てを決定付けた。

「そうやって渋っちゃうから、優は嘘をつけないんだよね」

「どうせまた、女の子に呼び出されたんでしょう?」

 他人の恋愛沙汰には興味の無い赤崎とは対照的に、にやにやと悪い笑みを浮かべた青子が、「このこの~!」と優のことを肘でつついた。あっさりと事実を見破られたことに驚いたのか、目を丸くしつつ、優はかあっと顔を赤くする。

「か、からかわないでください…!」

 緑間も相当モテるが、負けず劣らず優も女子からの人気は厚い。バレンタインには、下足箱とロッカーと机の中に、溢れんばかりのチョコレートがつめこまれていたくらいには。

 だが、当の本人はこれまたしょうもないことに、大の女嫌い(というか苦手)で、半径五十センチメートルの領域に女子が一歩でも踏み入れようものなら、気絶してしまうくらいである。ひどい時は吐く。ボディタッチなんかされたら天に召されてしまう勢いである。

 今では大分、彼の女性に対する苦手意識は丸くなったのだが―そもそもの発端は、実の母親とあまり良い思い出がないことも挙げられるが、一番の要因は、彼の上にいる四人の姉だろう。五人姉弟の末っ子で、四人の姉に囲まれて育った優には、“女そのもの”に良い思い出がなかった。

 なんせ、丑の刻参りや黒魔術などに手を出して、夜な夜な人を呪うような常軌を逸した姉達だ。しかも、直接的に優に手を出してきたことすらある。女装させたり監禁したり、縛ったり拘束したり―これ以上は放送コードに引っかかりそうなので伏せておくが、そんなものが自分の一番近くにいる女であったのだから、苦手意識を持ってしまうのも、自然ときっちりとした人柄になってしまうのも無理はないかもしれない。

 むしろ苦手意識で済ませた優はすごいのだ。

 …とは言っても、例外もいるもので、(姉に手を出される前より)昔からの付き合いがある琴乃だけは、普通に話したり触れたりしても平気なのである。

 ちなみに、優の女性恐怖症の過去を深い部分まで知っているのは、今のところ響と琴乃だけである。

 そして、青子にはある程度耐性ができ始めている、今日この頃だった。

「遅れたことは謝りますから、だから、少し離れてもらえませんか、青子先輩…!」

「顔真っ赤にしちゃって可愛いなあもう!」

 青子の趣味は、優をからかうことである。

 生徒会室で書類整理などをしている時も、彼の集中力が切れるようなことを平気でやるのだ(耳に息を吹きかけたり)。

優もまた、生徒会執行部の役員であり、最後の席である会計を務めている。なので、金勘定や決算整理など、学校全体に大きく関わってくるような仕事を任せられることが多く、こうした小さな妨害は、彼の女嫌いも手伝って作業に大きな支障を出しかねない。

 それも全て承知の上で優をからかうのだから、彼女が優にとって琴乃のような心を許せる存在になるのは、まだまだ先のことに違いない。

「もー私、お腹すいてすいて蒸発しそうですってば!全員揃ったんですし、もうお弁当食べましょーよー!」

「水を飲め」

 そんな緑間の辛辣な言葉を琴乃は華麗にスルーし、優からお弁当の入った巾着袋を受け取る。

「琴乃の言うとおりだ。昼休みは有限なんだし、いい加減優を解放してあげなよ。お昼食いっぱぐれる」

 口を尖らせてぶーぶーと言いながら、青子は優から離れると、ガサガサとコンビニのビニール袋を漁り、おにぎりを一つ取り出した。優はほっとしたように息を吐き、もう一つの巾着を響に渡す。

 これでようやく、いつものメンバーが揃った。

 六人は、お昼ごはんに手をつける前に両手を合わせ、「いただきます」と声を揃える。

 先ほども言ったように、赤崎の弁当は緑間が作っている。同様に、響と琴乃には優が弁当を作ってきている。それについては、とりあえず今は横に置いておくが、残る青子はというと、上記の通りコンビニでお昼を買っている。おにぎりだったりパンだったりと様々だが、何故彼女がコンビニでお昼を買うのかというと、それは壊滅的なくらい料理が下手だからだ。

 それではおそらく答えになっていないし、そもそもどうして親がお弁当を作らないのかと聞かれてしまうだろう。だが、とりあえず今はその疑問も横に置いておこう。

いずれわかることであるし、今語る必要は少なくともないのだから。

「あ、そのエビフライ美味しそうですね!もらいますよ、先輩!」

 そう宣言した琴乃は、神の如き箸さばきで、緑間の弁当からひょいっと目的のエビフライをつまみ上げ、満足そうに口の中へと運んだ。

 それを見てキレない緑間ではない。

「ああ!てめっ琴乃!何勝手に食ってんだよ!人がせっかく大事に残しといたっつうのに!」

「ふっふっふ。油断してる先輩が悪いんですよーだ」

 人を小馬鹿にしたような、得意げな笑みを浮かべる琴乃に、緑間はひくひくと顔を引きつらせ、四つ角の怒りマークをうっすらと額に浮かべた。

 乱暴に食べかけの弁当箱を置いて、恐ろしい形相で立ち上がった緑間は、向かいに座る琴乃へ一歩一歩近づく。琴乃の方はとても楽しそうな顔をして、ひょいっと立ち上がり緑間と距離を取った。

 これが所謂「一触即発」の四字熟語状態であるのだが、二人を除く計四名は「またか」と、呆れたように首を振るだけで見向きもしない。今日も平和だなあ、なんて思いながら呑気に昼食をとっている。

 先に動いたのは緑間で、とてつもない勢いとスピードで琴乃に向かって走っていった。

「きゃー怖ーい。食べられるー!」

 とてもじゃないが、お前絶対そうは思っていないだろうとつっこまれる程度には、楽しそうな口調で逃げ回る琴乃。新しい玩具を与えられた子供のような、そんな無邪気さがそこにはあった。

「おうおう食ってやるよ!エビフライの代わりにお前を食ってやる!だから逃げんな大人しく捕まれ!」

 無邪気な琴乃とは対照的な、かなりマジなその目に若干引きつつ、緑間の食ってやる発言に対して「うわあ」と、四人は白い目を向ける。日常茶飯事になっている二人の鬼ごっこの風景に、彼らは苦笑いを浮かべた。

