記憶がない

ペンネーム梨圭

記憶がない

 目を開けると病院だった。

 体を起こすと頭に包帯が巻かれていた。

 「気がついたね。君は路上で倒れていたのを通りかかった人が通報したんだ」

 中年の医者が声をかけた。

 「君は中山新太郎君だね」

 医者は運転免許証を渡した。

 うなづく中山と呼ばれた青年。

 「職業は出身地は?」

 医者が聞いた。

 「・・・・・」

 困惑する中山。

 どこだっけ?なんの仕事だっけ?

 名前はわかるのに職業や出身地がどこだか思い出せない!!記憶がない!!

 「君は頭に大怪我を負って路上に倒れていた。どこかで殴られたのかね?」

 「殴られた・・・・」

 首をかしげる中山。

 フッと銃らしいものが脳裡をかすめたけどなにか思い出せない。

 「君はどうやら記憶喪失だね。一時的かもしれないけどそのうち思い出すよ」

 医者は笑みを浮べる。

 うつむく中山。

 なんで路上に倒れていたんだろう。

 「えーと。これが君の持ち物」

 リュックを渡す医者。

 中山はリュックをのぞいた。中にはA4の封筒がありそ五センチ水晶やライター、

鍵、蜂蜜酒である。リュックには着替えが入っていて財布はある。

 「貴重品やお金は取られていないけど封筒はガラクタばっかだな」

 つぶやく中山。

 なんでこんなものを持っているのか記憶がない。

 「君は傷の治りが早いね」

 医者は包帯を取りながら言う。

 「ひどい怪我だったのにほぼふさがっている。驚きだね」

 「そうなんですか?」

 そこにあった手鏡で見ながら言う中山。

 そんなに治りが早いのか。

 「怪我の治りは早いけど記憶は一時的に喪失している以外は健康だ。

帰っていいよ。

何かあったら来てくれ」

 医者は肩をたたいた。


 

 病院を出る中山。

 しばらく歩くと駅に着いた。

 「ここは横浜か」

 中山はつぶやいた。視界にクイーンズタワーと港が見えた。

彼は振り向きざまにナイフを握った腕をつかみ上げ足払いして転ばせ、腹部にパンチ

を入れつかみかかってきた男の腕をつかみ腹部に膝蹴りを入れた。嗚咽をもらして

しゃがみこむ男。

 中山は反射的に動いた自分を見て驚き口笛を吹いた。

 なんで格闘技ができるのか知らないけどk

かっこいい。

 中山は目を白黒させてうめいている男二人を無視して路地へ歩いていく。彼は

とっさに片腕を高く差し上げた。せつな片腕が機関銃に変形して連射。ビルの

壁面にいた男三人が路上に落ちてきた。

 「なんで機関銃?」

 ひどく驚く中山。

 気配に反応して撃っておまけに片腕が変形している。どうなっている

のかわからない。

 どこか遠くでパトカーのサイレンが聞こえ彼は逃げ出した。


 

