リレイヤーズ・エイジ外伝 ―バトル・オブ・北海道ー

月下ゆずりは

第1話 回想

 ―――本日はお話を聞かせてくださるそうで。


 ああ。今日は体の具合がよいから。最期の奉公でもしようと思ったのさ。


 ―――ご冗談を。

 ええと、それでは今日はあの戦い。皇国が北海道を喪失した戦いについて――。


 確か2098年……冬だったか。


 ―――そうです。


 そうだな。あの頃の私は若かった。

 父も母も失って、戦いに投入されたんだ。やけくそだったさ。死んでも構わないと。


 ―――しかしあなたは生き残った。


 俗な言い方になるがね。もし神様がいるとすれば私にバツゲームでもくだしているんじゃないかと思っている。

 酷い話だ。みんな逝ってしまった。

 ……いや、あいつは例外だったが……。

 一体、私はいつまでこの長いグリーンマイルを歩き続けなければならないのか。


 ―――話を戻しましょう。


 すまんね。

 歳を食うとどうにも感傷的で愚痴っぽくてならん。

 ところで君年はいくつかね。


 ―――今年で31になります。


 若いな。若いことはいいことだ。

 話を戻そう。そうさね。あの日。私は酷く腹が立っていた。

 せっかく乗れたPMRパンツァー・モータロイド の調子がよくなかったんだ。

 ……嘘をついた。これは記録から外してほしい。

 調子は万全だった。


 ―――なるほど。


 それでどうなったかって?

 北海道周辺の空間が不安定になっていたことは事前の調査で明らかになっていた。

 米国とロシア主導の第三次北方防衛戦線は事前に展開していた。

 ある程度はやれると思ったんだ。

 

 それが大きな間違いだった。





 「このポンコツが!」


 北上未来きたがみ みらいは、自機である94式【星炎せいえん】の感覚制御が相変わらず言うことを聞かないことに腹を立てて、操縦席から外に飛び出るや否や機体の脚部を蹴っ飛ばしていた。

 背丈はおよそ160cmも無いだろう小柄。女にも見間違うような線の細さの青年だった。パイロットスーツを乱雑に着込み端正な顔立ちを歪ませて怒り散らす様は、見ていてあまり面白いものではなかった。

 ここは日本の北。岩手。皇国陸軍の基地の格納庫にて。

 人類はパラレイドと呼称される敵性体との総力戦に突入していた。次元転移とも言われる空間転移技術を用い進行してくる彼らは、いうならばいつでもどこでも奇襲を仕掛けることの出来る存在である。超長距離から原理不明の熱兵器によって(のちにビーム砲と呼ばれるようになった)航空機による爆撃を無力化し、誘導兵器でさえ、人知に及ばない高度な電子対抗手段ECMによって効力を失ってしまう。人類に残されたのはパンツァー・モータロイドと呼ばれる兵器による戦闘であった。

 北上は、言うことを聞かない機体に蹴りを食らわせるのを諦めると、格納庫を出た。


 「最高の天気だな」


 泣き出しそうな雲色だった。季節は冬。凍えるような寒さの中で北上は詰襟の中の肢体を震わせていた。

 そして彼は対空レーダーと対空機関砲を備えた校舎を見遣った。彼は皇立兵練予備校岩手校区に所属する高等部一年だった。

 パラレイドは、転移してくる際に時空を歪めてくる。すなわち感知することができるのだ。無数に存在する時空のゆがみを元に、政府は次の侵攻先を青森もしくは北海道であると考えていた。故に、体よく揃えることのできる幼年兵達は、各地から集められてきていた。習熟度が低く、連携も取れない幼年兵とて、意思を力に変える絶対元素Gxぜったいげんそ じんきによって制御されるPMRであれば一定の戦果を上げることができる。しかし、その生存率たるや第一次世界大戦時の飛行機乗りたちよりも多少マシというほどだった。数日持てば御の字。数分でKIAも珍しくなかった。 

 パラレイドによって引き起こされた大戦は、文明の疲弊をもたらした。近未来の技術を享受していた文明社会は、日本を例に挙げるならば昭和に戻ってしまった―――もはや戦後ではないなどと揶揄される程度には。


 「ポンコツが………一々動きが硬いんだよ」


 北上の機嫌は直らなかった。北上は剣呑な雰囲気を纏ったまま、格納庫の入り口で溜まっていた同級生達の群れを潜って行った。

 同級生といっても、各地から寄せ集められてきた連中だった。更に言うと徴兵されてきた中でもえりすぐりの落ち零ればかりであるともっぱらの噂だった。

 北上も、そうした一人だった。ほかに食う職もなく、徴兵を免れる方法も知らなかった。連れて行かれる段階になって皇国軍兵士数人相手に大暴れしたのだ。苛立った兵士達に寄って集って殴られ病院送りにされたのだ。

