第8革 模擬戦→前編
入学2日目。
席順は実習棟の講義室とほぼ同じになった。
昨日言われていた通りに信子とカミール先生に新旧ガジェットを回収されると、講師たちの自己紹介から息をつく間もなく講義が始まった。
俺は高1になったと思っていたが、いつの間にか大学部の受験対策をさせられていた。
何を言っているか分からないと思うが、俺にも文字通りさっぱり分からなかった。
まるで習ったこともない数式が並ぶ数学。
アメリカのニュース番組を聞き流して訳すところから始まる英語。
カミール先生による微積分を取り入れた物理。
物理的解釈から教えられる化学。
極めつけには当然のように始まった第二外国語。
「今日のところは既にみんなも少しは習ったドイツ語だけど、この後中国語、ロシア語、フランス語といくつか試しに授業を受けて、本格的な受講は2週間後から選択式になるのでしっかりと選んでおいてくださいね~」
そう言って去っていく女講師を尻目に、俺は校舎棟講義室のテーブルに突っ伏していた。
正直に言って、俺は天閃学園を舐めていた、舐めきっていた。
結果がこのザマである。
入学初日に意識の差を見せつけられたときから覚悟はしていた。
しかし、これほどとは……。
「今の総一さんを見ていると、まるで1年前のわたくし達をみているようですわ」
隣のテーブルで電子教材を片付け終えたエルフィが哀れむように言う。
中等部3年次に学園へ転入してきた二人も最初は相当苦労したらしい。
「まぁまぁ、この後は実習ですから。少しは総一も気が紛れるでしょう」
アインが爽やかな笑顔でそう言って励ましてくれた。
革命科実習棟、その各学年に割り当てられたフロアの更衣室。
支給されていたジャージへと着替え終えると、俺達は実習棟地下5Fへと集められる。
かなり広々とした地下訓練場のような場所には、入学当日の検査でお世話になった卵型デバイス、それに似た機械が十数機並べられていた。
革命科の生徒全員と手の空いている講師たち、検査でお世話になった白衣を着た研究員のようなスタッフ、全員が詰め込まれて少し手狭になってきた。
生徒が60人程度に講師が10名ほど、白衣の人が6名で全部で80人ってところかな。
暫くの間、八枷の姿が白衣に混じって見えた。
しかし八枷は直に退室して行った。
「これより革命科1~3年合同実習を始める!
これから革命力に応じて男女ペアを作ってもらう。
先輩たちは後輩たちへよく教えてやれよ。何か問題があれば俺やこいつ、各学年の担当講師へ伺いを立てるように!」
ジャージを着込んだ如何にも体育教師といった風体の若手講師が説明を終えると、俺達が並んでいた背後の巨大ディスプレイからAIちゃんの声が聞こえた。
『これが皆さんの編成表ですよっ! 自分の学籍番号を参照して第一ペアから順番に並んでくださいねぇー!』
AIちゃんの指示通りに、ディスプレイへと振り向いた生徒たちが動き出す。
えっと……俺の番号は……あった、あった、一番最後のペアだ。
学籍番号を見るに、俺の相手はどうやら2年生のようである。
うーん年上の女の子かぁ……。
「お待たせしました……よろしくお願いしますね……」
おどおどとした声で背後から突然呼びかけられて俺は向き直る。
栗色のショートヘアが目に入った。
「あの、わたしは《
刀道さんは俯きがちになりながらも、可憐に微笑んでお辞儀をした。
栗色のショートヘアと前髪に取り付けられたかわいい髪留めが揺れる。
「織田総一です。こちらこそよろしくお願いしますね」
彼女に習い俺も名乗ったが、先程からなにか腑に落ちない感じが俺の中を支配していた。
うん? なんだろうこれ。なんか得も言えぬ違和感がある。
「あの失礼ですけど、もしかして前に俺と会ったこととかありませんか?」
「ひえっ……いえ、わたしは初めてです」
俺に話しかけられてびくっとしたが、刀道さんはそう答えてくれた。
ふぅーむ。なんだろうな、この感じ。
「あのっ……たぶん模擬戦になると思うので、簡単に説明しますね」
違和感の原因が分からず、ぼーっと考え事をしていた俺に先輩がこれから起こるであろう模擬戦を想定して簡単な説明をしてくれた。
やはりあの卵型の機械はシミュレーターらしい。
それで模擬戦が去年も行われたそうだ。
いきなり模擬戦って、そんな事が可能なのだろうか?