 赤崎は改めて幼なじみに目を向け、つい数秒前まで、恐ろしい形相で琴乃を追いかけていたくせに、今はすっかり楽しそうな表情を浮かべている緑間に思う。羨ましい、と。


 楽しい、悲しい、嬉しい、悔しい、幸せだ。

コロコロと表情が変わる彼のことを、主観的に物事を捉えることに難しさを覚えてきている今の自分と違って、輝いていると赤崎は思ったのだ。だからきっと、彼の周りには人が集まるんだろうと納得もしている。

 だからこそ、そんな幼なじみが自分のようなものに構い、自分みたいなものと一緒にいるのか、赤崎にはわからなかった。青子に関してもそう。

 きっと、どうしてかと聞けば、理由なんてないと言うんだろうけれど。できることならそれが、我慢じゃなくて二人の優しさでできていたら。そして、ほんの少しだけでいい、本音からできていたら嬉しいんだけれど―と、つくづく自分は甘えてばかりだと、赤崎は笑ってしまう。

「?どうしたの?静。急に笑って」

「…ううん。なんでもないよ、青子」

 いつか、こんな自分の居場所になってくれる二人に、何か返してあげられたらいいなと、赤崎は思っていた。

 それが例えどんな些細なことであったとしても。

 ―結局、それが叶う日は来なかったわけだけれど。



「痛っ!痛い!痛いですよまつり先輩!ゴンッって!そんな思いっきり殴ることないじゃないですか!」

「うっせーよ。食いモンの恨みは怖えーんだ、覚えとけ後輩」

 どうやら鬼ごっこの決着が着いたようで、琴乃は緑間から裁きの鉄槌を頭に受けたらしく、若干涙目になりながら両手で脳天を押さえている。緑間は対照的に、ふふんと得意げに胸を張っていた。

「じゃれ合いはその辺にして、そろそろお昼食べちゃわないと予鈴鳴っちゃいますよ。祭さんも琴乃も」

「響の言う通りです。生徒会が授業に遅れるなんて、生徒に示しがつきません」

 響は苦笑いをし、優は呆れ気味に溜息をついた。そして、両手を合わせ「ごちそうさまでした」と箸を置く。響は「いつもありがとう。今日も美味しかったよ」と付け加え、弁当箱を巾着袋の中に戻し、優へと返した。

 さて、先ほど響が言ったように、あまり悠長に構えているとあっという間に昼休みは終わってしまう。ちなみに昼休みは、あと残り5分程しか残っていない。

 赤崎と青子はあと1分もしない内に食べ終われそうだが、今しがた鬼ごっこをしていた二人は、弁当があと3分の2ほど残っている。タイムリミットはあと5分しかなく、つまり、それまでに緑間と琴乃は、がっつり残っている弁当を食べてしまわねばならないというわけだ。

 それはまずい!と素早く定位置に戻った二人は、揃って弁当をかけこみ始める。途中、琴乃がご飯を喉に詰まらせたらしく、必死の形相で水を求める姿が面白くて、全員が思い切り笑った。



***



 そういえば、説明し忘れていたことが一つ。これは今後の物語に大いに影響を及ぼす問題だ。

 赤崎と緑間には、ほんの少しだけ他の人と違う―異質なところがある。どちらかと言えば悪い意味で、他の人達や―青子達とも違っているのだ。

 それはお化け―俗に言う≪幽霊≫の類が見えるという点である。

 しかもはっきりと、これ以上ないくらい鮮明に。

 赤崎がそれに気づいたのは、ちょうど小学五年生くらいの頃だった。

『ねえ、祭。いっつも君の後ろにいる女の人、一体誰なの?』

『そんなもん俺が聞きてーよ…って、え?お前、まさかこいつが見えんのか?』

 昔から緑間は、少し変わった子供だった。誰もいないところで急に話し出したり、誰もいないところを指差して、あたかもそこに何者かがいるかのように振舞ったり―そのおかげで、クラスメイトに気味悪がられたり、ひどい時はイジメられたりもした。

 小学校高学年になってからは、“誰もいないところに何がいても気にしないように”務めるようになった。それを口にすると、自分がまた仲間外れにされてしまうのだと学んだからだ。だから彼は、目の前にあるものを、見て見ぬふりをして遠ざけるようになった。

 だがある日、そんな赤崎の言葉を聞いて―驚いたように目を丸くした緑間は、それからくしゃりと顔を歪ませて、たくさん泣いた。安心したのだ、自分以外にも“視える人”がいたことに―自分だけが違うわけではないという事実に。勿論あの時の赤崎には、どういった理由で緑間が涙を流したのかわかっていなかったわけだが。

 緑間は、物心がついた頃から≪幽霊≫が視えていたが、赤崎自身がそういった類のものを視るようになったのは、小学五年生の―ちょうど、赤崎の人生に一つの転機が訪れてからである。始めはぼんやりと、モヤがかかっていてはっきりと視えていたわけではなく、そもそもそれが≪幽霊≫であることにさえ気づいていなかった。

 どうして突然、赤崎にも霊的存在が視えるようになったのかはわからない。もっとも、赤崎の家系―母と祖母も同じように霊感が強かったようなので、同じ血が流れている赤崎に霊が視えても、なんら不思議ではないのだが。

 赤崎自身は緑間と違って視えるだけなので、生きていく上では特に問題はないし、「別にいっか」と楽観的に考えている。反対に緑間は、視えるだけでなく引き寄せてしまう霊媒(・・)体質(・・)である為、放っておけばいくらでも≪幽霊≫が寄ってくる、というのが現状だ。

 ただ、緑間曰く「静と一緒だと霊が逃げていく」らしく、このことから≪幽霊≫の類を寄せ付けない力が、赤崎に備わっているかもしれないということがわかる。

 このことは、同じように霊感の強い緑間の姉と、幼なじみの青子しか知らないが、近々後輩三人にも笑って話ができればいいと二人は思っている。受け入れてはもらえないかもしれないが、拒絶されることはないだろうと確信しているからだ。