 北上の機嫌が悪い理由は一つ。機体の動きが鈍いことだ。星炎せいえんは対戦車戦はともかくとしても、対パラレイド戦においては主力を担うだけの力があったが、北上の生まれ持った特性くせに追従しきるだけの力がなかった。

 幼年兵を動員するまでに落ちぶれた日本には、もはや工業力をかつてのまま維持するだけの国力が無くなっていた。高性能な機体を軍は求め、軍人達はそれに同意の声をあげているが、結局のところ、次の言葉が全てを表しているだろう。


 ―――熟練した工員を送って欲しい。

 ―――生産性の高い機体を設計して欲しい。

 ―――全て共通規格にした機体が欲しい。

 ―――7mmリベットが枯渇している。

 ―――ラジカルシリンダーの品質が低すぎる。工場の生産体制はどうなっているのか。


 これが現実だ。高機能な機体も、特殊な装備も、もはや足りなくなりつつあるのが現状だった。永延に続く消耗戦。無尽蔵の物量を誇るパラレイドと、有限のリソースを使う島国日本。海路の封鎖こそされていないが――もし実施されたならば、日本という国は巨大な岩の塊と化すだろう。

 このような状況において、『大きな癖』のある北上の技術に特別なチューンを施してくれるものがいるはずもなかった。だからこそ彼が不満を口にしたところで整備を担当する学生が眉間に皺を寄せる程度だった。

 寄せ集めの中の、更に不純物を煮詰めた寄せ集め集団。

 それが岩手校区だった。最前線を担うには遠すぎ、後方というには戦場から近すぎたのだ。


 「北上きたがみ君」

 「綾瀬あやせか」


 北上はうんざりした顔になった。身の丈190cmはあろうかという制服が心配そうに声をかけてきていたのだ。

 綾瀬里美あやせさとみ。同年代。同級生。落ち零れ集団の中でも異彩を放つ存在だった。落ち零れというには優等生染みていた。何故送られてきたのかわからない。そうした声もあっただろう。

 北上は、幼馴染の綾瀬を見るや早足になった。短い足をどれだけ動かしても、見上げるように背丈の大きい綾瀬が容易に追跡してくる。

 黒髪を後頭部で一束に束ねた柔和な顔立ちはしかし、すらりと長いもとい長すぎる肢体が中和している。小柄で猫背の北上と並ぶと子供と大人のようだった。


 「北海道の空間の測定数値が閾値を超えて……」

 「連中がやってくる気配がある。俺達は北海道に向かうことになるだろうって言いたいんだろ」


 小走りで綾瀬から逃れようとする北上だったが、肩を揺らすこともなく幽霊のように追跡してくる綾瀬から逃れることはできなかった。

 北海道が危機に陥れば、間違いなく北上を含む岩手校区の幼年兵は動員されることだろう。

 幼年兵はいわば弾除けだった。正規軍人が一日延命する為だけの使い捨て。その軍人もイナゴのように襲いかかり烈火を噴出す怪物共に埋もれていく。


 「それがどうした。前線で死ねば俸給が入るぞ」


 全く北上は動じていなかった。いっそ死んでしまえば楽だといわんばかりの物言い。綾瀬が表情を曇らせたのにも気が付かない。永延追いかけてくる綾瀬に業を煮やしたのか、足を止めて腕を組んだ。


 「同じ隊だぞ。俺が知らないわけ無いだろ」

 「でも」

 「でももカカシもねぇよ、北海道があったまるんだろ。あったまった後でじゃがいもでも植えればいい」

 

 第57師団隷下岩手校区幼年兵部隊ほぼ全員が、その情報を知っていたのだ。

 数度の実戦を経験した、幼年兵としては長生きとも言われる岩手校区幼年兵隊のえりすぐりの落ちこぼれ達。情報をギンバエ・・・・出来るだけのワルも当然存在した。まさか味方内に作戦内容を盗聴しているものがいるなど、誰に予想できようか。極秘の情報などというものは存在しなかった。