「その操作方法とかは……」
俺が口を挟むと、先輩が答えた。
少し俺に慣れてきてくれたようである、いつまでもビクつかれていても困るので有り難いことだ。
「乗れば分かるらしいとしか、わたしにも言えないんです」
刀道先輩は「リーヴァーとパイロットでは全然感覚が違うらしいので……」と呟く。
「検査の時に同じような物に乗ったと思いますが、あれと違ってシミュレーターにはリーヴァー用の席も内部に用意されてるんです。リーヴァー、わたしが後方の席、メインパイロットの織田くんは前の席になります」
うーん、後ろから人の視線を浴びせられるのはあまり好みではないのだが、小動物地味た可憐さを醸し出す刀道先輩なら特に害意はあるまい。
栗色の髪と漆黒のクリクリっとした瞳で見つめられると、思わず頭を撫でてしまいそうになる。
ふと辺りを見回すと、満開の笑顔でのぶねぇがこちらを見ていた。
ひぃ! 仕事中は自重してかできるだけ俺に関わらないようにしてくれているようだが、あの笑顔は怖い。怖すぎるからやめて頂けないだろうか。
「その、織田くんってもしかして、のぶねぇの……織田先生の弟さんですか?」
俺がのぶねぇの笑顔から逃れて小動物のように丸まりたくなっていると、そう刀道先輩が尋ねてきた。
「えぇ、そうですが」
遺憾であるが、そうである。仕方ないがそうである。
「わぁ、本当に総一くんなんですね、すごい本当にいたんだぁ」
俯きがちだった刀道先輩がキラキラとした目で俺を食い入るように見てくる。
その目からは少し前までの警戒心がまるで感じられない。
眩しい、眩しいよ! やめて、俺はそんな大したものじゃないから!
入学2日目にして落ちこぼれを悟った出来損ないだから!
そんな目で見られたら消えちゃう!!
「……もしかして、刀道先輩はのぶねぇと仲がいいとか?」
「はい! わたし中等部の頃からのぶねぇ――織田先生と、それからハカセちゃんとはお付き合いさせて貰っています。
織田先生は本当に凄いです!
学園にいながら18歳には修士課程まで終えちゃって、今では学園で講師までされてるんですよ、尊敬ですっ!」
はっとしたように、「あっお付き合いっていうのは、そういう意味じゃなく……」と慌てているところがまた可愛らしい。
それに先輩の所作はその一つ一つが流れるように洗練されていて、なんだか見ていて清らかな気持ちになる。
にしても、のぶねぇは大学の修士課程まで終えているらしい。
昔から俺に構ってさえいなければ、どんな事でもパパっとこなす秀才だったがよもやそれほどまでになっているとは……。
そりゃ高卒じゃ特区の高等部で講師はできないよなぁ。
「総一くんのことも、たくさん織田先生から聞かされてます!」
再び綺羅々々とした瞳をこちらに向けてくる。
なにやら確実に嫌な予感がするので、断っておかなければならない。
「あはは……のぶねぇは大袈裟に言うので、何を言われたのか知らないけどあまり真に受けないでくださいね」
それと俺の前ではのぶねぇで構いませんよ。
そう俺が言うと刀道先輩は「分かりました」と答えたものの、これはあまり分かってない気がする。
だってまだ、きらっきらと眼を輝かせているんだもの。
「そうだ、総一くん。総一くんだから教えておくね」
刀道愛紗先輩はその輝く目で、「総一くんだから」と前置きして俺の目を見る。
「これはもっと先に習うことなんだけど……リーヴァーとメインパイロットの間には相性があることはたぶんもう知ってるよね」
俺が頷くと刀道先輩は続ける。
「その二人の間には相性だけじゃなくて、ある特殊な能力が発現することが多いの。わたしの場合にはそれは――」
刀道先輩の顔が俺の耳元へと近づいてきて、ごにょごにょといくつかの情報を囁いた。
なるほど、なるほど、なるほどね、だから……。
「というわけだから、絶対勝とうね総一くん」
刀道先輩がぐっと握りこぶしを胸の前で作ってみせる。
それと訓練場に声が轟いたのはほぼ同時だった。
「大体説明は終わったと思う。それじゃあこれから模擬戦に移る。
番号の若いペアから順にシミュレーターへ向かえ。
研究スタッフと先輩の指示に従うこと!
