窓を開けて

平野真咲

窓を開けて 1

 夏休み前と言えば、誰もがうきうきと楽しい気分になるものではないだろうか。しかし、パッとしない天気のせい、いやきっとそうではない、俺は気晴れしない思いで教室に向かっていた。

「集会の前のは気にしなくていいよ。僕だって、あの一言は許せなかったし」

 叶内かなうち聖斗まさとは俺の顔を覗き込みながら、声をかけてくれた。

「あそこにいた人は元気げんきの方が正しかったって言うと思う。手を出すまで行かなくてもいいんじゃないの、って言われてもさ、あいつら、言っても聞かないと思うし。その点だけは先生方は不利だから。

 元気は今までみたいにどんどん突き進んでいけばいいよ。今までの研究部でのことも聞いてるよ。元気が解決したこともあるって。まずくなったら僕も止めるし、それに、他にも助けてくれる人がいるんでしょ?」

「……ああ」

 俺、蓬莱ほうらい元気は研究部という部活に入っていて、いくつかの問題を解決してきた。研究部は学校をよりよくするために活動する部活で、今は先生や生徒の依頼を受けてそれを解決するという活動を行っている。

 聖斗の言うことを聞いていると、少しだけ気持ちが軽くなってきた。

「元気」

 後ろからポンと肩を叩かれた。振り返ってみると同じ研究部の城崎きざき篤志あつしがいた。

「今回も派手にやらかしたね」

「分かってるよ」

 俺と篤志はつい先日の自転車の事件で、「危ないことは慎むように」と部長の高瀬たかせ冬樹ふゆき先輩から注意された。しかし、つい最近まで通学用自転車へのイタズラが後を絶たず、研究部が犯人を見つけ出したことでようやくイタズラは終わったのだ。

「でもお見事だよ。今回も」

あきらは余計だって」

 篤志の隣には彼と同じクラスの田辺たなべ章がいる。章には部活こそ違うものの自転車の事件の時に協力をしてもらった。

「体育館のことはいいとしてもA組のせいで飛んだとばっちりを受けたからなあ」

 章がため息をついた。

「どうしたんだ?」

岩井いわい先生ご立腹だったぞ。1年A組だけ雑巾を取りに来なかったって。『君たち2人は委員会にも出ていて聞いていたはずなのに』とすごい勢いで叱っていたよ」

 A組の生活委員はどうやら雑巾を取りに行かなければならなかったらしい。これは避難訓練でグラウンドから帰ってきた生徒が土を落とすために下駄箱付近に敷くためのものだろう。各クラスの委員が全員出ると多すぎるせいか、委員会には各クラスの代表2人だけが集まる。岩井先生は生活委員の担当の先生らしいから、代表者の顔も知っているだろう。

「まさかとは思うが、C組の生徒相手に愚痴っていたのか?」

「そのまさか。集会で呼び出したから終わったのかと思えば、A組の生活委員の人への説教が始まり、生活委員の人を帰したと思えば今度は僕たちに向かってお説教。揺れているという放送が来て全員素早く自分たちの身を守ることができた」

 自分のクラスの担任とはいえ、篤志、皮肉がきついぞ。

「でも忘れるかな。他のクラスの人は取りに来たと思うし、朝の会が終わってすぐに取りに行けばいいし」

 章が首を傾げている。

しんちゃん、貫地谷かんじや君、ミサミサ、古滝こたきさん、野老ところさん、生活委員はしっかりしている人たちのはずだけれどね。あ、富樫とみがしは別か」

 聖斗は指を折りながら名前を挙げていく。それぞれ元吉もとよし親太朗しんたろう、貫地谷友樹ともき番場ばんば美沙みさ、古滝陽子ようこ野老ところ芽衣めい、富樫純一郎じゅんいちろうのことを指している。さらっと失礼なことを言っているが、事実だから仕方ない。

「あ、こんなところで油売ってた!」

 1人の男子生徒がこちらに近づいてくる。背が大きく、しっかりと引き締まった体つきに浅黒い日焼けをしていれば、迫力もあるかもしれない。彼は俺たちを見つけるなり走ってきたようで、一瞬だけ周りに涼しい風が吹き込んできた。

「どうした? そんなに慌てて」

「どうもこうもない。大変なことになった、すぐ戻ってくれ」

 彼は俺たちの腕をつかんだ。俺と聖斗はあっけにとられたC組の2人に短い挨拶をすると、3人は彼が元来た道を引き返していった。

「何があったんだ?」

「A組に戻ってからの方が早い」

 俺たちを引きずって走っている彼、1年A組のまゆずみ浩輔こうすけは手短にそう答えた。

 後ろの戸から入ると、「やっと帰ってきた!」とどこからか明るげな声が聞こえた。それ以外のクラスメートはみんなが不安そうに俺の方を見ている。

 1年A組、俺のクラス。いつもはなんてことない、ただただうるさいのが欠点のクラス。だが今は俺たちに道を開けて誰もが口を閉じている。その先には、教室の後方にあるガラス戸があった。

 どの教室でも同じ金網入りのガラス戸。だが今回に限ってはそうは言えない。

 下の方のガラス戸から完全にガラスがなくなっており、金網が露出していた。

「どうした、これ――」

 聖斗がつぶやく。俺もあっけにとられそうになったが、とりあえず辺りを見回す。

「盗られたものはある?」

 俺の一声でみんなが一斉に自分の机やロッカーの中を調べだす。少し待つと多くの生徒たちが首を振りはじめた。

「元気、動かした形跡もなさそうだし、金網があるから窓を割っても入れないって」

 聖斗がないない、と手で払うようなしぐさをする。それを聞いたクラスメートは「何だよ……」と俺を恨めしそうに見た。研究部では実際に文集が盗まれたことがあるので、とっさにそう考えてしまったのだ。

 誰が、や何で、という疑問もある。だが一番分からないのは、いつ窓ガラスは割れたのか。俺は今日の出来事を思い出してみる。

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