6話 任務準備

 広い城の中を、一人でポツンと歩いている。しかも、すごく静かだ。聞こえるのは、外の木にとまっている小鳥のさえずりだけ。本当にこの国は魔王に脅かされているのかと思うほど平和感がただよっている。

 この感じは、昼休み中に学校の屋上のドアを無理矢理開けて陽にあたって昼寝をしている時に似ている。


 「本当に広い城だな。こんな城にいて、よく迷子にならないよな」でも、ぼくはとっくに迷子状態。今通ってきた道でさえ、分からなくなってる。


 全部同じ景色に見える。まるで無限回廊にぶち込まれたみたいだ。


 「あら、ヒロさん。おはようございます」


 「ん?あっ……どうも」


 ラミレイさんだ。どうしてこんな所に?


 「えと、こんな所で何してるんですか?」


 「散歩をしていたのよ。いつもは街を歩いてるんですけどね。たまには城を散歩するのも良いかなと思いまして」


 「あ、そういう事ですか」


 ラミレイさん、寝起きだ。少しだけ髪がボサついている。直し損ねたのかな?


 「起きてすぐ散歩してるんですか?」


 「そうですね。まずは身だしなみを整えて洗顔、歯磨きしてからですよ」


 「そ、そうなんですか」


 まずい。会話が続かない。なにか話さないと……世間話とか?


 「あの、気になっていたんですけど、この国以外にはどんな国があるんですか?」


 「この国以外にはありませんよ」


 「え?」


 「この世界は約一光年ほどの広さです。その約600kmがこのブルーレインなんです。それ以外はあの魔王Zの支配地。危険な魔物が放されています。ヒロさんが召喚された場所もそうです」


 一光年!そんなに広いのか!という事は……確か一光年は9.461×10の十二乗だから、……約九兆四千六百億km!?馬鹿げてる。しかもこの国はその極一部と?


 「この国も魔物が出現することも多々あります」


 「なるほど。国の中でも油断は禁物という事ですか。詳しいお話、ありがとうございました」


 「では、私はこれで」


 ラミレイさんは軽く一礼して、その場を去った。


 ふう、やっぱりラミレイさんと話するのは緊張するな。この国の頂点だもんな。そんな人に昨日あんなに酷く抗議した自分が分からない。


 そういえば、今何時だ?もう三十分過ぎたかな?……て、訓練所って何処?

 肝心な事を聞くのを忘れていた。場所分からなかったらどうしようもないじゃん。ルミナさん探そう。


 城内を走り回る。床はカーペットなので、足音は掻き消される。周りに迷惑はかからないはず。

 必死でルミナさんを探す。隣に並ぶ扉を見ると、表札のようなものがかけられている。すべて人の名前だ。これを頼りに、虱潰しらみつぶしに探すしかない。


 「ルミナさーん!」


 大声を出しながら走る。結構これ疲れる……すぐに息が切れた。

 両手を膝につけて荒く呼吸する。……あででで……横腹痛い……。少し休も。


――――――――


 少し落ち着いてきた。さて、捜索開始!……と思って顔を上げると、すぐ横のドアに『ルミナ・ガラテル』と書いてあるのがわかった。おお!ここか!


 カチャっとドアを開ける。鍵がかかっていないという事は、この部屋にいるのかな?

 内装は高級ホテルの部屋みたいだった。中はキレイに片付けられていて、ほのかに甘い良い香りがする。


 「ルミナさーん」小声で呼ぶ。しかし返事がない。


 あれ?と思って部屋中を見渡すが、見当たらない。ここにはいないという事か?

 もしそれなら、ぼくはただの女の部屋を堪能している変態ではないか!誰かに見つかる前に部屋を出なければ!