「祭、今日家来る?」

 放課後、上靴から少し汚れの目立つスニーカーに履き替えた赤崎が、若干自分より背の高い緑間を見上げつつ、いつものようにそう訊ねる。

 返ってくる返事は、よほどのことがない限りいつも同じだ。

「おーどうせ家帰っても暇だしな。しょうがねえから行ってやるよ」

「頼んでないよ。恩着せがましいなあ」

「お前なあ…って、あれ、そういや静お前、バイトは?休みか?」

「あー…うん。まあ、休みといえば休み、かな。ていうか、多分、しばらく休み」

「……お前、また何かやらかしたな?」

 核心をついた緑間のそれに、赤崎はただ苦笑いを浮かべるだけだった。

「…ったく。バイトをクビになるなんざ、そうそうあることじゃねえぞ」

「今回は、割と長くもった方だと思うけどなあ…はあ、またバイト探さないと」

「いやだから、お前にバイトなんて無理だって何回も俺は言っただろ。そもそもなんでバイトするんだよ。何か欲しいものでもあるのか?」

 緑間が、面倒くさそうな表情で溜息をつく赤崎に、もう何回目になるかわからない質問を投げかける。

「だから、内緒だって言っているじゃないか。でも…そうだな、欲しいものといえば、欲しいもの―なのかもね」

 こんな風に、意味ありげな表情で答えを濁すことが、赤崎は常であった。特に、バイトのことに関しては頑なに口を閉ざすのだ。

 そんな赤崎に対し、深追いするようなことを緑間はしなかったが、若干の違和感は感じていた。赤崎の性分をよくわかっていたから、尚更である。

 それでも深く追及しなかったのは、ある意味彼の怠慢であったのかもしれない。

「まあ、話したくないなら別にいいけどよ…そんで、晩飯のリクエストは?」

 俺に作れるモンなら何でも作ってやるよ、と緑間が得意げに言う。第三者から見れば、非常に癇に障る顔だっただろう。

 だがしかし、彼の料理の腕は確かなもので、少なくとも今まで赤崎が食べたいと言って、緑間が美味しく作れなかったものはない。

 本人は、趣味の範囲で料理を嗜んでいるだけだと言っているが、嗜む程度にカレーをルーから作ることを、人は趣味とは言わないだろう。将来料理店なんかを開けば、間違いなく繁盛するに違いない。

「うーん。今日は特にないかな。何でもいいよ」

「今日は、つうかここ最近ずっとそうじゃねえか。何でもいいっつうのが一番困るって、いつも言ってんだろ。それとも何、お前俺を困らせたいの」

 口うるさいオカンのようなことを言う幼なじみである。

「うん」

 とりあえず赤崎は首肯しておいた。

「否定しろ」

 ぺちん、と緑間が頭をはたく。

 毎日飽きることなく、こんな風に軽口を叩きながら、彼らは背中に影を背負って帰り道を一緒に歩いた。ここに時折青子や後輩達が加わることもあるが、基本的には二人で家へ帰ることが多い。

 途中スーパーに寄って夕飯の材料を買い、その足でそのまま赤崎の家へと向かうのが―緑間にとっては常であった。そのまま赤崎の家に泊まっていくことも少なくはなく、もしかしたら緑間は、自分の家にいる時間よりも赤崎の家にいる時間の方が長いかもしれない。寝ている時間は別として。

 と、ちょうど交差点を曲がったところで、緑間の携帯が鳴った。彼は赤崎に断ってから電話に出る。

「もしもし?…なんだ、青子か。え?ああ、静も一緒。これからスーパー寄ってこうと…は?お好み焼き?それお前が食いたいだけだろ…あ?あとから行くってお前な、それは俺じゃなくて静に…って、おい!待て!まだ話…」

 どうやら途中で電話を切られたようで、面倒くさそうに溜息をついた緑間は、大人しくスマホを制服のポケットにしまい込んだ。

「青子、どうかしたの」

「ああ…なんか今日の晩飯お好み焼きにしろってさ。あとから響達と一緒にお前ん家来るってよ」

「よかったね、困っていた晩御飯が決まって」

「いや、論点はそこじゃねえよ?」

 赤崎は適当に相槌を打ちながら、そっか。今日は青子達も来るのか。と、緑間の言葉を反復した。

 今日はあのからっぽな家も、随分賑やかになりそうだ、と赤崎は思う。普段は緑間が行っているものの、あの広い家は二人では持て余してしまうのだ。油断すると、飲み込まれてしまいそうになる。

 だが、少なくとも今日は、違うようだ。

「楽しくなるね」

「まあ…退屈はしねえな」

 緑間が、横目でちらりと赤崎を窺う。その表情が、基本的には変化に乏しい赤崎にしては珍しく、心なしか嬉しそうに見えたからだ。

 そんな幼なじみを見て、緑間は思うのだ―あとから辛くなるのは、お前の方なんだぞ、と。

 楽しい時間なんてものは、あっという間に過ぎていく。世の中というのは不条理なもので、一秒でも長く続いてほしいと願う時間ほど、一秒一秒を短く感じてしまうのだ。

時間が来れば青子や響達は勿論、緑間でさえ自分の家に帰らなくてはならなくなる。

 だが、赤崎はその後もたった独りであの家に残らなくてはならない。あのからっぽの家が、皮肉にも彼の帰る場所だからだ。

 赤崎に両親はいない。だからあの広い家に、彼はいつも独りぼっちだ。

 今日は青子達も加わって、いつもより賑やかな夜を過ごすことになるのだろう。だが、独りになった後の虚無感もまた、いつもの比ではないはずだ。

 決して賑やかだけでは留まらない。彼には賑やかな夜の後に、逃れることのできない独りの夜が待っている。

 赤崎にとって、“楽しい”と“寂しい”は同義だ。悲しいほどに。

 悲しいまでに。

「…祭?どうしたの、さっきからずっとこっち見てるけど」

 複雑そうな顔をして自分を見る緑間に気がつき、赤崎は首を傾げた。

 だが、その形容し難い表情は赤崎が声をかけたと同時に崩れ、次の瞬間緑間の大きな手が彼の頭に乗った。

「いーや、なんでもねえよ。そんじゃお好み焼きの材料、買いに行くか」

「?うん」

 一瞬。

 本当に一瞬。

 緑間の目が、悲しげに揺らいでいたように赤崎には見えた。

 気のせいか、と赤崎は思った。



***



「お邪魔しまーす」

 七時を過ぎた頃、青子達ご一行が赤崎の家へとやってきた。せかせかと準備をしている緑間を他所に、一応この家の家主である赤崎が、四人を招きいれる。

 男二人の手にはスーパーの袋が握られており、中から2リットルのジュースや、山ほどのお菓子が顔を覗かせている。とても一日で消費できる量ではない。一体何次会までするつもりなのか。

