40話 ~回想~ ルミナの過去 四

 土砂降りの雨の中、シェルドの埋葬が行われた。葬式では、大勢の人が泣いていた。しかし私は一粒の涙も流さなかった。昨日泣きすぎた、という事もあると思うが、それ以上に私には大きな罪悪感があったからだ。



 …………シェルドが死んだのは、私のせいだ……。あの時、授業を抜け出していなければ……あの時、お義母さんから逃げていなければ、こんなことには……。




 そんな感情を抱きながら、三年の時が過ぎた。十五歳になった私は、目指していた看護師を諦め、もっと広く国に役立てて、シェルドの護衛兵になるという夢を代わりに叶えるという事も踏まえ、敢えて高校にも行かず護衛兵に就くことを目指した。

 しかし護衛兵はそう易々となれるものではない。武器、魔法、道具、戦法……。これらをほぼ完璧に熟知し、国の為に命をかける覚悟をした者だけがなれるのだ。



         ――――レイン図書館にて――――



「雨魔水晶輪で生成できる魔法の属性は使用者のフェアリーによって決まる…………あれ、フェアリーってなんだっけ……」


 ド忘れした用語を調べようと、隣に山積みにしてあった本に手をかける。そしてその中から本を一冊だけ取り、古くなって黄ばんだページをペラペラとめくっていく。


「……あった。フェアリーは、雨魔水晶輪を使用出来る者の持つ力の源である。これを無しに、魔力を生み出す事は出来ない……か。……これさっきも読んだような気もするけど……疲れてるのかな…………もー、やだー!!」


 私は感情が爆発して反射的に目の前のテーブルを蹴ってしまった。その結果、山積みの本がドサドサと崩れ落ち、私は椅子から転げ落ちて一瞬にして本の山に埋もれてしまった。二、三度本の角が頭に直撃して涙が出てきた。


「あぅ~……やっぱり物にあたるのは良くないよね……」


 自分の行いを反省しながら体を起こして本を積みなおそうとすると、横から低い男の人の声がした。


「だ、大丈夫ですか!? 手伝いますよ」


 振り向くと、やや長身で紫のボサボサした髪に黒ぶちのメガネで白衣を纏った男性がいた。見た感じ、年齢は私と同じくらいかと思われる。


「あ、ありがとうございます……」


 そう言って頭を下げると、男性はその辺に散らばった本を拾い始めた。しかし本を一冊手に取ると、その本の表紙を見つめて動きを止めた。


「……護衛兵…………ですか? 女性が護衛兵を目指すなんて、珍しいですね」


「は、はい。やっぱり……おかしいですかね?」


「いえ、別におかしいという訳ではないですけど、女性が護衛兵になるには通常ろ合格基準点の70点を約1.2倍した85点を取らないといけないのでさぞかし厳しいかと思います」


「それは……一応存じてはいます。しかし、それでも私は護衛兵になりたいんです! だから今日はこの図書館に来て勉強をしてるんです」


「ふむ……」


 男性はメガネを指でチョンと押して視線をこちらに向けた。しかも、かなり真剣な顔で。何を言われるのかと、私は唾を飲み込んだ。


「護衛兵は、中途半端な気持ちだけでなれるものじゃない。口だけでは何とでも言えるんですよ? その『勉強する』と言っている事自体がダメなんです。ただ勉強して、知識さえ身につけておけば大丈夫なんてあまい考えをしてませんか?」


「……え?」


「女性……特にあなたのような戦闘慣れしていなさそうな人が護衛兵なんてとんでもない。……護衛兵は、知識よりも武術の方が採点の三分の二も占めてるんですよ。…………もっとも、護衛兵の一存ではない僕が言うのもなんですけどね」


 確かに、彼の言うことは正論だ。その上図星。私は戦闘なんて全くと言っていいほど経験がない。なのでその分戦闘に関する知識で挑もうとしたのだが、まさか武力のほうが必要だったなんて迂闊うかつだった。


「では……私はどうしたらいいのでしょう……? 試験はもう一ヶ月後なのに……」


「…………基礎のみであれば、よければ僕がお教えしましょうか?」


「え? いいんですか?」


「僕は科学者志望なので戦闘は専門外なんですけどね。万が一の時の為に護身用として身につけてあるんです」


 かすかに希望が見えた気がした。こんな偶然があるだろうか。たまたま図書館で出会った人がまさか戦闘術を伝授してくれるなんて……冥利に尽きる。


「そうなんですか? ……では、よろしくお願いします」


 その後名前を訪ねると、彼はサイレンと名乗った。




 それから一ヶ月間、私はサイレンと共に猛特訓をした。その特訓は予想以上にハードで、転んだり蹴られたりの繰り返しで顔中がアザだらけになり、膝にはたくさんの絆創膏も貼って体はもうボロボロだった。

 しかし、護衛兵になるためには越えなければいけない試練だ。こんな試練で音を上げては、護衛兵の足元にも及ばない。私の限界は、まだまだこんなものじゃない。



――――試験前日。いつものようにサイレンに稽古をつけてもらおうと彼の家に行くと、ものすごく気だるそうな顔をして家から出てきた。


「今日も、よろしくお願いします!」


「……やめとけ」


「え? どうして?」


「試験はもう明日だろう。毎日のように訓練して、体力がない状態で本番に挑もうなんて、さすがに無理があるんじゃないか。せめて今日だけでも休んでろ」


「…………そうですか」


「気を落とすなよ。君のため思って言ってるんだ。しかも、これ以上君を壊したくない。元々、女性を蹴ったりするなんて僕の美学に反する事だ。それを破ってまで君を信用してやってるんだぞ。一度くらい僕の願いも聞いてくれよ……」


「……わかった。今日は家で休んどくわ」


 そして、その日は何もすることなく、ただ眠って一日が過ぎた。



――――そして、試験当日。午前は知識、午後は武術の部で分かれた。知識の部は、学校のテストのような感じで懐かしい感じがした。出された問題全てを埋め、とても自信がある。知識で落とされる事はまずないだろう。


 問題は午後の武術の部。課題は『同じ護衛兵志望の同期と五連戦せよ』というものだった。

 簡単にいえば、五連戦してより勝利数が多ければ点数がもらえるという事だ。ルールは相手をダウンさせれば勝ち。五連戦する相手は皆やはり男性だったのであまり自信はなかったが、五戦中三勝することができて少しホッとした。全敗していたら不合格は免れなかったはず。


 あと、一つ気になったのが二戦目に戦った「アミルスワン」と名乗った男は、わざと私に敗けた感じがした。確信はないけれど、そんな気がしたのだ。



 ――――――――



 一週間後、試験の結果が届いた。私は早く結果が見たかったのでパジャマ姿のまま家のドアの横に設置してある郵便受けに向かった。合格なら、目標は達成されてシェルドの夢が叶えられる。不合格なら、また来年にお預け。



 郵便受けから手紙を取り出して封を開けると、結果表にはテストの詳細点数と、大きく二文字の漢字が書き綴られていた。

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