第21話
俺が相手にしていたのは、怪異に憑りつかれた人間だった。
怪異対怪異。
だが、元の力量がかけ離れて過ぎていた。俺の怪異としての能力は不老不死。その前提としての圧倒的な治癒能力。戦闘そのものには大して役に立たない。戦うベースは俺自身。ずぶの素人が空手部主将に素手で挑むのは部が悪すぎる。
それに治療出来ても痛みは感じるし、相手の怪異としての能力が何かわからない以上、下手に戦うのはメリットがない。
ここは退くしかない。
刀条を連れて退くしか。
その後、もう一度馬場に挑むのだ。
力勝負で行くのではなく、還怪師である灰島を連れて。
馬場は俺では到底相手にできない。
もともとの力量が違い過ぎるのだ。
仕方がない。
適材適所ってやつだ。
こんな化け物には灰島がお似合いなんだ。
馬場がこんなにも暴力的になっているのは、怪異による影響が大きいのだろうから、灰島に怪異を祓ってもらえば、馬場の暴力も収まるだろう。それで一件落着だ。
馬場は俺との距離を縮めてくる。一歩、二歩、三歩、四歩。力強い歩き方で、ゆったりと歩いてくる。
そして、馬場の間合いに入った瞬間、俺は土下座した。
「馬場先輩、お願いします。俺のことはいくら殴ってもいいですから、今日だけは皆を見逃して下さい!」
道場中に鳴り響いた声に……馬場は動きを止めた。
これは賭けだ。
俺はどうなってもいいから、刀条を、梅村を、空手部員を殴るのはやめて欲しいだなんて、明らかに劣勢なこの状況では無理をお願いしているようなものだ。何しろ、このまま俺を殴って大人しくさせれば、全員ボコボコにできるのだから。
でも俺にできることはこれくらいしかない。みんなの怪我を一手に引き受けること。俺の怪異としての能力はサンドバックにおあつらえ向きだ。
「おい、西寺とかいったか?面上げろ」
「……はい」
馬場の手が俺のあごに伸び、俺の顔が上を向く。俺は真っ赤に染まった馬場の目をじっとにらんだ。
「面構えだけは一丁前だな」
ちらりと横を見ると刀条が目に涙を浮かべたような表情で俺を見つめていた。
「まあお前で我慢しといてやるよ。今日のところは。もう怒る気も失せた」
「あ、ありがとうございます」
予想外の展開に俺は戸惑いながらも震え混じりの声で感謝した。
「おい!お前らは帰れや!」
「は、はい!」
馬場の怒声に恐る恐るといった感じで空手部員らは帰っていく。その中には梅村もいて、道場を出る時に俺に向かって曇った表情で、すまない、と口を動かした。
刀条だけは、その場を動かなかった。
「おい、女。お前も帰ろと言ったはずだが」
「私は帰りません。西寺を返してもらったら帰ります」
「ふん、勝手にしろ」
刀条にそう告げた馬場は俺の耳に口を近づけて言った。
「今日のところは一発だけにしてやるよ」
ドンッ――背中に鈍い痛み。
馬場の右手のよる一撃はまるで鉛でも落としたかのように重かった。くそ痛い。背骨でも折れていたら大変だ。
もう一撃でも喰らったら、確実に失神する。そう思って面を上げると、驚いたことに馬場は俺に背中を見せ、出口に向かって歩き出していた。
「じゃあな」
「……」
俺はその後ろ姿をじっと見送ることしかできなかった。
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