第55話 恥さらしが稽古をする夜

 1週間後の道場は満員であった。

原氏の周りに剣士が集まり談笑している。

彼女は、翌日の審査に合格し

めでたく初段を取得した。


 広志が道場に入って行くと

その輪が一瞬静まった。


 黙々と稽古に励む広志。

誰も声を掛けてくれずとも

恥さらしと陰口をたたかれようとも

年寄りの冷や水と揶揄されても

俺は俺であり、他の誰でもない。


何も悪いことはしていないし

ただ、準備不足で失敗しただけだ。


何を臆するか。

萎縮してたまるか!


 鉄舟先生が、やはり黙々と面打ちをさせて下さる。

疲れると先生が、胸を張り、両手を大きく広げて

無言で呼吸法をせえと言ってくださる。


 誰も声を掛けてくれなかったが

無言の励ましを感じた先生は居た。

何人も居た。


 道場を出る時に森先生が一言

「よう出て来たなあ・・・」

「ご迷惑をおかけしました・・・」

かろうじて、それだけは言えた。


先生は、審査当日、全部見ておられたそうで

広志の心中はよくわかってくれていた。


 恥さらしが、恥を包んで、今夜は稽古をした。


他人の思惑など関係ないのだ。

生きて行く途中には

恥もかくし、失敗もする。

それが何だ!それがどうした!!

自分の剣道を磨くだけである。

広志独自の

「開き直り流剣法」である。

それが、なんじゃい!

それがどうした!

それでええのだ!!


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