さよならの続編

軌跡

プロローグ

 太陽が照りつける。ザ、ザ、と砂利道を進んだ。


***


 ジリジリジリ―と、けたたましく部屋中に鳴り響いた騒音は、彼の眠りをひどく邪魔した。騒音の正体は、学生にとっては必需品とも言える目覚まし時計である。

 うーん、と不機嫌そうに唸りながら、彼はカチリと目覚まし時計を止めた。そして再び、モソモソと布団の中に潜り込む。

 彼にとっては、二度寝は日常茶飯事なことであった。

 再び彼は夢の中へと舟をこぎ始めていたのだが、恨めしいことに今度は携帯電話の着信音が眠りを妨げる。

 くそ、とか、うぜえ、など(彼の寝起きは最悪)と、ぶつぶつ念仏のように呟きながら彼は電話に出た。その表情は、目覚まし時計で起こされた時よりもずっと不機嫌さを増している。というか、不機嫌は軽く通り越しているようにさえ見えた。

 それくらい不機嫌だった彼の声のトーンは、勿論かなり低かったのだが、電話の相手はそれを気にする風もなく、そしてあまりに軽かった。

『その感じだと、お前、絶対今二度寝しようとしてたろ。ったく、なんの為の目覚まし時計だよ…』

「…うるさい。それで、用件は何」

『うるさいってお前なあ…はあ、まあいいか。お前、おにぎりの具材、梅とツナならどっちがいいよ?』

 ふむ。

 まあ、なんというか、全くもって良く出来た幼なじみであると、つくづく彼―改め赤崎静あかさきしずかはそう思う。

 赤崎が低血圧で、早起きが絶望的なまでに苦手であるとわかっているくせに、電話の彼はこうやって毎朝眠りを妨げてくるのだ。しかも、毎度の如く謀ったようなタイミングで。それはもう、不機嫌もレベルアップするというものだ。

 だが、赤崎も赤崎で彼がこうして電話をくれなければ、確実に寝過ごして学校に遅刻してしまうだろうという自覚があるのもまた、確かである。

それに加え、弁当の中身やおにぎりの具材を選ぶ時は、連絡してくれと赤崎の方から言っているのだ。文句の言いようがない。

 だからたとえ、幼なじみに多少の悪気があったとしても、その悪気に助けられている赤崎は何も言えないのだ。不機嫌はレベルアップする一方である。

 えーと、それで、電話の内容はなんだっただろう。赤崎は頭を捻った。

「…ツナ」

 そう、おにぎりの具材の話だ。それにしても、具材が梅かツナかの二択だなんて、今日は随分バリエーションが少ないなと赤崎は思う。というか、その二択なら赤崎が後者を選ぶことくらい、わかっていて良さそうなものである。伊達に幼なじみをやっていないのだから。

 それでもこうして律儀に連絡をくれるのが、この幼なじみではあるが。

 電話越しに「りょーかい」と言った幼なじみの声を聞いた後、「じゃあまた」と言って赤崎は電話を切った。そして、自然と言うにはおこがましいほどの壮大な溜息を一つ。

 彼の二度寝は常であったが、それがまるで謀ったかのように妨害されてしまうこともまた、日常茶飯事なことであった。

 未だに布団の中でぼうっとしていた赤崎であったが、やがて諦めたかのようにもう一度溜息をつき、布団から脱する。そして、マイペースに学校へ行く準備を始めた。

 欠伸をしながら一階に降り、洗面台の前で歯を磨いて、顔を洗って黒い髪を適当にいじってから、リビングに放り投げてある制服に着替えると、もう七時近かった。

 彼は、「おはよう」とは決して言わない。

 この家には、早く飯を食べろと台所に立つ母親も、ネクタイをしめて新聞を読む父親もいない。ならば一体、誰に「おはよう」などと言えばいいのか―言えというのか。

 赤崎は冷蔵庫から、昨日あの良く出来た幼なじみが作り置きしていった、肉じゃがと焼き魚を取り出して適当にレンジで温めると、味噌汁を火にかけた。それと平行して茶碗にご飯をよそう。

 “独り”という、莫大な寂寥感にもすっかり慣れた高校三年生の彼は、今日も一人で食卓につく。

「いただきます」

 これが彼の、朝の風景だった。

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