 今入ってきたドアへ向かおうとした時、部屋の隅に、もう一つドアがあるのを見つけた。


 ぼくは恐る恐るそのドアに近寄った。暑くもないのに、汗が頬を伝う。何やら、嫌な予感がする。

 ドアノブに手をかける。それを右に回す。


 ゆっくりとドアを開ける。扉と壁に少しの隙間が出来た瞬間、、、


 凄い勢いで内側からドアを開けられ、何かが飛びだしてきた。早すぎて、それが何なのか分からなかった。

 そしてそれはぼくの胸ぐらを鷲掴みにし、思いっきり地面に叩きつけた。


 「かはっ……」


 一瞬だけ息が止まった。背中に激痛が走っている。その痛みに耐える隙もなく、顔のギリギリの所に短剣のようなものを突きつけられた。ぼくは怖くなって目を強く閉じた。


 「ご、ごめんなさい!ぼくが悪かったです!もう勝手に人の部屋に入るなんて事はしないので許して下さい!お願いします!!命だけは!」


 目を閉じたまま涙を流した。こんな恐怖は今までに感じた事がない。決死の覚悟で謝った。


 「……あれ?ヒロくん?ここで何してるんですか?」聞き覚えのある声がした。


 少しずつ目を開ける。そこには短剣を構えているルミナさんがいた。


 「え?あ、あの、聞きたい事があって……」


 ルミナさんは構えていた短剣を避けた。って……おお!?ちょちょちょ待って。ルミナさん、しし、下着姿じゃん!

 水色の少し膨らみのあるラブジャーに、水色のぴちぴちのつんぱ……


 「見ないで下さい!」


 顔面に強烈な一撃を食らった。どうやら着替え中だったようだ。ぼくは後ろを振り向かずに素早く部屋から出た。


 ……なんてタイミングの悪い……ノックくらい、するべきだったな。無礼極まりない。

 顔面と背中がヒリヒリと痛む。女の人にまさかここまでぼろぼろにされるとは……いや、ぼくが悪いんだけどね。反省してます。


 少しドアの隣で待っていると、カチャっという音がして、中からルミナさんが出てきた。先程の服装とは違い、動きやすそうな戦闘服だ。腹部が露になっており、セクシーさを感じる。


 「まったく、乙女の部屋に勝手に入るなんて失礼ですよ」


 「はい、すみませんでした」


 「ちゃんと反省してるみたいですね。今回のところは許します。だけど、次からはノックとかして下さいよ……それで、何か用ですか?」


 「えっと、訓練所の場所を聞いてなくて……」


 「あ!忘れてました!ごめんなさい!」ぺこっと頭を下げる。


 「いやいや、謝る事じゃないですよ!ぼくだってさっきあんな事したんだから……」


 「あ、確かに」


 ぐはっ……ルミナさん、なかなかストレートな発言ですな。


 「まあ、お互い様ですね」そう言って腰に下げていた懐中時計を見た。


 「ちょうど時間ですし、行きましょうか」


 ルミナさんはぼくに背を向けて廊下を歩いた。ぼくもそれに着いて行った。



 五分程経って、城の入口の所まで来た。そして、そのままそこを通る。どうやら訓練所は外にあるみたいだ。


 「暑っつい……昨日の事思い出す……」


 「昨日は散々だったでしょう。国の外を朝から夜まで歩いて」


 「もうヘトヘトでしたよ……あの時ルミナさん達が来てなかったら今頃死んでましたよ」


 「死んでしまったら、地球に戻ってしまうじゃないですか」


 ……へ?今何て言った?ぼくには地球に戻れるって聞こえたけど……。


 「あの、今、地球に戻れるって言いました?」


 「そうですけど……」


 「じゃあ今すぐぼくを殺して下さい!」


 「え?いいんですか?」ルミナさんがスラッと腰から短剣を抜いた。


 「良いんですよ!」


 「戻っても死体のままですけど……」


 …………え?


 「待って!地球に戻れても死んでたら意味無いじゃないですか!」


 ルミナさんはクスっと笑った。


 「そうですよ。少しからかってみたかったんです。本当に殺す訳ないじゃないですか」


 さっき部屋で殺されかけたけどな。


 「はい、着きましたよ。ここが訓練所です」


 あれ、建物じゃないのか。ただ、広い野原が少し高めの柵が立てられているだけだ。その中にはもうすでに訓練を始めている人がたくさんいた。


 「ここから入ります」


 ルミナさんが柵の一部を押した。すると、柵が開いた。ここだけ開くようになってるのか。


 ぼくはルミナさんに先に入るよう言われたので、言われた通り先に中に入る事にした。

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