マタンゴ王国千年祭

 ここはきのこたちの住むマタンゴ王国。

 王国はもうすぐ開国二○○○年という記念すべき年を迎えようとしていました。そして、それをお祝いする《千年祭》の準備のために国民たちはみんな大忙し。

 そんなある日のこと。マタンゴ王国の宮廷道化師ファニー・ファンガスは王様じきじきにお城に呼び出されました。


 「……というわけなのじゃ。どうじゃ、やってはくれまいか」

 ポルチーニ王の言葉を聞いて、ファニー・ファンガスはびっくり仰天しました。

 「そんな……この私めが沢山の聴衆の見ている前で、アコーディオンを弾きながらパレードの先頭を……」

 ファニー・ファンガスは既に頭がくらくらしていました。なにを隠そう、このファニー・ファンガスという男、極度のあがり症だったのです。

 しかし、他ならぬポルチーニ王の頼みとあっては、断ることもできません。

 「お、おまかせください」

 ファニー・ファンガスは震える声で言いました。


 それから、彼は毎日自分の家でひそかに予行練習を重ねました。けれど、練習をすればするほど、それに反比例して自信をなくしていくのでした。彼の脳裏に浮かぶのは、アコーディオンを弾き間違える自分、つまずいて派手に転ぶ自分、それをみて大笑いする聴衆の姿……そんなものばかりでした。


 そうこうしているうちに、千年祭の前日になってしまいました。彼は悩んだすえに、マンネンタケの霊芝れいし様のもとを訪ねました。霊芝様はこの国の長老であり、かれこれ一千年、二千年、ことによると一万年以上も生きているという噂がありました。霊芝様であれば、きっとなにか良い知恵を授けてくれるに違いないと考えたのです。


「なるほどのう……」

 話を聞き終えた霊芝様は少し考えて言いました。

「しかし、なにをそんなに気に病むことがあるのじゃ。聴衆はなにも、お前さんの敵ではなかろう。お前さんの晴れ姿を楽しみに見に来てくれた、いわば味方ではないか」

「はあ……」

「だいいち、お前さんは道化師。失敗して笑われたら、むしろ本望なのではないか?」

「それとこれとは違います!」

 ファニー・ファンガスはうつむいてしまいました。

 やれやれ……という顔をしながら、霊芝様は先ほどからしきりに何かをこしらえています。

「これくらいあれば十分じゃろう」

「あの、先ほどから作っているそれはなんなのですか」

「これは『てるてる坊主』というものじゃ。これを窓際に吊るしておけばその翌日はきっと晴れると言われておる。せっかくのパレードの日に雨を降らせるわけにはいかないからのう」

 そういいながら、霊芝様はその一つに顔を書き入れました。

「『てるてる坊主』はな、『ニンゲン』という生き物をかたどって作られたものなのじゃ。ほれ」

 受け取って見てみると、頭でっかちでひょろひょろとしていて、なんともマヌケな顔をしていました。

「こう考えてみてはどうじゃ。沢山のきのこたちが見ていると思うからあがってしまうのじゃ。このマヌケなニンゲンたちが見ていると思えば、緊張することもなかろうて」

 ファニー・ファンガスは思わずぷっと吹き出しました。

「ふふ。ありがとうございます。おかげで明日は胸を張って行進ができそうです」

 ファニー・ファンガスは嬉しそうに家に帰っていきました。


 次の日。

 いよいよパレード開始の時刻。大通りにはたくさんのきのこが集まっていました。それを見たファニー・ファンガスはまたあがってしまいそうになりました。しかし、霊芝様に言われたことを思い出し、心のなかで、

『みんなニンゲン、みんなニンゲン……』とつぶやきました。

 すると、先ほどまで緊張していたのがなんだか馬鹿らしく思えてきました。

「なに、少しくらい間違えたって構うものか」

 そして彼はアコーディオンを抱えると、堂々と一歩、踏み出しました。

(おしまい)

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