第3話


「彼女?」

「そ、さすがに王子に本命できたってなれば親衛隊だって落ち着くだろ?その輝くイケメンいかしてさくっと彼女の一人や二人つくってこい」


ばし、と勢い良く叩かれた背中にいたい、とこぼしてタカキは腕を組む。斉藤はナイスアイデア、と一人神妙な顔で頷いている。


「でも、俺の親衛隊?って過激派なんだろ?彼女なんかできた日にはその子いじめられそうだし…。それに、俺、今好きな女子いないし彼女つくれない」

「お前って噂に反してほんと真面目っつーかヘタレっつーか……。まあ確かにそのへんの女子じゃ制裁されるよなー」


俺がお前だったら彼女三人は作るのに、と漏らす斉藤に、タカキは三人もいたら大変だろうなと思ったが何も言わなかった。(これ以上ヘタレだと思われたくない)

他校だと意味ねーしな、とうんうん唸りタカキの問題に対して真面目に悩んでくれる斉藤の姿に嬉しくなって、どうしてこんなに斉藤は良い奴なのにモテないんだ、と全く関係ないことを考えていた。自分が女子だったら、なよなよした俺よりも男らしい斉藤を選ぶのに。半ば思考が危なくなってきたときに、斉藤が叫んだ。


「委員長にすればいいじゃん!」





「……あの、いいんちょ…須川さん、ちょっといいかな」


放課後、終礼が終わり生徒がめいめいに立ち上がり部活動へ向かってゆく。あいも変わらず己を囲んでくる女子(先程自分の親衛隊だと発覚した)をやんわりとかわして、若干緊張ぎみに目的の女生徒へ声をかけた。数秒のタイムラグを経て、委員長、こと須川さんが手に持っていた分厚い文庫本から顔をあげた。タカキは、はらりと肩をすべる目の前の黒髪が綺麗だな、とぼんやり思った。


「私に、何の用?早乙女くん」


一見夜空のように真っ黒だが、よく目を凝らせば少し鳶色がかってきらめく涼やかな瞳と目が合い、桜色の形の良い唇から思ったよりハスキーな、大人っぽい声がこぼれた。

自由な校風にかこつけて、私服のように制服を着崩す生徒も多い中、一分の隙もなく着こなしたセーラー服に、すっと真っ直ぐに伸びた背筋、こちらを射抜く眼差し――――そして己の名を迷うことなく呼ぶ声に、タカキはただ綺麗だ、と思った。


「須川さん」


タカキは、色素の薄い己とは正反対の、少し鳶色がかった二つの夜空を真っ直ぐ見つめ返して、にこりと笑みを浮かべた。


「俺と、付き合ってくれる?」





「委員長?うちのクラスに委員長はいなかったと思うけど」

「いるだろ、ほら、須川薫子!病院の!」


タカキや斉藤の通う緑ヶ丘高校にはクラス委員長という役職はなく、代わりにクラスの細々とした雑務を引き受ける世話係というポジションがある。クラス委員長に似ているものの、あくまで雑務でありクラスをまとめる、ということはしない。

須川薫子はタカキたちのクラスでもずば抜けて存在感のある生徒だったため、普段女子の名前を覚えない(うっかり名前でも呼ぶと恐ろしいことになる)タカキも、ああ、と頷いた。


「委員長って須川さんのことだったんだ。須川さんはとくに何の委員会にも入ってないはずだけど、何で委員長?」

「お前が王子様なように須川薫子は委員長ってことだ。前は他にも女王様とか色々あったけど、一応無難な委員長に落ち着いたんだよ」


斉藤は物知りだな、と思いながらタカキはもう一つの疑問を口にした。


「でもどうして須川さんを彼女に?俺、話したこともないんだけど」

「お前の過激親衛隊に対抗できるのは須川薫子しかいないって!すっげー美人だからお前とお似合いだし、何よりあの病院の娘だからさすがに親衛隊も手出せないだろ?」

「なるほど……」


斉藤の論理は至極真っ当だった。今まで存在を認識していなかったとはいえ、自分が放置していたせいで過激派になってしまった親衛隊。制裁が行われているということは、すでに何人かの生徒が被害にあっているということだ。タカキの親衛隊である以上、タカキは彼女らの手綱を握る責任がある。その手段として、須川薫子を自分の彼女にするというのは、タカキにも名案に思われた。


「ただ、俺の問題に須川さんを巻き込むのは申し訳ないなぁー…。それに、須川さんは別に俺に彼氏になってほしいとか思わないだろうし」

「ばっか、お前みてーなイケメンから告られて嬉しくない女なんかいねーよ!とりあえずちょこちょこ話しかけて気があるアピしてから、デートに誘って告ればいいんじゃね?」


お前イケメンだし、意外と紳士だし、となぜか息巻いてタカキを褒めちぎる斉藤にタカキは苦笑して居心地の悪さを誤魔化した。まずは今日の放課後、話しかけてデートでも誘ってみろよ、と斉藤が念を押した途端予鈴がなり、二人は慌てて屋上を飛び出し、教室に駆け戻ったのだった。


(放課後、須川さんに話しかけて、デートに誘う)


ちょうど自分の対角線上の席に座る薫子に目を向けると、背筋をしゃんと伸ばし、教師の説明を真剣に聞きながらカリカリとノートに板書を写している。今まで接点がなく、姿をよく見たことなど無かったが、真面目な子だということがよく分かった。ただ、その生真面目さは凛とした美しさとして眩しくタカキの目に映った。


(俺が、女の子をデートに誘う……)


女の子をデートに誘ったことは過去に一度もなかった。そんな俺に高嶺の花、須川さんをデートに誘うなんて至難の業にも程がある。斉藤には言えなかったが、授業中タカキは悶々と一人で悩んでいた。

過去に一人だけ女子と付き合っていたことがあった。ただ、そのときも相手がぐいぐいデートの約束を取り付けてくるのに渋々頷いていただけだ。


(どうやって誘えばいいんだろう……)


はあ、と悩ましげな吐息を洩らして物思いにふけるタカキに、周囲の女子は授業そっちのけで桃色の視線を送っていたのだった。


(まずは、何の本読んでいるのか聞いて、おすすめの本を選びに本屋に誘う……それ、何の本読んでるの?でいいかな……)


入念にシミュレーションを繰り返しながら徐ろに席を立ったタカキは、やや緊張した面差しで薫子のもとに向かった。斉藤はその後姿を見ながらグッドラック、と親指を立てて部活の練習へと慌てて走り出した。


初めて薫子を目の前にしたタカキは、驚いた。


(綺麗な人だ……)


そして、そんな綺麗な人に早乙女くん、と少しハスキーな声で名を紡がれて、嬉しい、と思った。もっと呼んでほしい、とも。

タカキは、浮かれていた。浮かれて、シミュレーションなんて飛んでいってしまった。

そして、迷うことなく口にした。


「須川さん、俺と付き合ってくれる?」

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