 嫌な予感がした赤崎は、おそるおそる青子へと訊ねた。

「…もしかしてお酒、買ってきた?」

「はあ…何言ってるのよ静。そんなの当たり前じゃない」

 世間一般では、未成年が酒をあおるというのは、犯罪以外のなにものでもなく、少なくとも当たり前ということはないはずなのだが。

 赤崎自身は、彼女に言ったところで全く意味のないことであると順々承知である為、今更なにを言うつもりはなかった。ただ、この涼しげな顔が、ほどなくして完全に崩れ去ってしまうという事実に溜息はつくが。

 彼女の酒癖の悪さは天下一品である。

 六人の中でもその恐ろしさを一番よく知っているのは優で、酒を飲む前から既に顔色が真っ青だった。 何故なら、酔った青子に絡まれるのは、毎度毎度優の仕事であるからだ。女性恐怖症の彼からすれば、苦痛以外のなにものでもないだろう。

 赤崎は二人から差し入れの入ったビニール袋を受け取り、リビングへと促す。テーブルでは緑間がプレートでお好み焼きを焼き始めていた。

「よう、やっと来たか。いらっしゃい。ま、適当に座っとけよ」

「あ、はい。お邪魔します…って、ここ祭さんの家じゃないですよね!?」

「あーうっせうっせ。いちいち細けえことを気にすんな。女子か」

「どういうまとめ方ですかそれ!?」

 と言いつつ、響から順に適当に座布団の上に腰を落ち着ける。

「やっぱり料理だけは上手ですよね、まつり先輩」

「だけはってどういう意味だおいこら」

 相変わらず皮肉を言う琴乃であったが、その言葉に嘘はなく、もう直焼きあがるであろうお好み焼きを、うずうずしながら見つめている。緑間は琴乃の憎まれ口に口を尖らせつつも、器用にヘラでお好み焼きを返し、出来上がった六枚を皿に盛った。ソースやマヨネーズを回し合い、かけたい分だけかけた後は、最後にかつお節を乗せて完成である。赤崎はその間に割り箸を用意し、青子はと言えば食器棚の引き出しから紙コップを持ち出し、買ってきたジュースを注いでいる。(あくまでジュースだけ)

 勝手知ったる他人の家とはまさにこのことだが、赤崎はそれに関して特に気にしていない。

「紙コップなんて家にあったんだ」

「…とてもこの家の主人の台詞とは思えないわね」

 昔から付き合いのある幼なじみの彼女は、驚くことに赤崎本人よりもこの家のことを熟知しているようだった。

 ちなみに、青子が用意しているジュースは響と優のものである。せめて自分だけは規律を守ろうと徹底している優は、当然飲酒をしない。響にいたっては、飲めないわけではないしそこそこ酒に強くもあるのだが、アルコールを摂取すると眠ってしまう琴乃をおぶって帰るという使命があるので、できるだけ飲酒はしないようにしているのである。

 勿論の如く、その他四名は酒を飲む。

「よっし。そんじゃ準備も整ったことだし」

 意気揚々にビールを天井に向かってかかげる緑間に続き、その他五名もそれぞれ自分の飲み物を持ち上げる。

 お好み焼き奉行というものは存在しないかもしれないが、見てわかるように緑間は場を仕切ることに長けている。というか、人の上に立って指揮を取るのがうまいのだ。彼の発言にはどこか説得力があるし、周囲の目を自分に向けさせることすら、彼にとっては朝飯前だと言えるだろう。

 だから…というわけではないが、生徒会長というのは、ある意味緑間の性に合っているのだろう。

「あーこれといった理由はねえが、とりあえずかんぱーい!」

「「乾杯!」」


 とにかく騒がしかった。騒ぎまくって、これでもかというほど笑って、思わず泣きそうになってしまうほど。

 青子は極限状態にまで酔いが回ると、とんでもない魔物に変化する。キス魔になるのだ。誰彼構わず、というわけではなく、その矛先は必ずと言っていいほど優にしか向かない。

 実は、酔っているふりをしてただ単に優をいじりたいだけなのではと思ってしまうくらいだ。普通酔っていれば、相手を選んでキスなんてできないだろう。今日も青子の毒牙を食らった優は、泡を吹いて失神した。

 そして琴乃。彼女は酔うと語尾に「~にゃ」と付けるようになる。まるで猫のように―というか、完全に酔いが回ると口調どころの騒ぎではなく、行動一つ一つが猫に近くなる。

 赤崎達の腕や、たまに壁なんかを使って爪を研いだり、猫が毛並みを整えるのと同じ要領で自分の手を舐めたり、誰彼構わずかまってサインを連射する。頭を撫でたり、あごをごろごろすると異常に喜ぶ。ちなみにこの状態の琴乃は一番緑間に懐いている。

 響は、基本的に苦笑いをするだけでその中に混ざろうとはしない為、赤崎と他愛のないお喋りをすることが多い。

 赤崎と緑間も酒を飲みはするが、後々厄介なこと(二日酔い、後始末に手が回らない等)になるし、いざという時にしっかりと意識を保っていられるようにとどこかブレーキをかけているので、飲んでも精々一缶程度だ。

 両者共にかなり酒に強い為、その程度のアルコール摂取では、素面の時とあまり変わらないのである。

 だから、アルコールに負けることはない。

 スイッチの切り方は心得ている。

「おーい、もう十時だぞーそろそろ帰れー」

 時間的に頃合いだと判断した緑間が、食い散らかした菓子の残骸や使った食器などをてきぱき片付けながら、全員に呼びかける。まだ意識のある赤崎と響は、共同して絨毯の上に突っ伏している三人を起こす作業に入った。

 赤崎が、酔い潰れて眠っている青子の肩を揺らす。

 反応なし。

「……」

 彼女は、寝起きは悪くないのだが、起きるまでがやたらと長い。

「…ふう。青子、もう遅いからそろそろ―」

 とりあえず、うつ伏せになっている彼女を反転させて仰向けにしようと決めた赤崎が、青子の両肩に手を添えてその華奢な体を動かす。

 無事に仰向けにすることができたところで、赤崎の思考は一時停止した。青子の顔を見て、彼が「え」と思わず声を上げるまで、大分時間がかかったように思う。

 しっかり者で、頼りになるお姉さんで、笑顔が良く似合う、ひまわりのような彼女が―泣いていたのだ。

 泣いていると言っても、伏せられた目から涙が流れているというだけで、厳密にいうとそれは、“泣く”という行為とは違っていたかもしれないが。

 どうしよう、と赤崎は戸惑う。

 嫌な夢でも見ているのだろうかと赤崎は思った。だが、それはどうにも考えにくい。何故なら彼女は「私みたいな幸せ者が泣くだなんておこがましい」と、日頃よく言っているからだ。