 綾瀬は腕を組みそっぽを向く北上の横で不安そうに身を縮めていた。熊が冬眠するために穴倉に潜り込んだようだと北上が失礼な想像をしていることなど知る由も無い。


 「お二人さんはいちゃついていたのかな。悪いところに出くわしちゃったよーまったく」

 「うるせぇ死に腐れ」


 北上は装甲車両が規則的に並ぶグラウンドで走りこみをしていた少女の姿を認めると、いよいよ口調の悪さが限界を突破していた。

 小麦色に焼けた肌。ショートカットに髪の毛を切り揃えた快活そうな少女だった。つやつやとした肌を覆うスポーツウェアからは脂肪の少なく筋肉の乗った肢体が覗いていた。

 少女は鋭く尖った肉食獣染みた八重歯を覗かせて、その場に胡坐を掻いていた。

 岩手校区幼年兵部隊所属。岬満世みさきみちよだった。一見古風な名前は、『この時代に命満ちますように』との願いが込められているらしい。

 岬はあぐらをかいたままけらけらと笑った。


 「二人とも仲いいよねー。うらやましくなっちゃう」

 「北海道で大事らしいぜ。最前列に行きたがるお前ならうってつけの戦場だぞ」

 「まいっちゃったなー愛機がうなりをあげるなー」

 「唸りをあげんのは機体の方だろが。俺も大概だがお前はおかしい」

 「それほどでも」


 でへへと能天気に笑う岬に北上はため息をはいていた。格納庫をちらりと見遣ると、ブルーシートを被った巨大な何かが壁に立てかけられていた。全長はPRMの高さにも匹敵しようか、あるいは、超えているだろう物体。鉄条網と鉄パイプが隅から覗いていた。

 岬はその場から両手を使い腰をあげると、片腕を伸ばし片腕で支えてストレッチをしつつ、右足左足と順番につま先を地面につけて慣らし始めた。


 「綾瀬ちゃんッたらまだ言ってないの? このご時勢言うもん勝ちだよ。私のお父さん言ってたんだよ、生めよ増えよ地にみちよって」


 主が言ってたよ主がなどとのたまう岬に、綾瀬が血相を変えて首を振った。


 「ち、ちがうよ……そんなんじゃないってば」

 「で、お前なんでついてきたんだ?」


 呆れた口調でものをいう北上は、腕を組み、白目の面積が多い瞳で二人を交互に見遣った。

 呆れたのは女子二人組みであることを北上は分からない。黙っているならば俺は行くぞと言わんばかりに肩を怒らせ歩いていく。そんなあとを綾瀬が駆け足で付いていくと言った。


 「ちゃんとした機体が納入されたんだって!」

 「ふぅん?」


 初めて北上の表情が緩んだ。





 「起動用チェックリスト終了」


 起動用チェックリストを完了した北上は、自らの機体を調整してくれた大神晶おおがみあきらがグッドラックと親指を立てる様を見ていた。

 第57師団岩手校区幼年兵部隊 第六小隊 隊長。それが北上の正式な役職だった。軍人でありながら、軍人ではない独特のポジション。成人を迎えれば軍人としての地位を獲得できるのだろう。成人を迎えることが出来るのであれば。

 調子の悪かった星炎せいえんの代わりに運搬されてきたという別の同型機の操縦席に、パイロットスーツに身を包んだ北上が搭乗していた。

 北上はテキパキとチェックリストを完了させると、独特な弾力性のある操縦桿を握った。常温Gx炉じょうおんジンキ・リアクターの回転率が徐々にミリタリーパワーへと押し上げられる。Gx感応流素ジンキ・ファンクションを内蔵したHOTAS構成の操縦桿を握る。操縦桿、ペダルの他に、Gx物質による補助がある。脳波、生体電流、そういった要素が機体を動かすのだ。一部では生命力といういまだ未知の存在を汲み取っていると称される物質が、北上の意思を認識し、機体を駆動させる。

 モニタが点滅。OSの起動文がスクロールすると、各種照準が画面上を踊った。


 「起立する。どかなきゃ踏み潰すぞ」


 大神が顔を引き攣らせる傍ら、見せ付けるかのように一歩を踏みしめて格納庫を出る。

 雪がちらついていた。度重なるパラレイドとの戦闘によって崩壊した街へと機体が歩み始めた。基地の敷地を出る。対空機関砲とは名ばかりの対地攻撃機関砲が凄みを利かせてきたが、星炎がとまることはない。


 『シモン1よりスターゲイザー。慣熟運転任務に出る』

 『スターゲイザーからシモン1。了解した。今度も機体が派手に壊れるところを見物させてもらう』


 ティルトローター機が一足早く岩手基地を出発していた。街の上空を旋回するようにして飛行している。北上が見上げるのに連動して星炎の複合センサー群が統合データをモニタへと投影し始めていた。

