第23話 砂塵 3

 西の姫がオアシスへと逃げ帰ったその日から、住人たちは争いから逃れるために荷物をまとめ始めた。王族でさえ逃げ出そうとした事実と、痛ましい犠牲者が出たこと。誰だって、不安になる。

 王宮では目立った動きはない。わたしたちが知ることのない場で、王がいる前線とのやりとりはあるのだろうけれど。

「こんなんじゃ、商売あがったりだ」

 がらんとした店の真ん中で、親父が言った。すでにお運びの少年も調理を手伝っている者もいない。

 あれから数日で酒場でも客足が一気に引いた。わたしは特別頼まれたわけではないけれど、重苦しい雰囲気の王宮にいるより、街なかへ出ているほうが少しでも気が晴れる。

「もう危ないんだろう。引き際だな。他所でやり直す金もじゅうぶんにある」

 親父は椅子に座って天井をながめ、ぼそりとつぶやいた。店をたたんでオアシスを後にする腹積もりをしているのだろうか。

 東の軍勢が西側にいたという予想外のことに、今までただ勝利を確信していた者たちは足元をすくわれた形になったのだ。誰もが口にしないだけで、王の戦況を見通す甘さや傭兵や他のオアシスとの寄せ集めの軍のふがいなさを噂する。

 どうやら東は、腕の立つ者たちばかり集めた精鋭隊で砂漠を移動したらしい。率いる将軍は、以前一の妃が話していた切れ者ではないかとささやかれた。

 身分の低い母親から生まれたが、いくつもの言葉を操る東の軍きっての将軍だと。


 王族は、みなに知らせるべきだったのだ。王は不在であっても、一の妃が塔から呼びかけるべきだったのだ。

 心配はいらない、王は必ず勝てる、と。

 けれど王宮は沈黙を続けた。一の妃にしても、我が娘と孫王子をまっさきに逃がしたのだ。西の姫をとがめることは出来かねたのだろう。


 こぼれ落ちる砂のように、オアシスからはじりじりと人が居なくなり始めた。人であふれていた通りは、いつしかさびしくなった。最初は、他所から仕事の口を求めてやって来た者たち、それから城下に住む者たちや数組の家族。

 押しとどめようとしても、オアシスを後にする者たちが門へと押し寄せるようになった。それは日に日に増していく。

 しかし、逃げ出した者たちのうち多くが、物言わぬ身となって翌朝外に整然と並べられていたのだ。

 まるで門から出ることを禁じるように。


 城壁の内側で、みなは、思い知らされた。幼女ですら手にかけるような者たちだ。

 東の兵士には躊躇も慈悲もない。

 立ち尽くす我らは、やがて四方を敵に囲まれた王がオアシスへと舞い戻ってきたのを目の当たりにするのだ。


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