 泣かないことが、どういうわけか彼女が自分の心に誓った誓約なのである。

 それは、生半可な誓いではないのだ―少なくとも、水沢青子という少女にとっては。

 たとえそれがどんな悪夢であったとしても、そんな彼女が涙を流すというのはどうにも信じがたい。

 では、何故彼女は泣いているのだろう。

「…か。しず…か」

「え、ぼ、僕?」

 突拍子なく名前を呼ばれ、赤崎は大きく目を見開いた。

 悲痛な声音だった。

 依然として彼女は眠り続けているわけだが、寝言が自分の名前であったことに、涙の理由が結びついているような気がして、ますます赤崎は混乱する。

 冷や汗が背中を伝い、起こそうにも起こしずらい状況に陥った赤崎は、青子を起こそうとした時と同じ態勢のまま、ぴたりと動けなくなってしまった。横から見ると、何かと勘違いされてしまいそうな構図であったが、彼女の涙の原因が自分だと思い込んでしまった赤崎に、そんなことを考える余裕はなく(元からこの態勢に意識もしていないが)、ただ悶々と自問自答を繰り返していた。

(青子が泣くようなことって…一体僕は何をしたんだ…ああ、考えたくない)

 自問自答の行き着く先がとてつもなく最低なものでしかなかった為、赤崎のテンションは下がっていく一方である。

 ―と、そこで青子が小さく寝返りを打った。

 目がうっすらと光を宿している。

 あ、まずい。起きる。本能的に赤崎はそう感じ取った。

「ん…んん、しずか…?」

「…や、やあ」

 とりあえず赤崎は、笑っておいた。

 ノーリアクションで呆けた顔をする彼女に居たたまれなくなったのか、赤崎が気まずそうに目をそらした。青子の酔いは完全に醒めているようで、いつものきりっとした目つきに戻っている。

 だが―涙の跡は、消えてはいない。

「その…嫌な夢でも見たの?泣いてたみたいだけど」

 え、と今度は青子が驚いたように目を見開く。どうやら頬を伝う涙に気がついていなかったようだった。そっと手を伸ばした赤崎は、彼女の頬を優しくなぞった。

「な…泣いてた?私が?」

 彼女は、信じられないとでも言いたげな目をしている。

「うん。寝言で“静”って僕の名前を呼んでて…なんか、ごめん」

 肩を竦めて申し訳なさそうに謝る赤崎に、青子は慌てて―そしてまた、彼女の頬を涙が伝った。赤崎がギョッと目を見開いたのは言うまでもないだろう。

 ぽろぽろと溢れる涙を否定するように、青子は必死にそれを拭った。

「ちが…違うの。違くて。静のせいじゃ、ないから…ほんとに、違うから」

「青子…」

 こんな風に泣く幼なじみを見るのはいつぶりだろう、と赤崎は少しズレたことを思った。

 その姿はとても頼りなく、思わず赤崎は身を乗り出した。

 赤崎の手が、青子の頭を撫でる。すると彼女はまた泣き出した。

「ごめ…ごめんね。泣きたいのは私じゃ、ないのに」

「…謝る必要はないよ。泣きたい時は泣けばいい」

 彼女は何度も「ごめん」と「ありがとう」を繰り返す。

 何故彼女が謝るのか―一体誰にありがとうと言っているのか。

 赤崎にはわかりそうで、わからなかった。

「わっどうしたんですか青子さん!」

 優を起こしにかかっていた(琴乃のことはおぶって帰るので起こさない)響が、青子の涙を見て赤崎のようにギョッと目を見開いた。青子の方はと言えば、今初めて響の存在に気がづいた―というより、ここが赤崎の家だということをようやく思い出したようで、慌ててごしごしと涙を拭う。

 ぼんやりと覚醒していた優は青子の涙を見て固まっていた。

「おいお前ら、さっきから青子青子って一体何が…」

 そして、騒ぎを聞きつけた緑間が、食器洗いを中断して赤崎達の方へ駆け寄ってくる。

 青子と目が合った緑間は途端に表情を固くしたが、驚いた様子はなかった。

「青子」

 ただ一言、緑間がそう言った。同時に、二人の表情が微かに歪む。

 だが、それは本当に刹那のことで、おそらくその微妙な表情の変化に気がづいたのは赤崎だけだ。

 祭、と青子が小さく彼の名を呼んだ。呼んだというより、ただ読んだだけという表現の方が、正しいかもしれない。

 二人の間になんらかの意思の疎通があったようで、青子は次第にいつものような落ち着きと笑顔を取り戻していった。

「…わかってる、祭。…ごめんね、静、響。もう大丈夫。ちょっと夢見が悪かっただけなの。だから心配しないで?」

「なら…いいんですけど」

 響はあまり状況をよく理解できていなかったが、とりあえずいつものような笑顔を浮かべた彼女に安堵したようで、それ以上は追及しなかった。

 赤崎の方はといえば、何かを取り繕うとするそんな幼なじみの物言いに、引っかかるところが幾つかあったものの、何も言わなかった。

 涙の理由はもっと別のところにあるのでは、と赤崎は思ったのだが、それを深く追求することは、彼女を困らせてしまうだけなのだろうとわかったので、やむを得なく「よかった」と相槌を打つだけにしておく。

「ったく、紛らわしいことをすんなアホ。おらおら、とっとと荷物まとめやがれお前ら。もう十時回ってんだぞ!」

 やれやれと言った風に呆れ顔で溜息をついた緑間が、ビシッと散らかっているテーブルやソファ周辺を指差して、再び台所の方に引っ込んでいった。



「お邪魔しましたー」

 いつものように、気持ちよさそうに寝息を立てる琴乃をおぶり、未だにげんなりとした顔をしている優と一緒に、響は一足先に帰っていった。

 次いで帰ろうとしたのは青子だったが、やはりまだ浮かべる笑顔にぎこちなさが残っているように思え、独りで帰らせるにはあまりに頼りなかった。

 赤崎の家から青子の家までそう距離はないが、あんな泣き顔を見せられた赤崎としては、一人暗い夜道を歩く彼女の姿に不安が過ぎる。

「祭ももう帰りなよ。後片付けは僕がやっておくから」

 というわけで、赤崎はもう一人の幼なじみに、青子のことを家まで送らせることにした。緑間の家は青子の家の真向かいにあるので問題はないだろう。

「…は?」

 さも当たり前のように、帰る三人を見送るポジションにいた緑間が、その言葉にぽかんと口を開け数秒呆然とした。心底驚いたような顔をする幼なじみを見て、どうやら彼はまだこの家に居座るつもりだったようだ、と赤崎は思った。もしかしたら、泊まっていくつもりだったのかもしれないが。