 両腕に40mmカービンライフルを提げた機体が、街並みの入り口で足を止めた。ビーム砲によって砲塔ごと貫通されたMBTが擱座していた。


 「ふぅ。いくか」


 北上がいうなり、駆け始めた。陸戦兵器であるPMRは無論のこと走る事もできるし、伏せることもできる。そしてスラスターを搭載しているので一時的にだが飛翔することもできる。

 だがまさかビルの壁面に飛びつくなりスラスターを下方に偏向し、慣性死なぬままに壁を走って別のビルを飛び越えるなど、誰が想像したのか。

 ビルを乗り越えた機体は自動で水平を保とうとする機能さえ放棄していた。空中でそのまま武器を撃ちまくる。40mm機関砲がうなりをあげた。弾丸の驟雨が道路上に瞬く間にピンク色の模擬弾を吐き出す。それはもはや弾丸などという生易しいものではなかった。砲撃だ。着弾した地点にあるものをなぎ払う暴力だった。

 最大の欠点はその装弾数の少なさだろう。数をなぎ払うことは容易だが―― 一分間に6000発超もの弾丸を吐き出すのだ、パニックに陥った新兵があっという間に弾を使い果たし、戦場で食われることも珍しくはない。パラレイド戦においてあえて発射間隔を伸ばしているものもいるくらいなのだった。


 「次―――ちっ。少しがんばりやがれ」


 北上の操縦は荒っぽいなどというものではなかった。機体が許容できる範囲以上の入力を要求していた。たとえるならば戦車でウィリーをしようとしているようなものだ。ビルを飛び越えると同時にカービンライフルのマガジンを放り投げた。くるりと銃から手を離すと、ビルの壁面を蹴っ飛ばして、地上にいると思しき仮想の敵めがけて蹴りを見舞った。


 「そおらっ!?」


 続いて星炎が回し蹴りを放つと同時に空中へと胴体を投げ出した。着地と同時に受身を取り、スラスターを全開。推力偏向ノズルが北上の意思を組み推進軸をずらす。数十トンにも及ぶ機体を浮遊させるに足りる推力が、あろうことか宙で不自然にくるりと一回転させることを許した。着地。コンクリートがめくれ上がり、砂埃があがった。ツインカメラが帳を破り輝く。

 機体コンディションを示す表示が輝く。ラジカルシリンダーの過負荷。関節部の異常。冷却機能の低下。装甲の破損。等々。

 北上はやはりなと表情をむっつりゆがめた。


 「ポンコツめ」








 「あのさぁ一応僕は整備部で君らがしょっちゅう機体壊して帰ってくるの理由書とかあれこれ話つけたり謝ったりしてるんだけど、そのへん考えてくれないかなぁ!?」


 北上は帰るなり怒り心頭の大神の大歓迎を受けていた。星炎のコンディションは万全だった。操縦が荒すぎるのだ。機体がついてこれない異常な入力や姿勢を常時要求するような男なのだから、どんな機体も『不調』に見えてくる。これが真実だった。

 北上は、大神が眼鏡がずれるのもかまわず怒鳴ってくるのに対し、悪びれずに言った。


 「別の機体とニコイチしろ」

 「自腹じゃないからってさぁ」

 「税金の有効活用だろ。機体なんざばんばん変えろ」


 機体に愛着がないどころか憎しみの対象の男はそう言ってのけると、大神の肩に手を置いた。

 大神は特大の苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


 「信じてるよ。お前の整備の腕を」

 「なんかいいこと言ったような気になってるなら間違いだからな。戦場じゃ背後と足元に気をつけろ」


 銀眼鏡こと大神はそう吐き捨てると、頭をぼりぼりと掻いた。仕事が山積みだ。糞を連呼しつつさっそく格納庫中央で直立不動を取っている星炎に向かった。

 丁度そのときパイロットスーツに身を包んだ岬と綾瀬の二名が格納庫に入ってきた。


 「おいすー大神ちゃん。実は模擬戦がねー」

 「ごめんね大神さん」


 悪びれない様子の岬と、頭を下げる綾瀬の二人組みだった。

 大神はいよいよ天を仰ぐと、作業机に置かれていた缶コーヒーを取り椅子に座った。


 「好きにすればいいよもう……」


 完全に諦めの境地に達した大神は天井を仰いで両足を投げ出していた。





 敵襲を知らせるサイレンが鳴らなければ、岬と綾瀬の模擬戦が開始できただろうに。

 サイレン。基地にわんわんと金切り声響き渡った。


 第六小隊全員が顔を見合わせた。

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