37話 ~回想~ ルミナの過去 壱

         ~五年前~



 小鳥のさえずりが聞こえる自然豊かな森の中、私達は授業をほったらかして暇をつぶしにきた。


 私は元々こういう事をするのは成績に響くのでやらない事にしていたが、今日は何故か授業を受ける気力が全くなく、一人で抜け出すのも寂しいのでよく授業をサボって外で昼寝ばかりしている親友のシェルドを誘った。


 シェルドはいつもサボる時は学校の屋上で寝ている。そこにいつも勉強熱心と思われている私が来たのだから、シェルドは「お前、勉強し過ぎてついに頭がおかしくなったのか?」と、びっくりした様子で言った。しかしシェルドはちょっと口は悪いけど寛大な心を持っていて、すぐに承諾してくれた。そして、今に至る。


「おいおい、どこまで行く気だよ? さすがのぼくも疲れたぜ」


 微妙に傾斜する森の道を休みなく登っていたので少々疲れを感じてきた頃に初めに音をあげたのはシェルドだった。


「もうちょっと先まで! ちゃんと着いてきてよね!」


「あ~。はいはい。わかりました~」


 連なる苔の生えたゴツゴツした岩の上を滑らないように用心深く進んでいく。隣は川なので、滑っても怪我はしないのだが、流れが少し急だから流されて溺れてしまう。

 しかし私はこんな危険を犯しながらもどうしてもシェルドに見せたい景色があった。それは、この岩の道を乗り越えた後すぐそこにある角を曲がるとある滝の事だ。一年前、休みの日にここへ来てたまたま見つけた場所。私はその景色に見入ってずっと滝の前で突っ立っていた程幻想的だった。


 いつかシェルドにも紹介してやろう、その想いが、やっと叶った。ここ最近私は勉強ばかりでシェルドとは家で話をするくらいで、外で遊ぶ事は滅多になかった。しかし今日、私の授業をサボるという決断により、シェルドをここへ連れてくるという私の中で勝手に作った指名を果たす事ができた。


「くっそぉ~……おい、ルミナ! ぼくもう足パンパンだぜ! これ以上歩き続けたら血管爆発しそう」


「あーもう、分かったわよ! じゃあ少し休みましょう」


 もう少しで目的の場所に着けるのに……そう思いながらしぶしぶ休むことにした。


 私はどこか座るところがないかと、辺りを見渡した。生い茂る木々、まるで土を全て覆い隠すように落ちている落ち葉。そんな風景が広がるたった一箇所に、苔も生えていないキレイな岩がぽつんとあった。しかもギリギリ二人で座れる程の大きさで高さもちょうど良かった。……だけど、どうしてこの岩だけこんなにキレイなんだろう? ……まあ、座れればいいか!


「シェルド! ここ座れるよ!!」


「おう、なら先に座っててくれ。ぼくはちょっと顔洗ってくる」


 言われるがまま私は岩に座ると、シェルドは川の方へ歩き、しゃがみこんで両手で水をすくった。そして、それを顔にかけるともう一度同じ動作を繰り返した。左腕全体に巻かれている真っ白な包帯がぐしょぐしょに濡れていた。


 どうして包帯を巻いているのか一度だけ聞いたことはあるが、「ただの趣味だよ」と変な回答をしてきて結局真実はわからずじまいだった。彼は締めに顔を手で拭うと彼は立ち上がって大きく伸びをした。


「ふぅ……サッパリしたぜ」


 シェルドはそう言うとこちらへ向かってきて、私と背中合わせで岩の上に腰掛けた。


「ちょ、ちょっと! あんまりくっつかないでよ!」


「え? なんでだよ」


「え、それはその……は、恥ずかしいじゃない!」


「ハッハッハ!!! 何言ってんだよ。ぼく達はもう兄弟みたいなもんじゃねぇか。そんな恥ずかしがることなんてないだろ」


 シェルドは盛大に笑うとふざけてさらに距離を縮めてきた。すると、驚いた事に心臓がドキドキと高鳴った。どうして? ただの幼なじみなのに、どうしてこうも緊張しているの……。今まではこんな事一度もなかったのに……。


「…………あのさ、ルミナ」


「は、はい!!?」


 いきなり声をかけられたので声が裏返ってしまった。


「ぼく、今の学校卒業したら、護衛兵になろうと思ってるんだ」


「え? シェルドが?」


「……変かな?」


「いやいや! むしろいいと思うよ! でも正直びっくりした。シェルドが護衛兵なんて」


「こんなバカばっかりやってるのも、子供のうちだけだし、大人になったら真面目に働くよ」


 あのシェルドが護衛兵。とても予想外で次の言葉が出てこない。シェルドからこんな真面目な話を聞くのはいつぶりだろう。いや、もしかしたら今が初めて……?


「話はそれだけ。じゃあ、先に行こうか」


「あ、うん!」


 私達は立ち上がると、再び上へ向かって歩いた。実際、迷いそうなくらい広い森の中だが、隣を流れるこの川がある限り遭難する事は絶対にない。私はさらに歩みを進めると、目の前に苔や雑草で覆われた巨大な石の壁が現れた。所々ヒビがはいっていて、今にも崩れ落ちてしまいそうな勢いだ。


「あれ、行き止まりじゃねーか」


「違うよ、横を見てみてよ」


 私はそう伝えると、シェルドは言われた通りに右の方に視線を移した。すると、案の定びっくりしたような顔をした。


「……すっげぇな。お前、よくこんなの見つけられたな」


 そう、この先にあるのが私がシェルドに見せたかった景色。私も視線を90度横にずらす。そこにあったのは、一年前とほぼなんら変わりない美しい巨大な滝があった。太陽の光のベールが崖の上から落ちていく水をうまい具合に包み込んでより神秘的に見える。


「本当は前々から紹介したかったんだけど、時間がなくって……」


「いいんだよ。結果的にお前はぼくにこの景色を見せる事ができた。それで全部いいじゃないか」


 シェルドは笑顔でそう言った。キレイな黒髪にくりんとした瞳。もう何度も見慣れているはずなのに、どうしてか何か胸の奥に刺さるものを感じる。




 …………もしかして私は、この幼なじみに恋をしているのだろうか。




「よし! なんだか元気が出てきた! 戻ってから勉強するか! 目指せ護衛兵!!!!!」


「ふふ……そうね。シェルドならきっとなれるよ」


 私達二人は、そんな最高の気分のまま森を抜けた。

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