窓を開けて 2
今日は夏休み前の最後の登校日だ。だから授業はない。その代わりに全校集会と避難訓練を行った。ここ
まず、朝から少し調子はずれなことが起こった。今日の日直の
だが、それがそもそも失敗の原因だったのだ。体育館に着くなり、トイレに行くためにみんなが散り散りになってしまった。
勝手に集団から抜け出すということもしなそうな元吉君と野老さんが真っ先に列から離れてしまった。これを皮切りに一気に人が散らばっている。その後何が起きたかは予想がつくだろうが、体育館に残ったクラスメートたちが三々五々仲のいい友人たちと集まり、隊列は無くなってしまった。これでもただおしゃべりをしていたのなら先生たちから叱られるだけで終わった。俺だってその時はまだ一真とおしゃべりをしていたほどだからだ。
最後のクラスが体育館に入ってきても、1年A組は集会の列、つまり背の順に並ぼうとしなかった。トイレに行った生徒たちも何人か戻ってきている。俺と一真は目配せすると、一真は列の先頭となるべき場所で立った。
「1年A組並んでください」
それに気づいた副委員長の
「何でだよ、まだ帰ってきてないのがいるじゃんかよー!」
そう言って
「全校集会が始まるだろう」
一真が言う。先生方も「静かになるまで何秒かかりました」と言いたげにこちらを見ている。ここで仮谷先生が来てくれれば「並びなさい」くらいは言ってくれただろう。
「始めねーじゃんか」
「そーだそーだ」
取り巻きの富樫と
「並ばないから始まらないんだよ」
一真がおとなしく言う。いい方は穏やかだったが、本心では相当怒っていただろう。
「『並びなさい』って言われたからって並ぶのは幼稚園児なんだよバーカバーカ!」
「おい、それどういう意味だ!」
俺は立ち上がった。近くにいた生徒たちはギョッとして俺の方を見ている。目立ってしまったが、こんなことを言われて良い訳はなかった。
「は? お前何様なの?」
「さっきのこと、撤回しろ」
「は? そんな怒ってバカじゃないの?」
「この野郎――」
俺は拳を安河内の前に突き出そうとしたが「ダメだよ、元気!」と聖斗に右腕をつかまれた。左腕を出そうとすると今度は「やめろ」と
「屁理屈こねてないで並びなさいよ!」と
「1年A組! いい加減にしろ!」
さらに間の悪いことに、校長先生の話の途中でギイと大きな音を立てて体育館の鉄扉を開けた人がいた。まだ体育館に来ていない生徒がいたのだ。全校の視線が彼らに集まる。
入ってきたのは、番場さん、古滝さん、貫地谷君――1年A組の生徒だった。彼らは予想以上の人の目からか、誰かに呼ばれたからか、再びギイと音を立てて体育館の鉄扉を閉めた。彼らが再び入って来たのは校歌斉唱の時だった。
今までの成り行きを考えれば仕方のないことだが、全校集会が終わって他のクラスが帰っていく中、1年A組だけはそのまま残されていた。
「君たち、なぜ残されているのかわかりますか」
さっきまでマイクを使って話していた
「この集会で多くの人が体育館に整列した後にどこかに行ったのは知っていますね。それで、そこの仮谷先生が目を離した隙に残った人間が好き勝手移動したせいで列が乱れて収拾がつかなくなっていました。どうしてですか?」
誰も答えない。こんな重々しい状況で答えようとする人はいないだろう。
「自覚ないんですかこのクラスは! 挙句の果てに喧嘩まで始めて!」
川崎先生の罵声が飛んでくる。違います、と俺は反論したかった。
「とにかくこのクラスは生活態度がなっていない! 自分たちでどうするべきか考えなさい!
そして今から名前を呼ぶものは全員残りなさい」
「蓬莱」と筆頭に呼ばれ、安河内、富樫、目良、と取っ組み合いのメンバーが呼ばれていく。そして釘宮、番場、古滝、貫地谷と呼ばれていく。そして生活委員は岩井先生のところにすぐに行きなさい、と付け加えた。
クラスメイトがだいたい帰ると、番場さん、古滝さん、貫地谷君は
「止めてくれる人が居なきゃあのまま取っ組み合いか!」
俺は唇をぎゅっと噛んだ。俺だってやりたくてやったわけではない。
「釘宮も委員長なんだから注意しろ。お前も役に立たないな」
さらに俺は拳をぎゅっと握りしめた。腕がわなわなと震えてくる。
「なぜ安河内も富樫も目良も並ばず立っていたんだ。周りを見ろ、周りを!」
俺は顔を見せないように下を向いた。
「君たち中学生としての自覚が足りなすぎるんだよ! 自分で考えて行動する、自分の仕事は責任を持ってやらなければいけない、暴力をふるってはいけないなんていけないと注意されるなんてもっての他だ!
分かったら行きなさい」
俺はそのまま体育館を後にした。安河内たちがにっと俺たちの方を向いて笑う。
俺は体育館の方を向いた。
違う、と叫びたかった。自分の仕事を果たしていないのはお前の方だ! そう叫びたかった。だができなかった。言われたことを守らないクラスメートにも、友人に対して吐かれた暴言も、事の成り行きも見ないで叱る教師も、全部腹が立つ。
でも、一番腹が立ったのは、結局何もできず迷惑をかけただけの自分だった。
「元気」
一真がこんな俺に声をかけてくれた。
「何もできなかった」
俺はそのまま一真から目を逸らしてしまった。
「怒ってもないし迷惑だったとも思ってないよ」
一真は言った。
「何なら、ここで思いをぶつけたっていい。蓬莱の気が済むなら」
優しい奴だ。そう思った。しかしいつまでも戻らないわけにもいかない。前を向くと親ちゃんが教室の方に向かっているのが見えた。既に安河内たちは教室に戻っているはずだ。間に合わなかったら今度こそ惨めになる。「行こう」と声をかけようとした時だった。何となく一真の指先に目がいった。
「お前、指先怪我しているのか?」
一真はパッと後ろに手を隠す。一瞬だけ見えたが、指先には確かに絆創膏が貼ってあった。
「朝練で怪我しただけだから」
一真はすたすたと行ってしまう。俺は一真を追いかける形で教室まで向かう。一真は剣道部に所属しているが、一体どんな怪我をしたのだろう、と不思議に思った。
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