39話 ~回想~ ルミナの過去 参

 ボロボロな小さな部屋の中に、緊迫した空気が漂う。私はそんな気がしたが、シェルドはまるで遊んでいるかのように余裕な笑顔を見せている。


「随分と余裕そうね。これから殺されるというのに……」


「はっ……ハッタリはよせよ。そんなセリフお前みたいな美人には合わないぜ?」


「ふふっ、口だけはいっちょまえね。でも嬉しいわ」


 私の義理の母親は、いつもの優しそうな顔をしてそう言った。しかし、その顔は徐々に崩れていき、先程の殺意に満ちた顔に戻った。


「……本当はこんな子供を虐めるなんて好みじゃないんだけどね…………だけど私の本性を知られたからには死という口封じをしなくちゃいけないの。この事がもし国にバレたらめんどくさいしね……」


「おうおう、殺せるんなら殺してみろよ」


「ちょっとシェルド!! あんまり挑発しないでよ!」


 小声でシェルドに言う。


「だーいじょうぶだって。今ぼくはワクワクしてんだよ。黙ってそこで傍観してろよ」


 シェルドの神経が分からない。殺されてもおかしくないこの状況下でなぜそんなに楽しそうにしているの? 死ぬのが怖くないの? そんな疑問を持ちながらも、無力な私はただ彼を見守る事しか出来なかった。


「……あれ? 攻撃が来ねぇな。もしかして、怖気づいてるのか?」


「…………何ですって?」


 お母さん……いや、義理のお母さんの形相がさらに恐ろしくなった。そして、義母にまとわりつくように青色の雷が発生した。静電気で髪が浮き上がる。


「……私が、怖気づいてるですって? ……かつて魔法殺しのプロと言われていた私が……? ふざけないでちょうだい!!! 挑発するにも、言ってはいけない言葉だってあるものよ!?」


「おお、やっとその気になったか。今にも雷神の如くぼくを焦がしてきそうだな」


「その通り、分かってるじゃない。……真っ黒焦げにしてやるわ!!!!」


 義母が動いた。すごい勢いでシェルドに突っ込んでいく。しかしシェルドはそれを察してしたのか、ヒラリと身をかわし、顔面に浴びせ蹴りを放った。


「…………!! シェルド! ダメだよ!」


 そう叫んだ時にはもう遅かった。義母を守っている雷のベールに足が触れてしまい、シェルドは感電してしまった。


「くっ……ぐあっ!?」


 シェルドはそのまま背中から地面に落ちてしまった。浴びせ蹴りをした左足を両手で抑えながら苦痛の表情を見せている。


「……へへっ、戦いに興奮し過ぎてその変な電気の事をすっかり忘れてたぜ。それならこっちに相当なハンデがあるな。……余計楽しみになってきたぜ」


 彼はそう言うとニヤッと微笑んで今の体育座りの状態から地面につけた手を軸に、右足で義母の足を払った。どうやら足の方には電気が纏っていなかったようで、硬い地面に派手に転んだ。


「ほら、どうしたんだよ。こっちは左足がつかえないんだぜ? それなのに手も足も出ないか」


「……少しはやるようね。足に電気が帯びてない事に気づけるなんて」


「昔っから感がいいんでね。……さあ、早く立てよ。その足、折れるまで蹴り続けてやる」


 ここまで何かに必死なシェルドは久しぶりに見た。喧嘩っぱやいのはいつもの事だが、その時はいつもだるくてやる気無さ気なので私が割って入って止める事も出来るのだが、今回はそのいつもと違って真剣な顔つきをしているし、普段言わないような言葉も使っている。

 こうなると、私は彼を止めることが出来ない。前にも一度だけ同じような事があった。……あの時の残酷なシェルドが、また現れてしまった。


「うおらあぁぁぁぁ!!」


 義母が立ち上がったところを見計らってシェルドはすかさず左ストレートを打ち込んだ。


「甘いよ!」


 一方義母の方は、その拳に向かって雷魔法を放った。その二つが衝突すると、辺りに強烈な衝撃波が生じて部屋の窓ガラスが全て割れた。その圧に私も目を瞑らずにはいられなかった。


 少し間があり、衝撃波が止むと私は目を開けた。そこにはガラスの破片が左腕全体に刺さって血まみれになっているシェルドと、血まみれのシェルドとは対称に、無傷の義母の姿があった。


「シェルド!!!!」


 私は彼の元へ走った。


「来るな!! お前はそこでじっとしてろ!!!」


 シェルドの一喝に、私は足を止めた。


「……これくらい何ともねぇよ。それに、今ぼくは楽しんでんだよ。…………お願いだから、そこで見ていてくれ」


 ……大丈夫と言いながら息を切らして、たくさん汗をかいて腕の出血も止まらなくて立っている事さえ辛いはずなのに、どうしてそんな嘘をついて、笑顔で答えてくれるの……?


 私はその場に座り込んで、声は出さずに涙を流した。


「さて、そろそろクライマックスかな」


 シェルドは右手で左腕に巻かれた雷で黒く焦げた包帯を刺さったガラスもろともぎこちない動きで破いていく。そして、包帯を完全に取り除くと、私は自分の目を疑った。

 彼の左腕には、巨大な魔法陣が描かれていた。これは、伝説の種族「インテンス族」の特徴である。インテンス族は、生まれつき雨魔水晶輪無しに魔法が撃てるように腕に魔法陣が描かれているらしい。まさか、シェルドがその「インテンス族」だったなんて思いもしなかった。


「これでも食らってくたばりやがれ!!!」


 シェルドの左腕に炎が纏った。義母の方も負けじと右腕に雷を纏う。そしてほぼ同時に両者は腕を突き出した。




―――――――




 ……今、目の前で起こった事がよく理解出来ていない。シェルドの左腕は、義母の胸を貫通し、さらに炎で追撃を食らわしている。義母の右腕は…………シェルドの腹を貫いていた。


「……まさか、この私がこんな子供に殺られるなんて……」


 義母はそう言って後ろへドシャリと倒れた。シェルドも支えるものが無くなったので地面に倒れ込んだ。私は、それを見てやっと我に返り、彼の元へ駆け寄った。


「シェルド!! しっかりして!」


「…………ははは、なんてこったよ……まさか、相打ちになるなんてな」


「そんな事どうでもいいわよ! ぐすっ……早く、……早く手当てしないと!!」


「泣くなよ。可愛い顔が台無しになってるぞ…………それに、もうぼくも長くはない。手当てしたところで、助かりやしねーよ」


「バカ!!! そんなの……っ……やってみないと…………分からないじゃない……」


 そう言いながらも私は、何もしてやれなかった。心が勝手に、シェルドの言葉を信じてしまったらしい。ホントに、自分が情けなくなった。


「…………何なんだろうな、この気分は……。今から死ぬってのに、全然怖くねぇ。むしろいい気分だ。………………ルミナ」


「……え?」


 彼が、私の名前を呼んでくれた。


「今日は楽しかったよ。最期にいい思い出をありがとな。…………じゃあな」


 シェルドはそう言うと、目を閉じてそのまま動かなくなった。

 その夜、私はその場でずっと泣き続けた。

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