第14話 あの日の事

栞が麻耶子の部屋に来なくなって既に三ヶ月が過ぎようとしていた


連絡をしてみればいいのかもしれないけど

以前の恋のトラウマからか

動くことはできなかった


麻耶子は少しずつ諦めていた



休日前は久々にお酒を飲むことにした


「麻耶子さん お久しぶりですね」バーテンダー


研修医のときに先輩に連れてきてもらったbar

栞との関係が深くなってからは来ていない


あの頃は毎日が一生懸命で

余裕なんてなかった


そんな麻耶子に声をかけてくれたのは病理の藤井先生


大学の先輩で麻耶子よりも五つ上

就職が決まったとき


”良い相談相手に・・・・・・”


とゼミの教授に紹介してもらった

彼は優秀で麻耶子の尊敬する人

向上心はあるが嫉妬とは無縁でそういったことに少々鈍感

そんな彼に憧れていた


ここは彼の行きつけのbar

あの頃は週に一度くらい来ていた


麻耶子は藤井先生の好きだったバーボンロックを注文した


「麻耶子さん またお綺麗になられましたね

あの頃は可愛らしい印象でしたが

ぐっと大人の色気が出てますよ」バーテンダー


麻耶子はハニカム


「藤井さん お元気にされていますか?」バーテンダー


「最近は全く会ってないんですよね・・・・・・

同じ病院で働いていても

科が違うとなかなか・・・・・・」麻耶子


よく分からない言い訳

藤井先生のことを言い訳している自分が滑稽に感じる


だけど

言い訳してしまう

少し恥ずかしくも切ない最後だったから・・・・・・



藤井先生とは週に一度は夕食をともにした

話す内容は様々だった


物静かな性格の藤井先生は

麻耶子の話をいつでもニコニコした表情で聞いてくれて

適切なアドバイスをくれていた


食事が終わっても話したりないから

いつもこのbarで終電近くまで話し込んだ


麻耶子はいつもバカルディモヒートを飲む

甘さの中に広がるミントの香りが爽やかでお酒に弱い麻耶子でもけっこう飲めた

藤井先生はバーボンロックとチェイサー

バーボン4杯目くらいから少しだけ饒舌になった

優しい笑顔が更に優しく

そして可愛くなる瞬間

麻耶子はそんな一時が大好きだった


尊敬を超えて恋をしていた


そんな関係も一年半が過ぎた頃


「あっこれ」藤井先生


藤井先生は徐に麻耶子に封筒を渡す


「これは?」麻耶子


藤井先生は少しはにかんで


「結婚式の招待状

渋澤にも列席してほしくって

大学の後輩として」藤井先生


麻耶子の笑顔が凍りつく


「どうした?驚いた?」藤井先生


こくりと頷く麻耶子

放心状態

藤井先生は不思議そうな顔で麻耶子を見る

麻耶子は目をそらした


「・・・・・・どうしたのかな?」藤木先生


困った藤井先生はバーテンダーに助けを求める


「麻耶子さん正直な方ですね

可愛いなぁ」バーテンダー


バーテンダーはギクシャクした二人の空気を和らげようとニコニコとした表情で言った

麻耶子の瞳に波だが浮かんでゆくのが見えた


「えっ?」藤井先生


藤井先生はキョトンとする

麻耶子は立ち上がり


「今日は失礼します」麻耶子


そういって店を出て行った


「どういうこと?」藤井先生


「藤井さん本当に鈍感ですね

麻耶子さんの気持ちに気づいていないんですね」バーテンダー


そこではじめて藤井先生は何かに気がつき麻耶子を追いかけた


バーテンダーはニッコリ笑ってその背中を見送った








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