 我に返った緑間は、意味がわかりませんと顔で主張した。

「いや、お前に片付けとか無理だろ」

「まあ確かにそうなんだけど…青子を一人で帰らせるのは、どうにも不安だし」

「いや、でも…」

「でも?」

 珍しいこともあるものだと、赤崎は少し意外そうに緑間を見た。

 こんな風に決断を迫られたり、頼みごとをされた時に、緑間が渋ったり即決できなかったりすることはまずないのだが、今日は珍しく迷っているようだった。赤崎は、何をここで迷う必要があるのだろうと不思議に思う。

 しばらく赤崎と青子を交互に見ていた緑間だったが、ここでようやく「わかった」と返事をし、エプロンを脱いでリビングに鞄を取りに行った。

 そんな彼の様子を不思議に思った青子が首を傾げる。

「?祭、どうしたの?」

「もう帰ってって言ったんだ。青子を一人で帰らせたくなかったから」

 それを聞いた青子が、バツの悪そうな顔をした。

「さっき私、もう大丈夫って言ったじゃない…別に一人でも」

「うん。でも、ひとりは寂しいから」

 ね、と笑う赤崎に、青子は何も言わず、俯いた。

 ほどなくして緑間が鞄を肩にかけて戻ってきた。そして、申し訳なさそうに赤崎に謝る。

「悪いな。最後までやっていけなくて」

「僕が頼んだんだから君が謝る必要はないよ」

 何か言いたげに口を開いた緑間だったが、結局思い留まったのか「おう」とだけ返し小さく手を挙げた。

 青子は伏せていた顔を上げ、思いつめた表情で赤崎を見つめる。その表情は、彼女のことをよく知っている人から見れば、どこか迷っているようにも見えただろう。

 彼女もどちらかと言えば緑間に近いタイプで、基本的に物事に対してはっきりとした態度を示すので、珍しく迷っている様子の青子に赤崎は首を傾げる。

「青子?」

 どうしたのかと赤崎が訊ねる前に、彼女はぱっと目をそらしてにこっと笑った。いつもの笑顔と違うことがわかってしまったのは、やはり幼なじみとして一緒にいた期間が長すぎたからだろう。おそらく青子の方も、赤崎がその笑顔の不自然さに気づいたことに、気づいているはずだ。

 ふと、青子が背伸びをした。

 赤崎は彼女に手を引かれ、そのまま下方に引っ張られる。

 彼女の真意が、手を引かれた時点でなんとなく赤崎には想像できた。

 二人の唇が重なる。

 とは言っても、恋人同士で行われるような息が詰まるほどに深いものではなく、軽く触れるだけのキスだったわけだが。勿論赤崎と青子は恋仲ではないので、当たり前と言えば当たり前なのだろうけれど。

「…またね、静」

 そっと唇が離れ、同時に別れの挨拶を告げた彼女は、ひらひらと手を振って家を出て行った。残されたのは赤崎と緑間だけである。

 やり逃げをされた赤崎はと言えば、特に赤面するわけでもなく、名残惜しいと思うわけでもなく、ただ呆然と突っ立っていた。

 青子は過度にスキンシップを取りたがる。

 今では大分丸くなったのだが、昔は誰彼構わず男女問わずに、よく軽いキスをしていた。彼女にとっては、挨拶のようなものだったのだろう。そして言わずもがな、幼なじみである赤崎と緑間も、彼女とのキスは数え切れないほど経験している。

 だが、ある時期を境に彼女は、“誰彼構わずのキス”をやめた。そしてそれ以来、その(・・)時期(・・)が来ると、赤崎にだけ昔のようなキスをする。

 変わらないフレンドキスを。

「…祭」

「なんだよ、静」

「今日、何日」

 基本的に赤崎は、昨日が何月で今日が何日で明日が何曜日なのかを気に留めない。学校がある日と学校がない日、赤崎の中ではそれが軸であり。取り立てて覚えようとは思っていない。

 昨日が何月で今日が何日で明日が何曜日なのか―彼には興味がないからだ。

「三十日だよ。ついでに言うと、明日から七月」

「…そっか」

 やっぱり、という赤崎の小さい呟きを耳で拾い、緑間はバツの悪そうな顔をした。

 つまるところ―青子が今日響達を引き連れて家に来たのも、涙を流していたのも、思いつめた表情をしていたのも、帰り際にキスをしたのも全て―そういうことだったのだ。

 もう、そんな時期だったのか。赤崎は他人事のようにそう思う。

「静」

 幼なじみに名前を呼ばれた赤崎は、はっと我に返った。なに、と顔を上げた赤崎の額を、すかさず緑間がピンと小突く。

 痛みはなかったものの、赤崎は反射的に両手でその場所を押さえた。

「流石に青子みたくキスは無理だからな」

「別に期待してない…」

 けらけらといつものように緑間は笑った。彼のこういうところに、赤崎はよく救われている。

 おそらく彼はこれからも、そうして無意識の内に周りの誰かを救っていくのだろう。

 今赤崎が救われているように。

「なんだよ静、ぼーっとして」

「…なんでもない。それよりほら、早く行かないと追いつけなくなるよ」

 先に行ってしまった青子を追いかけるよう赤崎が促すと、「それもそうだな」と彼は靴を履いた。そして、青子同様ひらひらと手を振る。

「じゃ、また明日な。静」

「…うん、また明日」

 最後の緑間が帰り、バタンと無機質にドアが閉まった。

 今このからっぽの家にいるのは、どうしたって赤崎だけだった。先ほどまでの明るさは何処にもなく、例え家中の明かりを全て付けたとしても、彼の内に芽生えた虚無感は失われることはないだろう。

