第29話
蓮夏という人はいったい何者なんだ。
わかっているのは梅村に対する馬場先輩の怒りの原因で、二人に近い人間らしいこと、そして馬場先輩が蓮夏という人に対して他人に突っ込まれたくないこと。
何となく彼女がキーを握っている気がするんだけど、いかんせん肝心の彼女の正体は謎のままだ。
このもやもやを早く、迅速に、スピーディーに解消したい。
四時間の授業中、俺はこのもやもやを一刻も早く解消するために、早く梅村に話しかけたいとばかり思っていた。
四時間目の後の休み時間。
俺は授業の終わりを告げる「ありがとうございました」の挨拶を終えると、梅村の席に一気に足を滑らせた。
突然脇に現れた俺に梅村はびっくりしたような顔をする。
「うおっ。西寺君か。どうしたの?」
「梅村、お前に話がある」
「なんだい?恐い顔して」
必死になり過ぎて俺はいつの間にか恐い顔をしていたらしい。
やっちまった。恐い顔をしていては話せるものも話せなくなるじゃないか。
俺はすぐさま一般人に話しかける用の営業スマイルを思い出し、梅村に言った。
「ごめんごめん。怖い顔して。ちょっと梅村に訊きたいことがあってさ。いいかな?」
「いいよ。それで何の話?」
「単刀直入に言うけど、蓮夏とかいう人は何者なんだ?」
「そっか。道場での会話、西寺君にも聞かれていたんだね」
「まあ、うん」
梅村は、一瞬、言い淀むような顔をした後、唇をぎゅっと結んで言った。
「蓮夏さんは馬場先輩の姉で、僕の彼女だ」
梅村の口から発せられた蓮夏さんの正体は、腑に落ちるものだった。
何となく予想出来たことだ。
梅村のあきらめたようで全然気持ちの整理がついてない道場での様子も、馬場が語りたくなかった理由も馬場の姉で梅村の彼女、いや元彼女だとすれば納得出来る。
もやもやとしたものが、一気に晴れ渡っていった。
一点、たった一つの点を除いて。
どうして馬場はあそこまで、朱目蜘蛛という怪異に憑りつかれるまで怒っていたのだろう?
何が馬場を怒らせたんだ?馬場は何が許せなかったんだ?
「へえ。梅村、蓮夏さんはどういう人なんだ?」
「綺麗な人だよ。あ、写真見る?」
「い、いや。別にいいよ」
と俺は答えたが、梅村がすでにカバンの中からスマートフォンを取り出そうとしているのを見て、慌てて付け加えた。
「やっぱり、見たい」
「オーケイ。ちょっと待ってね」
梅村が蓮夏さんの写真を見つけようと、人差し指で保存された膨大な写真をスライドさせていた。
それにしても、質問の意味が伝わってねえ……
俺の期待した返答をしないのは天然なのだろうか?それとも意図的なもの?
「はい、この写真に写っているのが蓮夏さんだ」
梅村が俺の眼前に突き出した写真に写った蓮夏さんは確かに綺麗な人だった。
黒く透き通るような長い黒髪に、ふっと微笑んでいる目がとても優しげで、清楚という言葉がとても似あう女性に見えた。
「綺麗でしょ?」
「まあ、そうだな」
「蓮夏さんはそれにとっても優しい人なんだ。僕がヘマをすると、次に活かせばいいのよと言って必ず僕をなだめてくれるんだ」
「へえ」
「僕がスパゲティの入った皿を落として、蓮夏さんがそのスパゲティをもろ頭から被っちゃった時があったんだよ。そんな時、もし西寺君が蓮夏さんの立場だったら激怒するよね?」
「まあ、するだろうな」
なんか俺の訊きたい話が全く始まらないんだけど。
勝手に語り始めちゃったよ。
「普通はそうだよね。でも蓮夏さんは違うんだよ。スパゲティまみれで髪もべとべとだし、できたてだったから熱いはずなのに、介時君ったらドジね、って笑ってくれるんだよ。本当にその時は救われた気持ちになったなあ。蓮夏さんが優しい人なのはわかっていたけど、内心、スゲー怒られて別れ話まで切り出されるんじゃないかって思ってたから。僕はそのことがあってから、ますます蓮夏さんに夢中になっちゃたよ」
梅村はこっちが見ていて痛くなるほどきらきらとした目で語った。
「別にのろけ話なんて聞きたくなかったんだけど」
「ああ、ごめんごめん。蓮夏さんのこととなるとついつい口が勝手に動いちゃうんだよ」
このままだとマズい。
俺が知りたいことを梅村が話す前に十分の休み時間が終わってしまう。
「あ、もう一つ蓮夏さんのエピソードがあるんだけど――」
「梅村」
梅村が俺のことなどお構いなしにのろけ話を続けようとするのを俺は無理やりさえぎった。
「梅村、なんで馬場はお前と蓮夏さんが付き合うことに激怒したんだ?」
「それは――言えないよ」
「言えないって、人に訊かれたくない話ってこと?それとも、馬場に口止めされているから?」
「両方」
「どうしても?」
「うん」
「なら、俺が馬場を倒すとしたら?」
「倒す?どういう意味?」
「そのまんまの意味」
「え⁉」
梅村が大袈裟に口を開ける。
俺が梅村に次の言葉を言おうとした時、先生が教室に入って来た。先生が「おい、西寺。席につけー」と言う。
「じゃあ、話の続きは後で」
俺は唖然とした表情をした梅村にそう言い残して、ダッシュで席に戻った。
五時間目の授業が始まって十分ほど。前の席から手紙が回ってきた。梅村からだった。
――さっきの倒すってどういう意味?
返事を返すために俺は梅村に手紙を回した。
以下、俺と梅村の手紙のやり取りである。俺と梅村の間に座るクラスメイトにとってはいい迷惑だっただろう。
――馬場をボコボコにして、更生させるってこと。頼む。馬場がお前と蓮夏さんの付き合いに激怒した訳を教えてくれ。
――そんなこと出来る訳ないじゃん。相手は強くて頑固な人だよ。
――絶対出来る。俺を信じてくれ。だから教えてくれ。
――その自信がどこから来るのかわからないんだけど。なんでそんなに知りたいの?
――自信というか確信だな。それを知ればお前と蓮夏さん、それに馬場の力になれるからだ。
――どういうこと?
――詳しくは話せないけど、それを知れば馬場の怒りを治めることが絶対出来る。だから頼む。教えてくれ。
――そんなに知りたいの?
――うん。まさかとは思うけど、不倫とかじゃないよな?
――はは、そんな訳ないじゃん。誰にも言わないって約束出来る?
――約束する。
――じゃあ、教えてあげる。その代わり一つ頼まれても構わないかな?構わなければ、この授業が終わったら、屋上前の踊り場に来て。
――オーケイ。でも頼みごとって何なんだ?
――ある人に届けてほしい物があるんだ。詳しいことは踊り場に来てくれたら話すよ。
――それくらいならお安い御用さ。
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