第22革 主人想いのエーアイ

『いいですか! マスターが、刀道愛紗が総一さんを嫌いになるなんてことは、断じてあり得ませんっ! そもそも! もし仮にそうだったとして、連日のように総一さんとマスターはシミュレーターに搭乗していたではありませんか!』


 俺に説教を始めるやいなや、紺色のスーツ姿にグラフィックチェンジしたAIちゃん。

 いつの間にか眼鏡までかけていて、眼鏡のつるを左手で上げながら俺を叱りつける。さながら女教師だ。


「それはそうだけど。別に俺を嫌いになったからって、レヴォルディオンやシミュレーターに乗れなくなるわけじゃないんだし……」


 俺がそう抗弁すると、AIちゃんは心底呆れた表情で俺の顔をまじまじと見つめた。


『総一さん、今更なにを言っているのです。初日にのぶねぇたちが説明したではありませんか』


 AIちゃんはそう言うと、俺の視界左手に映像を流し始めた。

 信子とカミール先生、それに八枷が映っている。

 革命棟講義室、俺たち1年の講義室だ。


『動力源たる女性、そしてそのバイパス役となる男性。これには当然ですが男女の相性が重要になってくるのです。

 僕達はこの男女のシンクロ率を《革命力》と呼称しています』

『愛は革命、革命は愛! あぁ……革命は革命力あい無しに成し遂げることはできないのです……! よよよ~』


 カミール先生と信子の発言が立て続けに流れる。

 どうやら入学初日、色々な説明を受けた時の録画映像みたいだ。


「うん、だからレヴォルディオンを動かす相性があるんだろ? 革命力って言うんだよなそれを」


 俺が平然とそう答えると、煮え切らない様子だったAIちゃんから、「ピキッ」という効果音が流れる。

 AIちゃんの目が完全にすわっている……。


『だああああああああああああああ、もう~~~~っ!』


 AIちゃんはそう叫びながら若緑色の髪をかきむしる。


『総一さんのおたんこなす! 難聴! コミュ障! ばかぁああ~っ!』


 AIちゃんによる怒涛の罵倒が俺の耳に響く。


 ここまでAIちゃんに罵声を浴びせられたのは初めてだ。いくら相手が人工知能とはいえ、最近はかなり親しくなったと思ってたのに。

 コミュ障って、それは言っちゃダメだろ……落ち込んでしまいそうだ。くすん。


『い・い・で・す・か!!』


 ひとしきり叫んで満足したのか、AIちゃんが仕切り直すようにそう言った。


『レヴォルディオンを動かすための相性、革命力とは、生まれつき決まっていて全く変化しないとか、単純に生物学的に決まっているとかそういうのとは違うのですっ!!

 好きとか嫌いとか、愛しているとか愛していないとか、そういう要素!

 そして人の変革を、進化を目指すお互いの意思!

 それらを総合的にマッチングしてはじき出される数字、それこそが革命力なのです!』


 AIちゃんは続けて言う。


『そして! 特に、お互いに対する好感度の度合いがっ!

 さながらプラスかマイナスかのように、革命力に大きな影響を及ぼすのです!

 ですからっ! マスターが総一さんを嫌いだなんて事は、絶っ対にありえませんっ!

 もしそうなら、レヴォルディオンは動きませんからっ!!』


 AIちゃんは更に続ける。


『それにですね! マスターのシステムKATANA。

 あれは特に革命力に大きく依存するアビリティなんです!

 本来、男性が行う操縦をマスターが行う事で、マスターの神がかり的な剣術センスを機体動作に反映させることができるようになるシステムKATANAですが、反動でかなり大きな動力を消費することになるんです。生半可な革命力ではすぐに動力を消費しきってしまい、ものの数十秒でシステムダウンですよ!? 総一さんは一体何分間! マスターがシステムを発動させていたと思っているのですか!!』


 AIちゃんはまだまだ収まりがつかない。


『はぁ、はぁ……。

 それはもう、べらぼうに高い革命力が必要になるのですっ!

 それらから算出するに、刀道愛紗と織田総一の革命力は、恋を超越して愛です!

 嫌いだなんてとんでもない!

 むしろマスターは、愛紗は総一さんの事が大好きですよっ!

 ライクス・ユーなんてものじゃありませんっ、シー・ラブズ・ユーです!!』


 AIちゃんが猛然と言い終えた時、オーカーから停留所到着の合図である効果音が流れた。


『――続きはまたの機会に……』


 AIちゃんはそう言ってヘナヘナと座り込む。


 よく理解できない状態のまま、俺はとにかくオーカーを降りようと思った。

 ガジェットの透過率を上げようと、座ったままの体を大きく動かす。

 だんだんと透明度が上がり、オーカー車内が見えてくる。


『ちょっと待ったっ!』


 しかし、AIちゃんの待ったが入る。

 AIちゃんが操作したのか、透過率が再び下がって俺は非現実空間に引き戻された。


『――わたし、熱くなってとんでもない事を口走ってしまいました……。

 総一さん、今の会話は忘れてくださいっ! いいですか!? ぜぇえええったいですよ! マスターが総一さんを好きとか、そういうのはないですっ!

 だいたい、のぶねぇが総一さんの権限をこんなに高く設定しているのが悪いのですっ!

 わたしはなんにも言ってない! 言ってないったら言ってないのですからねっ!!』


 AIちゃんによる土下座からの必死の懇願に、俺は「あ、はい」と頷く。


 そもそも何がなんだか分かっていない。


 は? 刀道先輩が俺を好き? 愛してる??


 AIちゃんをやり過ごすと、俺はガジェットを外して鞄に放り込む。そしてオーカーから降りた。暖房の効いた車内とは違い、冷たい冷気が肌を裂く。

 熱に浮かされた脳を覚ますには、とても心地よい寒さに感じる。


 フラフラと停留所から織田家の間を歩く。

 ――小高い丘を登り、俺は織田家へと帰ってきた。

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