 中山は京浜東北線桜木町駅から電車に乗った。もちろん着替えを持っていた

から着替えた。なぜ着替えようと思ったかわからない。

 流れからして自分は大勢に見られていたし顔も見られたから帽子とメガネ

をかけている。

 なんで変装グッズまであるのか。さっき襲ってきたのと撃っちゃった人たち

はいったい誰なんだろう?まったく記憶がない。

 電車内は混雑していない。

 いきなり殴りかかってくるサラリーマン。

 中山はそれを受け流し膝蹴り。

 OLがナイフを振り上げた。上体をそらしてかわすと鋭角的な蹴りをはなった。

 OLは座席にたたきつけられた。

 他の乗客たちが遠巻きに見ている。

 チンピラが拳を何度も突きいれ、サラリーマンやOLがつかみかかってきた。

 中山は足払いをかけた。三人はひっくり返った。

 電車が関内駅のホームに轟音をたてて滑り込んだ。ドアが開いてホームにOL、

サラリーマン、チンピラが追い出され、中山がほこりを払いながら出てきた。

 彼は何もなかったように駅の雑踏の中に入った。

 「ユウジさんですね」

 交差点で声をかけてきたバイクの女性。

 「なんですか?」

 怪しむ中山。

 「あなたが記憶がなくなったのは知っている。私達は味方よ」

 女性は手を差し出した。

 中山は周囲をチラッと見る。

 三人の黒服の男女がやってくるのが見えた。

 中山はバイクに乗った。

 二人が乗ったバイクは大通りをかなりのスピードで進む。

 すると背後から大型トラックが近づく。

 バイクは路地に入った。バイクはいくつかの路地を駆け抜けて貨物港の

資材置き場に入った。

 そこに黒塗りの車が近づく。

 「彼らはなんだ?」

「小笠原で見つかった魔物を復活させたいカルト教団よ」

女性は声を荒げる。

「カルト教団?」

「終末を待ち望む会」だそうよ。政府が発掘した魔物に目をつけている。

説明はあとよ」

女性はバイクを猛スピードで資材と資材の間を駆け抜ける。

黒塗りの車も資材をよけながら走る。

中山はひらめいた。彼はバルカン砲に変形させて連射。黒塗りの車の

フロントガラスを穿った。車内にいた三人の男女は体中を撃たれてよろけて

海に落ちていった。

「魔物はどこにある?」

中山が聞いた。

たぶん見ればなにか思い出すかもしれない。

「本当に記憶がないのね。近くのホテルに部屋をとってあるから入りましょ」

女性は言った。

横浜ヴィレッジホテル。

横浜港が見える部屋に入る中山と女性。

女性はテープを出すとテレビをつけた。

モニターには氷漬けの雲のような体とひづめを持つ生命体が映る。

「これはシュブ・ニグラスだ」

あっと声を上げたのは中山だ。

「え?記憶が戻ったの」

身を乗り出す女性。

「ラグクラフト」が送った手紙の系図によればシュブ・ニグラスは

ヨグ・ソトースの妻とされツアトグアやクトウルーの祖母であるという。

ギリシャやエジプトでは豊穣の神として崇拝されていた。ねじくれた

樹木に似た動物とも植物とも思えない「黒山羊」を産み落とすんだ」

中山は指摘する。

「記憶が戻ったんだ」

声を震わせる女性。

「まだ戻っていない。君は誰で俺の職業は何だ?」

中山は核心にせまる。

「あなたは国連の対邪組織ウイルマースのハンターよ。あなたは

片腕をマシンガンに改造した。そのために心臓は強化されている。

そして私は日本政府のエージェントの小林」

女性は名乗り説明した。

「俺が?」

中山は戸惑う。

「あなたは内偵をしているときに頭を撃たれて路上に倒れていた」

小林は言う。

「えええええ!!」

困惑する中山。

本当かよ。どこかの映画みたいな話だ。

「さっきの魔物は筑波にある研究所にまだ保管されている。二,三日

したら政府は魔物を東京かどっかの博物館に置くんじゃないかしら」

小林がふと思い出す。

「いやあれは東京に持ってきてはいけない気がする」

中山が首を振る。

自分は記憶がないのになんで魔物の名前を知っているのだろう。それに

あれを持ってこないように何かしようとしていた。

中山は封筒を出して中味を出した。

「この鍵は東京駅のロッカーの鍵よ」

小林は指摘する。

「じゃあ東京駅へ行こう。行くのは簡単だ」

中山は蜂蜜酒を飲むと呪文を唱えた。

「バイアキー召喚」

