17話 想定外

「え、ちょっと、これまずいんじゃないの?」


「誰か止めろよ……」


 周りからそんな声がもれる。ぼくだって彼女を助けたい気持ちは山々だが、そんな勇気は無い。アレガミの時は一対一でなんとか恐怖感に打ち勝つ事が出来たが、今回は状況が違う。

 こんな何百人もの人の見ている中一人で止めに入るというのは流石にぼくのメンタルの限界を超してしまう。


 そんな悠長な事を考えている場合じゃないのにどうしてすぐに行動出来ないんだぼくは。改めて自分を情けなく思う。


「おい! お前達何をしているか!」


 この道の反対側の道から制服を着た若い男性が一人走ってきた。服のデザインからして、警察だろうか。


「ああ? サツは黙ってろよ。コイツが悪いんだぜ。関係ないお前が口出しすんな」やはり警察で合ってるみたいだ。


「お前達がやっている事は警察側としては放っておけないんだ! お前達の都合なんか知らん! 大人しくその子を離しなさい!」


「やだね。言っておくが、無理矢理止めさせようとするなら、このナイフでコイツの目をくからな」


 そう言うと不良はキラリと光る切れ味の良さそうな銀色のナイフを取り出した。それを少女に突きつけた不良の顔からは少し焦っているような感じが見て取れた。あんな強気な事を言っておきながら、流石に言いすぎたとでも思っているのだろう。

 一方ナイフを突きつけられた少女は歯を食いしばって涙を流している。相当恐怖が蓄積しているのだろう。


 ぼくは彼女に同情できる。ぼくが中学の時は学校に行くたびにいじめのターゲットになってた。途中までは頑張って耐えていたが、とうとう我慢出来ずに泣いてしまった事もある。

 ぼくがいじめられているのを見ている他の人は「かわいそう……」と言うだけで誰も助けてくれなかった。助けてくれないの? という他人への憎しみといじめられている恐怖感に押し潰されて精神的に滅入っていた。

 彼女もおそらくそれと全く同じ状態だと思う。同じ体験をした身だから言えることだが、これ以上ぼくと同じ目には合わせたくない。だから、ここでぼくが出なければ……ぼくが…………。


「お? お前、結構良いネックレスしてんじゃねぇか!」


 不良は少女が首からさげていた綺麗な金色のロザリオのようなネックレスを奪い取った。


「!!」


 少女の表情が急に変わった。ついさっきまで弱々しそうな面影がほとんど感じられない程殺意に満ちていた。まるで食に飢えた虎のようだ。


「……返して! それに触らないで!」取り返そうと必死に手を伸ばす。しかし届かない。


「ああ? お前誰のお陰で収入得られてると思ってるんだ? 俺達がいなけりゃ、お前は今頃餓死してるんだぜ。恩人にそんな事言うのかよ」


 少女は俯いた。観念してしまったのだろうか。


「…………う…………る」少女がボソッと言った。


「はあ? 何だって? 聞こえねーよ!」


 確かに、何を言ったのか声が小さすぎて聞き取れなかった。


「もう、全部終わらせる」


「……は? ははは! 何言ってんだ、コイツ」


 三人の不良が声を出して笑う。終わらせるというのは、どういう意味なんだろう?


 すると、少女がいきなり胸ぐらを掴んでいた不良の首を左手で掴んだ。


「かっは……てめぇ、何すんだ?」


「お前! 離しやがれ!」


「近づかないで。さもないと、この人の首へし折るよ」


 そう言った瞬間、またもや不良達は笑い始めた。そりゃそうだ。パッと見140cmにも満たない小柄な女の子がどうやって大人の首を折るというのか。


「……近づかなくても折るけどね」少女の手の甲に少し骨が浮き出た事から、手に力を入れ始めたと分かる。


「ぐっ……ぶはっ…………」


「おい! どうしたんだよ?」


 唾を口から垂らしながら、不良が苦しみ始めた。一体、何が起こってるんだ?


「は……離せ…………」


「いやだ」


 少し経つと、不良の首からペキペキという指の骨を鳴らした時のような音が鳴り始めた。不良は少女の腕を掴んで引き離そうとしているが、ビクともしない。


「……じゃあね」


 その言葉を発すると、辺りにゴリッという鈍い音が鳴り響いた。少女が不良から手を離すとそのまま地面に倒れた。不良は思いっきり白目をむいていて、口からどくどくと血を流していた。


「い……いやああああ!!」


 ケンカを見ていた住民達が一斉にこの場から離れていく。ぼくはただ立ちすくんでいた。さっきまでの同情は一体……?


「うあああ!」


 一人の不良が逃げようとしたが少女に足をとられ、転んでしまった。そして少女はその不良の後頭部を掴み、ゴツゴツの石畳に顔面を打ち付けた。


「これで、あとはあなただけ。どういう殺され方がいい?」


「ま、待ってくれ! ここに6Gある! これで許してくれ!」


「…………あなた馬鹿?」少女の顔がさらに険しくなった。


「へ?」


「私、さっき言ったよね。全部終わらせるって」


 やっと理解できた。さっき言った終わらせるとはこの事か。


「……じゃあ、最後に一回だけチャンスをあげる。私の言う通りにしてくれれば許してあげる」


「はい! なんなりと!」


「私のネックレス、あと三秒以内に返して」


「え」


 これはどう考えても無理な願いだ。ネックレスを持っているのは彼ではなく、一番最初に殺害された不良だからだ。彼女は元から許す気なんて全く無いのだろう。


「3」


 カウントダウンが始まった。それとほぼ同時に不良が白目をむいている仲間への所へと駆けた。それだけでも一秒は消費してしまうだろう。


「2」


 不良は死んだ仲間の元へと辿り着いた。


「1」


「くっそおおーー! どこにしまいやがった! あ、あった!」


 不良がネックレスを見つけた時にはもう遅かった。少女が不良の顔面に回し蹴りを食らわせた。鼻とその周囲が潰れてしまい、もう彼の顔は原型を留めていなかった。


「残念ね。せっかくのチャンスを無駄にして」


 少女はそう言うと不良の手からネックレスを取り、首につけると、ぼくの方を向いた。心臓が止まりそうになる。


「すみませんね。お見苦しい事をしてしまって」


「へ? いえいえ! そんな……」


「周りに人がいないのでちょうど良かった! ラミレイさんの城はどこにありますか?」


「あ、えっと、今からぼくも行くので一緒に行きます?」


「お願いします!」


 ものすごく緊張した。殺されるかと思った。どうやらあの不良達以外は標的ではないようだ。心の底からホッとする。


「私はラザルーっていうの! あなたは?」


「ぼくは、ヒロです」


「ヒロさん! いい名前だね! 覚えておくよ!」ラザルーさんはニコッと笑った。


 くそ……可愛い。薄々思ってはいたけど、異世界の女の人は子供から大人まで美女が多すぎる! この世界で今まで会ってきた女性はみんなだ。どういう遺伝子なんだろうか。全員ほぼ未来希の可愛さに値する。


「どうしたの? 行こうよ!」


「あ、ああ。分かったよ」


 ぼく達はラミレイさんの城へと向かった。しかし、一つだけ気になる事がある。あの放置された死体どうするんだろう?

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