42話 訓練所での任務

「ん、ヒロ。やっと来たな」


 訓練所の中に入ると同時に横からそう声をかけられる。声のした方を振り向くといつも以上に髪のボサついたサイレンさんが気だるそうな顔をし、両手を科学服のポケットに入れて立っていた。


「やっとって……ちゃんと時間合わせて来てるんですからセーフでしょう…………というか、どうしてサイレンさんなんですか?」


「僕の任務を受けるなら時間十分前には来ておけ。それと、今日お前を呼び出したのは…………これを見てくれ」


 サイレンさんは近くの電柱に近寄り、そのてっぺんを指差した。

 南中した太陽が非常に眩しいので顔に手を翳してそれを見上げる。そこには何やら赤色で乗用車のタイヤくらいの大きさをした宝石らしき物がフヨフヨと浮いていた。


「えっと、あれは一体なんです?」


「雨魔水晶のレプリカだ。本来は雨魔水晶の力をなるべくほぼ完璧に再現しようとしていた人工物だよ。だが、それはあえなく失敗に終わりこの使われようさ。まあ、多少便利ではあるがね」


「はあ、なるほど。……で、その雨魔水晶のレプリカが何だと言うんですか?」


 ここまで慌てて来て投げられる専門知識。決して聞いてるだけ無駄、という訳ではないのだが、さっさと任務内容を教えてほしいというのがどちらかと言えば本音だ。


「君も一度くらいは見た事があるだろう。確か君は昨日プールに任務で出ていてその時ちょうどゼロガミが出現したという放送を聞いたと思う」


 ゼロガミ? 記憶をさかのぼってみると、サイレンさんの言う通りプールの入口付近でこれと似たような物があったような気がした。


「……あ、あれですか! つまりは、この雨魔水晶のレプリカから放送が流れていたという事ですか?」


「いや別に今はそんな事を聞いているんじゃない。全く話が噛み合っていないぞ。僕は『放送を聞いただろう』としか言っていない。誰もこのレプリカから流れているとは言ってないぞ…………まあ当ってはいるが……」


 やはりサイレンさんは口厳しい。ちょっとした事にもすぐにツッコんでくる。


「とにかくだ。このレプリカもそれに比例して放送が流れるようになっている。……が、最近このレプリカに溜められていた魔力が切れかかっていて上手く作動してくれないんだよ。この前だって、訓練中にわざわざ兵士が直接声掛けに来ていたのもそのせいだ。……お陰で出撃時間が遅れてアレガミに街の大半を破壊されてしまったじゃないか」


 最後の部分だけ声のトーンが下がった事からしてあの時を思い出して少し怒っているんだろう。アレガミの魂がどうのこうの言ってたし……。


「という事で、僕が何が言いたいかは分かったな? ……このレプリカに君の持っている雨魔水晶の魔力を分けてやって欲しいんだ」


「…………あの、それってぼくがやらなきゃダメなんですか? 別に断る理由がある訳じゃないんですけど、ルヴィーさんとかに協力させても良かったのでは?」


「……前々から口にしてはいるが、アイツが僕の言うことを素直に聞いてくれると思うか? それに、まだこの世界に来て間もない君のため思って任務という形で依頼してるんだ」


「あ、なるほど。そういう事なら分かりました」


 ぼくは何の異論もなく素直に納得した。ルヴィーさんには申し訳ないが返す言葉が一つも見つからなかった。


「魔力蓄積方法だが、まずはこの電柱に登らないと何も始まらない。とりあえずあのレプリカに手が届くくらいまで登ってみてくれ」


「は、はい。……了解です」


 言われるがままぼくは電柱に近寄り、手と足でガッチリと固定して地道にてっぺんを目指して登った。


 数分経って汗をかき、息も切れてきた所でチラッと下を見るとなんとまだ半分も登れていなかったのだ。改めて自分の体力の無さにびっくりする。


「…………あのさ、いくらなんでも君体力無さすぎやしないか? まだまだ先は長いぞ」


 サイレンさんがこちらを見上げてちょっとからかったような口調で言う。


「じ、自分でも少しは自覚してます! ですのであまりかさないで下さい!!」


 ぼくは再び電柱を登った。どれだけ登るのが遅いかは、登っている本人が一番よく分かっている。だけどそれを的確についてくるサイレンさんに少しカチンときたからぼくはこんなもんじゃないという事を思い知らせてやる!



 そして三十分後、ぼくはようやく電柱の一番てっぺんまで登ることが出来た。……前言撤回。早く登ろうとすればするほど体力を使って余計にバテてしまってとんだ無駄な努力をしてしまった。


「よし。聞こえるか? やっと着いたようだな。今から魔力蓄積方法を説明するからしっかり聞き取るんだぞー」


 手足は固定したまま下を見下ろすとサイレンさんがまるで着せ替え人形のように小さくなっていた。それほど高い位置にいるという訳だ。

 実を言うとぼくは高所恐怖症なのでずっと下を見ているといつ手を離してしまうか分からないから顔は雨魔水晶のレプリカに向け、耳だけを傾ける事にした。


「まずは雨魔水晶を取り出せ! そしてそれをレプリカに近づけるんだ」


 ぼくは落っこちないように恐る恐る左手だけを電柱から離し、胸ポケットからいつになく青く輝く雨魔水晶を取り出してレプリカに近づけた。すると、雨魔水晶が更に光を発した。多分、今魔力蓄積を行っているのだろう。しばらくするとレプリカの方の雨魔水晶も光を徐々に取り戻してきた。


「よし、オーケーだ! もう降りてきていいぞ!」


「分かりました……」


 ぼくは誰に聞こえるかも分からない小さな声でそう呟くとゆっくりと電柱を降りた。が、その時いきなりどこから飛んできたのか黒いカラスがぼくの頭上でバサバサと羽ばたき始めた。

 舞い落ちる黒い羽とカラス本体が邪魔して視界が遮られ、ぼくはたまらずでんから手を離してしまった。



「うわああああぁぁぁぁ!!!!」



 全身に感じる嫌な浮遊感。心のどこかで、勝手に「死」を決意していた。


「ホントに、毎回世話を焼かすな!!!」


 そのサイレンさんの掛け声と同時に背中に軽い衝撃が走った。何が起こったのかさっぱり分からない。ただ、地面にぶつかった訳じゃなさそうだが……。


「……まったく、君も懲りないな。ちょっとは自分の身くらい自分で守ったらどうなんだ」


 ぼくは、大きな青い板のようなものの上に横になっていた。


「魔力の塊を網目状に編んで落下時の衝撃を和らげた。一見質素に見えるがこれでも結構魔力消費するんだぞ」


「……なんとお礼を言ったらいいか…………」


 体を起こして元いた芝生の上に立つ。サイレンさんには、毎回助けられてばかりだ。些細な事でもいいから、今度何かお礼がしたい。


「そう気にしなくてもいい。……とりあえずこれで任務達成だな。ほら、報酬だ」


 そう言ってサイレンさんは小さな封筒を差し出した。ぼくはそれを受け取ると「本当にありがとうございます」と一言言って左ポケットにしまった。


「じゃあ僕は研究室に戻って研究を進めてくるよ。じゃあ、今日はお疲れ様」


「はい、お疲れ様です!」


 訓練所から出ていくサイレンさんをその場で見送った後、ぼくは笑顔になっていた。……ぼくもサイレンさんのように、頼られる人になりたい……そう思いながら。

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異世界召喚と歌姫の小夜曲 めもたー @Memotar-76573

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