部屋に三メートルのハエのようでコウモリでもアリでもない生物が

虚空から出現する。

「これは?」

驚きの声を上げる小林。

「バイアキー。邪神ハスターの使いだ。うまく使えばヘリコプターや

バイクを使わなくてもすぐにテレポートできる」

中山はそう言うとバイクにまたがるようにバイアキーに乗る。

顔を引きつらせながらも乗る小林。

バイアキーは腰にあるフーンという器官を使い飛んだ。せつな東京駅

についた。しかもトイレに。

「トイレは趣味ですか?」

不快な顔をする小林。

「いやなんかのミスだろ」

中山はトイレから出た。

二人はグランスタという地下街を通り過ぎ階段を上がりバスロータリー

に近いロッカーに行く。

中山は鍵を使いロッカーを開けた。

「閃光弾と球体だ」

中山はバレーボールくらいの球体と閃光弾をバックに入れてメモ書きを取る。

「丸の内の占い師の名刺だ」

中山はつぶやくと階段やエスカレーターを下りて丸の内の地下街へ足を進めた。

地下街には飲食店が並びおいしそうな臭いが漂う。

そんな地下街を過ぎて行き止まりの店に着いた。

店内には白檀の香りが漂い本棚には怪しい分厚い本が並ぶ。

「中山君。退院したんだ」

女性占い師が顔を上げた。

「君がプラカ・クラコフ・・・ロシア人か」

中山がつぶやく。

でも思い出せない。

「完全には思い出せないみたいね」

様子を察するプラカ。

「頭を撃たれたらしい」

中山がため息をついた。

「あせることはないわ。そのうち何かのきっかけで思い出すでしょ」

あっさりと言うプラカ。

「私はウイルマースの一員で占い師をしているの。よろしく」

 プラカは改めて自己紹介する。

 「よろしく」

 中山とプラカは握手を交わす。

 「さっそくなんだけどこれは何?」

 中山が話を切り出して球体を出す。

 「時空の裂け目を造る装置。閃光弾となんで東京駅のロッカーに置いて

あったのかわからないわ」

 プラカはうーんとうなる。

 これだけは自分の占いでも見えない。何か壁があってはばまれている。

 その時である。手榴弾が店内に投げ込まれた。

 中山はとっさに小林とプラカをかばい机の後ろに飛び込んだ。

 閃光とともに爆発。爆風で窓ガラスが吹っ飛んだ。

 瓦礫を押しのける中山。

 「大丈夫か?」

 声をかける中山。

 小林とプラカはうなづいた。

 どこか遠くでサイレンが聞こえた。

 「あのホテルに戻ろう」

 中山はひらめいてバイアキーを呼び出し二人の腕をつかんだ。せつな三人

はくだんのホテルにテレポートした。

 「ひどいわ。私の店がメチャクチャよ」

 文句を言うプラカ。

 あれじゃあ当分は営業できない。

 「本当に奴ら俺達が邪魔なんだな」

 中山はつぶやく。

 フッと脳裡をよぎる黒服の男女の姿。

 でもなんで記憶がないのか思い出せない。でもよっぽど死んでほしかった

に違いない。

 「筑波にある研究所に行ってみよう。そしたら何かわかるかもしれない」

中山は少し考えてから言う。

「そこは警備が厳しいわ。私達でさえ入れないの」

小林が首を振る。

なぜか自分たちでさえシャットアウトなのである。

「それは怪しいわね」

眼光が鋭くなるプラカと中山。

なにかやましいことがなければシャットアウトしない。

「私ならそうね。入れるわ。魔術でね」

プラカはニコッと笑った。



筑波にある研究所。

門のそばに姿を現す三人。

検問所があった。

「君、関係者以外・・」

警備員は最後まで言えなかった。プラカの眠りの呪文が効いたからである。

そこにいた警備員三人は強い眠気に襲われて倒れた。

三人は研究所内へ足を踏み入れた。

入ると同時に警報が鳴った。拳銃を持った警備員がわらわらやってきた。

中山が動いた。その動きは小林やプラカや警備員にも見えなかった。彼は鋭い

蹴りや拳で殴った。彼の足元には倒れた警備員たちが転がっていた。

中山はあごでしゃくった。

三人は長い廊下を駆け抜けて二階のバルコニーに出た。そこは吹き抜けになっている。

吹き抜けになっている場所に氷漬けの魔物が鎮座していた。

三人はバルコニーから飛び降りた。

「邪神シュブニグラスね」

プラカが言う。

「いやそれはただの黒山羊だ」

それを言ったのは中年の白人男性である。

「ルゲイエ博士だろ」

