第360話私は誘惑する!(1)

加奈子は音大の一年生。

専攻はフルート。

性格がとにかくおとなしい。

自分でも「おっとりタイプ」だと思う。

容姿は、自分では「まあ、普通」。

ステージの真ん中で、ソロを吹けるような華やかさはないと思う。


フルートの技術の指導教授の評価は

「きちんとていねい」

「楽譜に忠実」

「音程もビブラートもリズムも完璧」

「でも、何かが足りない」

「ものたりない」

「オーケストラで第二フルートかな」

「ソロパートを吹かせると地味過ぎる」


要するに、加奈子もフルートも「地味で堅実、おっとりタイプ」なのである。


さて、そんな加奈子も、注目している学生がいる。

その学生は

「涼」、同じ一年生。

楽器は、ピアノ。

指揮も習っているようだ。

容姿は、とにかく華奢。

雰囲気も、加奈子でさえ心配するほど「ヒッソリ」タイプ。

よく見ると、すごく可愛らしい、美顔。

でも、「おおよそアクが強い」音大生の中では、全く埋没している。


他の音大生たちの評価は

「涼君って誰?」

「ああ、やさしいピアノ弾くね、でも迫力がない」

「周りに打ち解けないし、話もしない」

「田舎出身?コンプレックス?」

「いや、都内出身らしい」

「へーーー知らなかった」

「でも、どうでもいいや」

およそ、そんな感じ。


さて、そんな涼に加奈子が注目している理由は、最近たまたまフルートのレッスンで涼がピアノの伴奏をしてくれたこと。


加奈子としては

「すっごく吹きやすい」

「合わせるのが上手だなあ、涼君」

「涼君の伴奏だったら、もう少し私の音楽も広がる」

と思う。

しかし、加奈子は「おっとり」タイプ。

そのため、レッスンが終わってから声を涼にかけられない。


涼も「ヒッソリ」タイプなので、レッスンが終われば、「じゃあ」と小声で一言。

ソソクサと帰ってしまうのである。



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