時速45キロの走馬灯
カレーは甘口派
一頁目 白紙のページと茶色いロープ
僕は今日も外を見ていた。真っ白で無機質で、どうしようもないくらいに人工的な病院の一室から、空を見上げる。
「どうせなら、死んでしまえたら良いのに。」
「死ぬなら今だと思った」
「死ねたら」
この物語の主人公、そう、僕、金子悟(かねこ さとる)は死にたがりだった。死んでしまいたかった。僕の存在を忘れてほしかった。僕の話題を出さないでほしかった。これ以上、生を渇望したくなかったから。
『僕が死んだら、この日記帳も誰かに見られてしまうのかな。』
そんな事を考えながら筆をすすめる。日記帳の表面には”死ぬなら今だと思った”と記されている。僕の唯一の心の在り処だ。
34歳という若さにして、大腸がんを患ってしまった僕の全てがここに記されている。余命は1年だった。残された時間はあまりにも長く、そして短かった。
重大な病を宣告された時、人は悲観的になるだろうか、泣き喚くだろうか。どうやら僕は普通の人間だったようだ。普通の人間と同じように悲観的になった。
正直自分にがっかりした。だって、病気になる前は毎日のように「死にたい」と呟いていたからだ。いざ死と隣り合わせになってみると、あの時の自分を蹴り飛ばしたくなる。
治る見込みが限りなく少ない病気を患った人間が、生きることを渇望するのはおかしいことだろうか。どうやら僕にはプライドが在るようだ。いつ死ぬかわからない今でさえ、「生きたい」ではなく「死にたい」を口にしている。こんなボロボロになっている状態でさえ、僕は僕に嘘をつき続けている。
”生きることを願い、生き続けることを願い、何になるというのだ。”
僕がうわ言のように言っていた言葉だ。こんなのは嘘だ。期待するのが怖かったからだ。傷つくのが嫌だからだ。自分に素直になれればいいのにな。
自分が嫌いだった。正確には、自分のことが好きでたまらない自分のことがたまらなく嫌だった。傷つきたくない、傷つけたくない、期待したくない、裏切られたくない、全ての動力はそれだった。死にたいなど、全て自分のためについた嘘だった。
自分本位で、独りよがりで、独善的で、自己顕示欲が強くて、承認欲求が強くて、なのにどうして、君だけは離したくなかった。君にだけは嘘をつきたくなかった。
今更遅かったのだ。全て遅かったのだ。素直になるのも、自問自答するのも、自分を省みるのも。まあいいさ。
なんでも叶えてくれるのなら、流れ星にだって僕は嘘を願う。夜空を見上げて、今日も僕は嘘を願う。
この物語は、君だけに捧げる。
僕は、首に長いロープをかけ、長くて短い夢を見る。
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