模擬戦のルールは簡単だ、最後まで生き残った奴が勝者のバトルロワイヤルってやつさ!」
体育教師風の男性講師の合図とルール説明で生徒たちが移動を開始、続々とシミュレーターへと乗り込んでいった。
どうやら上級生と下級生のペアがかなり多数を占めているらしい。
ここ2日で見知った顔の1年生が、見知らぬ上級生と組んでいるからすぐに分かった。
16ペア、32人がシミュレーターに乗り込んだ所で満員御礼である。
残りは次のグループへと回されることになった。
「後ろのディスプレイにシミュレーターの映像が表示される手はずになっています。残った生徒たちはそれを見て次に備えておいて下さい」
体育教師風の隣に控えていた講師――俺達の数学講師を担当していた20台後半に見える男性講師がそう言った。
それを聞いて、俺達はAIちゃんと編成表の映っていたディスプレイへと視線を移す。
シミュレーター映像が表示される。
16機のロボット、17.6mのレヴォルディオンがCGで表示されていく。
まるでゲームにしか見えない。
地形は旧市街地ステージとも言えそうな廃墟が少し混じる都会だった。
カウントダウンが終了してAIちゃんの、『ミッションスタートぉ!』という音声が響くと、各機が続々と動き出す。
するとレヴォルディオンの装甲が次々と赤や緑、青へと様々な個性的カラーリングに変わっていく。
俺達が講義室で透明ディスプレイ越しに見た灰色一色と同じとは思えない、カラーバリエーション豊かなレヴォルディオンが何機もいた。
だが中には歩くこともままならずに、装甲色こそ変わったものの、その場で膝をつく機体も2機いた。
そんな2機は早々に127mmライフル弾の餌食となっていく。
――しかし硬かった。
レヴォルディオンの装甲、ツイステッドメタルと言ったか、あれはかなりの高性能らしい。1撃で周囲の地形が爆散して小さくないクレーターを作る中、127mmライフル弾を雨あられと受け続けても中々レヴォルディオンの装甲は破壊されない。
膝をつく2機に対して合計五十数発はライフル弾が注がれただろう。
ようやくレヴォルディオンの装甲が吹き飛ぶと撃破判定がなされたようで、機体CGは小さな光の粒子となって消えていく。
『あぁ! さすがにもう保たないですっ!
AIちゃんの音声が会場に伝わる。
移動不能に陥っていた2機を屠ると、残りの14機は思い思いの位置へと散開していった。
そのあと暫く、どうしようもない撃ち合いがだらだらと続いた。
なにしろあの装甲である。127mmライフル弾の直撃が1発程度ではレヴォルディオンはびくともしない。
見ている俺もいらいらとしてきていた。
なんでさっさとブレードを試さないんだろこいつら……。
装甲であるツイステッドメタルと同じ、ツイステッドの名を冠するブレード、これを使えばライフルよりも効率良く有効打を与えられるのではないか。
たぶん俺以外も誰もがそう思っているはずなのに、そもそも上級生たちはそれを知っているはずなのに、戦線は膠着し、だらだらとしたライフル弾の垂れ流しである。
もしかしてブレードもそんなに大した有効打を与えられないのだろうか。
いやでも……。
俺が脳内で試行錯誤をする中、戦況が動いた。
目の前の敵との撃ち合いにばかり気を取られ、背後から接近する機体に気付いていないペアがいた。
背後から奇襲をしかけようとするレヴォルディオンの手には、ツイステッドブレード――2つの鋭利な金属が螺旋状に渦を巻く用にして尖端を形作る剣が握られている。
襲撃者は胸部ブロック、恐らくコクピットであろうそれを突き刺す構えで腰を落とし――貫いた。
……一撃だった。
たった一撃の突きによって、背後からのブレード刺突を受けた機体は背部装甲を完全に損壊、光の粒子となって消えていく。
やっぱり! と俺が小さく声を漏らすと、周囲で観戦する生徒たちからも、「おぉー」という歓声が聞こえる。
『背後からの奇襲でRev2が一撃でノックアウトー!