 どうしてこれほどまでに、失いたいものほど消えてはくれないのか。

 どうしてこれほどまでに、失いたくないものばかり。

「…片付け、しなきゃね」

 そして今日も彼は、楽しさの残骸を寂しさとして吸収していく。



***



 赤崎の家を出てすぐに、緑間は先に行ってしまった青子のあとを追った。結構な時間差ができてしまったから、それなりに距離は離れているだろうと思い、小走りになった矢先目的の彼女を見つけ、緑間は少し拍子抜けしてしまった。

 いつもなら「先に行くなよ」とでも言っているのだろうが、それが今の青子にとって酷なことであったということは、緑間にもわかっている。伊達に幼なじみはやっていない。

 おそらくあのまま赤崎の家にあと一秒でもいれば、彼女は泣いてしまっていただろうから。

「そこの綺麗なお嬢さん。俺と少し遊びませんか」

「…はは、下手なナンパね」

 緑間が後ろから声をかけると、彼女は頼りなさげに眉をさげ、振り返った。その目に涙はなかったが、あと少し経てば直に封は切れるだろう。

 赤崎が知らないだけで、青子はよく泣いている。ただ、赤崎の前でだけは泣かないようにしているだけで。

 二人は肩を並べて夜道を歩く。帰る方向が一緒なので、送るまでもなく帰り道は一緒だ。

 影を連れ歩き、しばらく人気のない道を彼らは沈黙を保って歩いていたが、クスという小さな笑い声と共に青子が動いた。手を引かれ、やばいと緑間が思った時には既に遅く、青子は自分の唇を緑間のそれに重ねた。

「はい、これで静とも間接キス」

「毎年思うけど、マジ意味わかんねえ…」

 赤崎ほどポーカーフェイスが得意でない緑間は、すぐに感情が顔に出てしまうので、声音は普段通りを装ってはいるものの顔は真っ赤だった。これが夜でなければ、間違いなく青子に気づかれていただろう。そして、確実にからかわれていたに違いない。

 まあ、その逆も然りで、彼女の方も若干顔が赤かったわけだが、夜だったので緑間は気づかなかった。

「今日静にキスしたのは…もうすぐあいつの誕生日だからか」

「そう、ね。どちらかと言えば、“消えた一週間”が始まったからなんだけど」

 六月三十日から七月七日。

それを緑間と青子は、“消えた一週間”と呼んでいる。

 ちょうど今から七年(もうすぐ八年)ほど前。まだ彼らが十歳だった頃の話だ。赤崎家と緑間家と水沢家は昔から親同士で交流があり、その関係で三人はよく一緒に遊んでいた。その頃はまだ赤崎の両親、そして青子の両親も健在していて、今ではとても考えられないほど毎日が充実していた。

 特に赤崎の両親は仲の良い夫婦だと近所でもお墨付きで、離婚など無縁な話だろうと思われていた。

 だが、ちょうどその年の六月、その頃から―赤崎の両親は、少しずつすれ違い始めたのである。頻繁に赤崎を緑間か青子の家に預けるようになり、毎晩遅くまで口論のぶつかり合いが続いていたらしい。いがみ合いの原因は未だ不明だ。

 そして“消えた一週間”の一日目―八年前の今日、恍惚と赤崎の両親が行方をくらませた。まだ十歳だった赤崎を置いて、だ。

 だが、それだけに留まらず、いつまでも帰ってこない両親を不安に思い、“消えた一週間”の五日目に赤崎も姿を消した。信じられないことに、十歳の少年が、両親を探しに一人で外の世界へ飛び込んだのだ。

 だが、“消えた一週間”の最終日―そう、七月七日。

 皮肉なことに、その日は赤崎の誕生日であった。

 その日、隣町で行き倒れていたところを赤崎は通報され、病院へと搬送された。原因は栄養失調と過労。体力の乏しい幼児の体が、二日間も飲まず食わずで持つはずがなかったのだ。

 連絡を受けた緑間家と水沢家は、急ぎ赤崎が運び込まれた病院へと向かい、そこで信じられない光景を目の当たりにしたのである。

 行方をくらませていた赤崎の母親が―点滴を受けて眠る自分の息子の首を、絞めていたのだ。

間一髪のところで間に合った緑間家と水沢家によって、彼女のそれは殺人未遂に終わったが、最後に赤崎の母親は、自分の息子の誕生日にこんなことを言い残した。

 “あんたなんか、生まれてこなければよかったのに”と。

 そしてそれ以来、再び赤崎の母親の行方も掴めなくなった。

 それが“消えた一週間”。

 そして今日は―一日目。赤崎の両親が姿を消した日である。

 それを知っているのは緑間家と水沢家、あとは赤崎の母方の祖父母である藤(とう)黄(おう)家だけだ。

「お前、わかりやすすぎんだよ。気づいちまったぞ、あいつ。もうそんな時期なんだって」

「あはは、今年もやっぱり今の今まで今日が六月三十日だってことに気づいてなかったのかー静は」

 そう、赤崎は思っていただろう。今日、青子がわざわざ響達までもを引き連れて赤崎の家にやってきたことに、特に理由はないんだと―そう思っていたに違いない。つい先ほどまで。

 赤崎の両親が消えた一日目。だからこそ、今のあなたの周りにはこんなにたくさんの人がいて、誰もあなたを置いていったりはしないから―と、そんな意味を込めたいと青子は思っている。だからその為に、大勢で楽しく過ごそうと決めていた。

 だが、どうしても緑間には、あとから独りあの家に残される赤崎のことを思うと、むしろ古傷に塩を塗りこんでいるようにしか思えないのだ。

「…これでも一応、わかっているのよ、それくらい。祭に言われなくたって」

 自分がひどいことをしているって自覚は、ちゃんとある。青子はそう言った。

 ぴたりと彼女が足を止めたので、緑間もそれにつられて立ち止まる。青子の顔は伏せられていたが、アスファルトに転々としみができていることに緑間はすぐ気がついた。

「でも、こんな日だからこそ、傍にいたいの。少しでも傍で静と、喜びや悲しみを共有したい。祭だって、そう思っているでしょう?」

 涙に濡れた声は震えていた。

 彼女があまりに頼りなく感じられ、掴まえておかなければどこかにふらっと消えてしまいそうだと緑間は思った。ほとんど無意識の内の手を伸ばした彼は、そっと包み込むように彼女の体を抱きしめる。

