SS 1話 バレンタインデー


「…………」


 部屋の壁に掛けられたカレンダーをただ黙って見つめる。とうとうまたこの日が来てしまった。そう。今日は年に一度の女子が好きな男子にチョコレートの贈り物をするという毎年恒例のアレだ。


 ぼくはこのバレンタインが嫌いだ。学校には、学年に必ずと言っていい程一人だけずば抜けてイケメンなやつがいる。ぼくの通っていた中学校にはそんな忌々しいやつがクラスに三人程いた。何が悲しくて一人のイケメンに群がるハート型のチョコレートを持った女子達を眺めないといけないのだ。

 ちなみにぼくは毎年一個。それが誰なのかは、これも言うまでもない。


「ヒロくん!」


「ん? あ、ルミナさん。こんにちは」


「こんにちは。突然だけどヒロくん、今日は何の日か知ってます?」


 …………こ、この展開は……まさか、ぼくにわざとバレンタインだと言わせて、「ヒロくんの為に作ったの!」みたいな感じでチョコレートを渡してくれるという究極の展開か!?


「あ、ああ。今日ね……今日は…………」


 なんだかやけに緊張して「バレンタインです」と言えない。いや、こういう時に冷静さを保てないでどうする。……そう。たかがチョコレートをもらうだけなんだ。チョコを…………


「今日は、バレ…………」


 そう言いかけた瞬間、


「今日はルミナの誕生日だったな! 後でプレゼントをくれてやる!」


 と、ガルートさんが横から割り込んできた。っていうか、どうしてここにいるんだ。しかも今、ルミナさんの誕生日って…………


「もう! ガルートさん! なんで答え言っちゃうんですか! 折角ヒロくんに答えてもらおうと思ったのに……」


 いや、一度もルミナさんの誕生日なんて聞いた事ないのに、分かるわけが無い。それよりも今ぼくは恥ずかしさで赤面するのを必死で堪えている。バレンタインだからって、調子に乗りすぎてしまったのかもしれない。さっきの考えは今思うと相当情けなく感じる。


「よぉー! ハピバルミナ! 今月金ヤバイからお前の好きなケーキで我慢してくれ」


 今度はルヴィーさんが部屋へ飛び込んできた。


「わあー! これでも充分ありがたいです!」


「いいって事よ」


 目の前の光景が信じられない。猿犬の仲だと思われるあの二人に、こんな絆が誕生していたとは。


「お誕生日おめでとうございます。僕からはルミナさんが僕の部屋に来た時に欲しいと言っていた本をプレゼントします」


 今度はサイレンさん。いつもは自己中心的で他の人の事なんか気にも留めなさそうなのに誕生日ならその性格はゆるくなるのか。……これが本当のゆるキャラ…………。自分のギャグのセンスの無さに失望した。


「え、いいんですか!? ありがとうございます!」


「もうその本は読み飽きてね。そろそろ捨てようかと思っていた時に今日がルミナさんの誕生日だと思いだしたんだよ」


「今日はラミレイ様がお祝いとしてこの後宴をするらしいぞ!」


「ええ!? ラミレイ様まで祝ってくれてるんですか? なんだか申し訳ない気がします……」


「そうとなれば、先に大広間で待っておこう!」


 ルヴィーさんのその一言で皆が部屋から退散していく。なんだかぼくだけかやの外になっている気がする。


「えと、ぼくは……?」


 そう尋ねる間にも皆はどんどん遠ざかっていく。


 ……いやだ。一人にしないでくれ。……もう一人は嫌なんだよ!! あああああああああああああああああああああ!!!!!



――――――――



「はっ!?」


 目が覚めるといつもの城の寝室だった。さっきのは、夢だったのか。いや、夢でよかった。


「あ、おはようございます。ヒロくん」


「ルミナさん。おはようございます……って、どうしてこんな朝からここに?」


「すみません……朝っぱらからなんですが、今日は何の日か知ってます?」


「え」


 なんだか……デジャヴが。


「えっと今日は、……ルミナさんの誕生日?」


「え、どうして知ってるんですか!? でも、私が言ってるのはそうではなくてですね、その…………直接渡した方が早いか……」


 最後に一言ボソッと何か呟いたと思うと、ルミナさんはぼくにハート型の箱を差し出した。


「……これは?」


「もう! ヒロくんは本当鈍感ですね! 今日はバレンタインデーです! それで察して下さい!!」


 ルミナさんの顔は何故か真っ赤になっている。そして、ぼくも何故か顔が熱くなっている。


 ぼくは一度深呼吸して両手をジーパンに何度も擦り付け、ゆっくりと手を伸ばし、その箱を受け取った。


「あ、ありがとうございます……」


「その……チョコレートなんて初めて作ったので味はどうか分かりませんが、どうぞ、食べてみて下さい」


 ぼくは軽く頷くと、箱を優しく結んでいるリボンをほどいた。そして、フタを開けるとその中には大きなキレイなハートのチョコレートが入っていた。ぼくはそれを取り出し、やや控えめに一口噛じった。


 その瞬間、口の中にほろ苦いチョコレートの味が広がり、後味に甘いミルクの味がした。とても手作りとは思えない程の美味しさだ。


「…………ルミナさん。これ、店出せますよ」


「ちょ……冗談は止めて下さい!」


「本当ですって」


 チョコレートだけでなく、ぼくの心の中でも甘いバレンタインデーになったと感じていた。

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