第362話私は誘惑する!(3)

加奈子は結局、「腫れぼったい目」で、アパートを出た。

「そうかあ、今日は音楽理論か」

「眠いなあ」

「いいや、寝てればって思うけれど、あの教授は陰険だから」

「時々和声の何とかかんとかを質問してくる」

と思い出し、ちょっと憂鬱。


「後は特にない」

「そしたら図書館で昼寝だ」

と、電車の中でブツブツ。


それでも、音大最寄りの駅で降りて、音大の門まで歩く時には、他人の目もある。

知っている先生や学生には、明るく挨拶をする。

そうでもしないと「見た目を重視する」音大では、浮かばれないことになる。


さて、そんな「無理やり明るい顔」をして歩いて行く加奈子の目が、「パッと」輝いた。


「あ!」

なんと、少し先に、「悩みのタネ」の涼君が歩いている。

そして「これはシメシメ」のことに、音楽理論の教科書を持っている。


加奈子は、本当にうれしかった。

これは昨夜悩んだ自分に対しての、ミューズの神の「思いやり」と感じた。

そして

「・・・ということは・・・」

ミューズの神が、「涼君のところへ」と誘っていると確信した。

いきなり早足となり、涼に近づく。


咳払いをして

「よし!今だ!」と思い


「涼君!」

加奈子は、自分でも飛び切りの可愛い声で、涼の名前を呼んだ。


・・・のだけど・・・

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