 青子は腕を回すことはせずに、ただ彼のYシャツを力なく握るだけであった。それはまるで縋るように、何かを緑間に訴える。

 七年前の“消えた一週間”を境に、彼女は全くと言っていいほど人前―否、赤崎の前では涙を見せないように生きてきた。理由は、七年前の七月七日に、赤崎が泣かなかったからだ。

 両親に置いていかれ、本来ならば祝福されるはずだった誕生日に自分の生を否定されて尚、わずか十歳だったにも関わらず赤崎は泣かなかった。

 だから青子は決めたのだ。今目の前には自分よりもずっと辛い状況に身を置いている人がいて、それを不幸だと達観していながら、その人が涙を流すことをしないなら―その人よりもずっと幸福である自分が涙を流すだなんておこがましいと。

 だから自分は、決して涙を見せないようにしようと。

 だが、青子も人間で、それに加え女である。これから一生涯泣かないことなどできるはずがない。ならばせめて赤崎の前では涙を見せずに生きていこうと、心にそう留めたのだ。

 泣けない赤崎の代わりに涙を流すのは、自分の役割ではないのだろうと、彼女自身どこかでわかっていたから。

「…そうだな。助けて、とは縋ってこない奴だ。だったら、俺達がいつも傍で手を伸ばしておかねえとな」

 優しく、宥めるように緑間は青子の背中をさすった。

「…うん」

「その為にもまず、その情けない面をどうにかしないとな。お前には笑顔が似合ってんだ、いつでも笑ってろよ」

「…はは、さっきのナンパよりも、ずっと上手い殺し文句」

 二人は小さく笑った。

「今年の七夕も盛大に盛り上げてやらないとな」

 静の誕生日を祝うことはしなくなった。他でもない赤崎静自身がそれを望んだからだ。

 だから七年前の七月七日以降、赤崎にとって七月七日は自分の誕生日ではなく、七夕という意識の方が強くなり、誕生日パーティではなく、七夕パーティを開くようになった。

 だから毎年、短冊に願い事を書いて葉竹に吊るすことはあっても、誕生日ケーキを用意することはしなかった。

 おそらくそれが、赤崎にとっての誕生日プレゼントになるのだろうと思っていたから。

「…ええ、そうね。そうよね、祭」

「お、やっといつもの顔に戻ったな。青子」

 抱きしめていた青子の体を解放し、再び夜の道を二人は歩き始めた。

 このままではダメなんだろうと、心のどこかでわかっていながら―それでも彼らは、何も出来ずにいた。

 いつかそのことを、後悔する日が来るとも知らずに。



「…ふう」

 大雑把だが片付けを一段落終えた赤崎は、ぼすっとソファにダイブして寝転がった。

 着替えるのが面倒だった彼は、帰ってからも制服のままでいた為、このまま間違って眠りでもすれば、Yシャツなり制服なりにしわがつくのは確実だった。まあ、しわがついたところで、良く出来たあの幼なじみが丁寧にアイロンをかけてくれることはわかりきっていたし、元々自分の身なりにあまり関心がない赤崎は、勿論そんなことをいちいち気にしたりはしない。

 このまま寝てしまいたいという気持ちもあったが、明日の仕度も風呂も済ませてはいなかったし(そんなものは明日の朝やればいいという思いの方が強かったりするが)、何より眠れそうな気分ではなかった―このまま眠ってしまえば、確実に悪夢を見るだろうという確信にも似た思いがあった為、夢への舟こぎはもうしばらく後になりそうだった。

「…あ」

(日付が変わった)

 ふと目に入った掛け時計を見やると、ちょうど秒針が十二の文字盤を通り越し、日付が明日に変わった。

 祭の話によると今日―否、昨日は六月三十日だったらしく、日付の変わった今日は、考えるまでもなく七月一日ということになる。

 それがどうしたと聞かれれば、別にどうということはない。

赤崎にとって今日の七月一日に意味はないからだ。彼にとって意味を持つのは、八年前の今日だけである。少なくとも赤崎にとって、十八歳で迎えた七月一日と十歳の頃に迎えた七月一日は同じではない。

あの一週間は終わったのだ、八年前に。

(だから、祭や青子が、あんな顔をする必要はないんだ)

 あれは赤崎の過去の事情であり、全くとは言わないまでも二人には関係がない。緑間と青子まで同じ傷を背負う必要はないのだ。

 僕の傷は、いつまで経ってもどこまでいっても僕の傷―それが、赤崎の考え方である。

 だからこそ、たとえ二人の気持ちは嬉しくとも、できることならこんな醜い傷を抱えてほしくはなかったのだ。それはきっと、いつかどうしようもないほどに、彼らの足枷になるだろうから。

「本当は…離れられれば、一番良いんだろうけど」

 そう、赤崎が離れることを選べるのなら。

 彼らは少なくとも、赤崎のことで悲しみに暮れたりはしなくなるだろう。

 それができれば、彼らはおそらく救われるのだろうけれど。

「それは…やっぱり嫌だなあ」

 もしも今二人を失えば、赤崎はおそらくまた、生きる意味を見失ってしまうだろう。七年前の、あの日のように。

 (そうしたら、きっと―僕はもう、この世にはいられない)

「…結局僕は、自分を甘やかしたいだけなんだろうね」

 そしてそんな彼に対し、緑間と青子はとことん甘かった。そしておそらく、二人はそれを苦痛には思っていないのだろう。

 だから赤崎は振り切ることができずに、ぬるま湯の中から抜け出せないままでいる。

 向き合わなければならない過去と、向き合おうともしないで。

「…もう、寝ようかな。やっぱり」

 ふああ、と欠伸をし、赤崎は大きく伸びをした。

 相も変わらず制服のままで、明日の仕度も風呂もやるべきことは何一つ終わってはいないのだけれど、「ま、明日でいっか」と彼は全てを投げ出した。

 ベッドへ行くか迷ったが、如何せん動くのが面倒だった赤崎は、手近にあった座布団を半分に折って枕代わりにし、そのままソファで寝ることにした。  

 寝心地は悪いだろうし、朝目が覚める頃には体中が痛くなっているだろうけれど、それでも良い夢が見られるはずだ。リビングにはまだ、楽しさの残骸が残っている。

 電気もテレビも付きっぱなしだったが、そんなものはお構いなしだ。

「…おやすみ」

 ゆっくりと目を閉じ、赤崎は小さくそう呟いた。それが誰に対して発せられた言葉であったのか、それを知る術はここにない。

 からっぽの家に、今日も彼は独りだから。

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