20話 ルミナの意外な一面
「私、泳げないんです……」
「……へ?」
数秒間、辺りに静寂が続いた。すると、ルミナさんがいきなり赤面し始めた。
「い、いやっ……これは、その……」
「えと、ぼくには泳げない、そう聞こえたんですが……」
「…………そう言ったんです」ルミナさんは更に赤面して終いには俯いてしまった。
意外だ。あの運動神経バツグンのルミナさんにそんな欠点があったなんて。
「私、悔しいんです! 潜水任務の時にいつもガルートさんにバカにされて。だから、泳げるようになって見返してやりたいんです!」顔を上げて訴えかけるような目つきで言う。
なるほど。つまりはぼくに泳ぎを教えて欲しいという事か。確かにぼくは泳げることは泳げるのだが、人に教えられる程上手い訳ではない。
それにしてもガルートさん、大人げない。なかなか良い人だなと思ってきた頃にガルートさんの裏の顔(?)をつきつけられると興が削がれた。
「何となく話は分かりましたが、どうしてぼくなんですか? ぼくよりも、ルヴィーさんとか水泳が得意そうな人に頼んだ方が効率良く上達出来ると思うのですが」
「長い付き合いをしている人に教えてもらうのって、なんかちょっと恥ずかしいじゃないですか。しかも、まだルヴィーさんは私が泳げない事は知らないですし……まあ、もちろん理由はそれだけではありませんけど……とにかく、ヒロくんは教えてくれるのも上手そうですし、どうか、私に水泳の稽古をつけてくれませんか?」
「稽古と言うほどのものではないですがもちろんいいですよ」
「ホントですか!? ありがとうございます!」
ルミナさんはこの上ないくらい嬉しそうな顔でそう言うとソファーから立ち上がった。そして隣の壁にかけてあった水色のナップザックを手に取った。
「では、プールに行きましょう!!」
「……え? 今から? ぼく、水着とか持ってませんよ……?」
「大丈夫です! 運良く私の兄の使ってない水着があるので!」
「それなら大丈夫ですね。ルミナさんはお兄さんもいらっしゃるんですね」
「ええ。私より三つ上です。水着を取ってくるので先に外で待ってて下さい」
ぼくは、「はい」と頷くとソファーから立ち上がって家を出た。
家のドアの横で待っていたが、十分程経ってもルミナさんの出てくる気配が全く無い。遅いなと思いながら様子を見るためドアに手をかけると、先に中からルミナさんが出てきた。
「ごめんなさい! ちょっと水着どこにあるのかわからなかったので。でもちゃんと見つけましたよ」
ルミナさんはぼくに赤いナップザックを差し出した。ぼくはそれを受け取り、右肩にかけた。
「バスタオルなども入れてあるので泳いだ後はそれを使って下さい」
「本当に、わざわざありがとうございます」
「いえいえ。では行きますか」
ルミナさんはラミレイ城とは反対方向へ歩き始めた。ぼくもルミナさんに追行するように歩みを進めた。
大勢の人が群がる住宅街を進んでいく。この辺りはとても人口密度が高い。気をつけて歩いていないとぶつかってしまいそうだ。
しかし、異世界の人はすごい。昨日この辺りでアレガミが出現したばかりというのに、普通の生活を続けている。ぼくなら怖くて五ヶ月くらいは部屋に閉じこもってるだろう。
それにしても暑い。目の上に手をかざして空を見上げる。雲一つなく、果てしない青空が広がっている。その一部に光り輝く太陽が見える。眩しくなってきたので視線をルミナさんの背中に戻した。
もうしばらく歩くと額から汗が出て来始めた。その汗を手で拭い、パーカーの袖を
「えっとルミナさん。まだ着かないんですか?」
「もう少しです。あそこに見える角を左に曲がればすぐ目の前にあるので」
そのルミナさんの言った角を曲がると、大きな建物が見えた。早く冷たい水に浸かりたいという気持ちで足を進めると、後ろから声が聞こえた。
「おっ? ルミナとヒロじゃーん。珍しいな。なんでここにいるんだよ?」ルヴィーさんだ。
「げ」ルミナさんが一言。
そうか。さっきルミナさんはルヴィーさんにはまだ泳げない事はバレていないと言っていた。ここでバレてしまうとどれだけバカにされる事か。
「どうも、ルヴィーさん。今日は暑いので泳ぎに来たんですよ」ルミナさんをフォローする。
「そ、そうです。最近は働きすぎていて疲れてるから私が誘ったんですよ」
「へぇー。そうか。ちょうど良かった! アタシも暑いから泳ぎに来たんだ!」
うっそだろう……? これではルミナさんがぼくに水泳を教えてあげているのを見られてしまうではないか。ここはどう切り抜けようか……。
「そうなんですか! 奇遇ですね! 一緒に泳ぎましょう!」
「ちょっと、ヒロくん!?」
「よし、じゃあ決まりだな! 早く中入ろーぜ!」
そう言ってルヴィーさんはプール場に突っ走っていった。
「ヒロくん、なんでOKしちゃったんですか? ルヴィーさんも一緒に泳ぐなんて、こっちから泳げないのをばらしてるようなもんじゃないですか!」
「大丈夫ですよ。これも計画の内なんです。コソコソやってるより、堂々としてる方が、案外バレにくいものなんですよ」
「そうですか……」
ぼくは少し落ち込んでいるルミナさんの手を引いて、プール場へ駆けた。
「考えてても時間が過ぎるだけですよ! 実践してみるのが一番です!」
「あ、ちょっと……」
ルミナさんは少し戸惑いを見せたが、ぼくがもう片方の手でグッジョブすると、軽く微笑んでぼくについてきてくれた。
プールの入口も人で溢れかえっていた。
「まいったなぁ……。これじゃ少し人が減るのを待つしかないですね」
「あ、あの、ヒロくん」ルミナさんの顔が赤く染まっている。
「ん? どうしました?」
「手、離してくれませんか?」
「あっ、すみませんでした!」
ぼくは急に恥ずかしくなってルミナさんから手を離した。女の子の手を握るなんて容易に出来る事じゃないのに、何をやっているんだぼくは。とんだ無礼だ。
「大丈夫です。気にしてませんよ」
そう言うとルミナさんはそっぽを向いた。
しまった。これはまた嫌われてしまったかな……。
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