中山はフッと名前が出てきた。記憶は完全に蘇ったわけではないがだいたい自分が

何をしようとしていたかわかった。

自分が内偵していたのはこのセルビア人でカルト教団の親玉だ。黒服の男女や

襲ってきた奴らもこいつが指示を出していた。

「記憶は戻っていないのに名前は出てくるんだな」

感心するルゲイエ博士。

「モデル会社をやりながら実はカルト教団のボスをしていた。政府はあなたの

正体は知っているのよ」

ビシッと指をさす小林。

「インターポールもそう言ったが捜査官は始末した」

ルゲイエ博士はしゃらっと言う。

「あなたが何をしているか知っている。殺人や人身売買しながら邪神を復活

させようとしていた」

指摘する小林。

「俺は・・・・そうか確かにハンターだった。こいつを始末しようとしていたんだ」

中山はふと思い出した。

「記憶が戻りつつあるか。ならば叩き潰すまでだ。大地の主よ。わが肉体を触媒

となしその顕現により悪しきものたちを葬りたまえ。

イア!シュブニグラス。御子を遣わしたまえ」

 ルゲイエは笑いながら呪文を唱えた。

 彼の体が膨れ上がり触手が伸びた。身の丈も伸びた。

 「シュブニグラスの黒山羊か」

 三人は声をそろえた。

 この男はどうやら邪神と契約して自らの体を差し出したようだ。

 目の前に身の丈四メートルの魔物がいる。雲を思わせる不定形の体に複数の

丸太のような触手。

 「おもしろくなってきた」

 中山はバルカン砲を連射。

 青い光線が何度も貫通するがそれでも触手を振り下ろし目から赤い光線を放つ。

 三人は飛び退いてかわした。

 「風よ」

 プラカは呪文を唱えた。彼女の周りに強風が吹き荒れそれが刃となってルゲイエ

を切り裂いた。しかしいくら切り裂いても触手は生えて傷口はふさがった。

 持っていたライフル銃を撃つ小林。

 「こいつちぎってもちぎっても死なないわ」

 プラカが叫ぶ。

 「連中はそんな簡単に死なないさ」

 中山が言う。せつな触手が巻きついた。

 彼は持っていサバイバルナイフで触手を切断した。服が焼けていた。どうやら

粘液は酸性らしい。

 ルゲイエは口から紫色の煙を吐いた。

 中山たちはそれをかわした。

 紫色の煙が当たった金属の手すりはたちまち錆付いた。

 「最悪だな」

 中山がつぶやく。

 いくら撃っても切断しても死なない。

 彼はふとひらめいた。

 バックからくだんの球体を出した。球体には幾何学的な模様がありその一部

にラテン語が書いてある。彼はその文字パネルを押して地面に置いた。球体が

クルクル回転し始める。

 「なんだこれは?」

 興味を示してのぞくルゲイエ。

 「逃げろ!!!」

 中山は叫ぶと閃光弾を投げた。

 閃光に目を焼かれるルゲイエ。

 三人は研究所を飛び出した。

 研究所は内部から吸い込まれるようにひしゃげて潰れていく。

 「あれはなんなの?」

 振り向くプラカ。

 「時空の裂け目に吸い込むある種のブラックホール装置だ」

 中山が立ち止まる。

 「そんなものがあるのか?」

 小林が口をはさむ。

 「開発したのはシド博士だ。スイスの素粒子研究所にいる」

 中山が言う。

 彼らの目の前で広大な広さを誇った研究所は轟音を立てて基礎だけを

残して縮小して消えた。

 残ったのは基礎と瓦礫と球体。吸い込み終わったのかうんともスン

ともいわなくなる。

 中山たちは研究所あとに近づいて球体を拾ってバックに入れ彼はライター

でタバコに日をつけた。

 「終わったな。俺達はカルト教団の企みを阻止してその上、シド博士

の試作品を使って時空の中に邪神と眷族を放り込んだ。人類は滅びずに

すんだ。それにこの水晶は邪神の力をある程度無力化するお守りだ。

これがあるからあの程度で済んだ」

 中山はタバコをくゆらせながら言う。

 「わかった。政府に報告に帰るわ。またどこかで会おう」

 小林はそう言うと立ち去る。

 「私達もウイルマースに戻りましょ」

 プラカは中山に言う。

 中山はうなずいた。

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記憶がない ペンネーム梨圭 @natukaze12

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