そうです! 皆さん、レヴォルディオン同士の戦いではツイステッドブレードが非常に強力に作用するんですよっ!』
AIちゃんの『覚えていて下さいねっ』という実況が会場に轟くと、シミュレーター内部の生徒にも伝わっていたのだろうか、その後は急展開だった。
1機、また1機と剣戟の応酬に敗れて光へと帰っていく。
やはりツイステッドメタルには、ツイステッドメタルで出来たブレード攻撃が非常に強力な有効打となるらしい。
これはしっかり覚えて活用しなきゃならない……。
ディスプレイには相対した2機が映し出される。
『おぉーっと! どうやらRev15とRev16が一騎討ちですよっ』
勝ち残ったのは15番と16番のペアのようだった。
他に機影は見えない――『この一騎討ちの勝者がグループ1の勝者となりますっ!』
もしかして、革命力順にペアが並んでいたりするのだろうか?
うーん、でも俺が最後のペアだしなぁ。
座学でボッコボコのずたぼろ状態にされたしね……。
先に動いたのはRev15、15番目のペアだった。
装甲色が変化する前より一層と濃く暗い闇色一色となったRev15は、ツイステッドブレードを右手で逆手に握り直すと、左腕を前に突き出す。
そうして左手の甲を上向きに16番ペアの機体へと向けると、くいっくいと2回レヴォルディオンの指を前後に稼働させた。
挑発してやがる……かっこ良すぎるだろー。
でも負けたら一転してカッコ悪すぎだ……。
それをやってのける15号機メインパイロットのメンタルは化け物だね。
その挑発に乗ってやるとばかりに、赤と白のツートンカラーのRev16は携行武装のもう片方。
左肩のウェポンホルダーのようなものに取り付けてあった127mmライフルを取り出す。
そして空高く放り捨てた。
127mm遠近両用ライフルが旧市街地ステージに大きな音を響かせて墜ちる。
それが合図だった。
Rev16は脚部スラスターを稼働させて垂直に中空を上昇していく。
そう、レヴォルディオンは飛べる。
これは俺もついさきほど、刀道先輩に耳打ちで教えてもらった情報の一つである。
一定の高度へと到達したRev16は、ブレードを両手で右上段に構えるとそのままRev15へと急降下していく。
そうしてそのままRev16はレヴォルディオンの質量を乗せた左袈裟斬りを放つ。
迎え撃つRev15は、先程と同じように右逆手にツイステッドブレードを握り、左腕には127mmライフルをまるで剣のように上段に携えていた。
瞬間、2機が交錯した。
Rev16の渾身の一撃。
それが完全に振り下ろされるよりも早く、両手持ちの持ち手部分へRev15は剣のように持ったライフルを捻り込むように叩きこんだ。
同時にその衝突の反動も利用し、15番機は左袈裟斬りを潜るように右へと機体をそらす。
だがそれでは質量を乗せた急降下攻撃をいなし切れるはずがない。
左袈裟斬りがその勢いのままにRev15の左腕を持っていく。
15番機の左腕が後方に嫌な音を立てて
しかしそれまで。
Rev15は左腕を持って行かれたが、胸部と右腕は無事だ。
そしてその右腕にはツイステッドブレードが逆手で握られている。
左腕を持って行かれる力すら利用して、袈裟斬りを潜るように交わしたRev15は180度回転して向き直り――。
そして全力の一撃を終えたRev16の背部へと、無慈悲にブレードを突き立てた。
光の粒子に包まれて、Rev16が消えていく。
『模擬戦、ミッションコンプリートぉ! 第一グループ勝者! Rev15っ!!』
AIちゃんから試合終了の知らせが届くと、残された生徒たちの歓声が沸き上がった。
俺も座学の敗北感なんてふっ飛ばして、興奮へと身を任せた。
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