第352話美術部多佳子の妄想(1)

美術部三年多佳子は、早々と美大への推薦入学が決まった。

もちろん多佳子自身の美術の能力が高いことや、普通の学業成績が高かったことが原因である。


ただ、多佳子には問題が発生してしまった。

それは

「あまりにも早く決まってしまって面白くない」

「卒業までに何か刺激となるものがないだろうか」

ということ、まあ突然「暇人」となった者には特有の悩み(もったいないけれど)である。

しかし、かといって、遊び呆けるには、それほどの金もない。

学園には、一応は毎日通わなければならないし、下手なことをして「推薦取り消し」にでもなったら、元も子もない。


さて、そんな贅沢な悩みを抱えて校舎の窓から校庭を見ている多佳子に後ろから声をかけてくる者がいた。


振り向かなくてもわかる。

悪友女子の、莉乃だ。

そう言えば、莉乃も如才なく音大への推薦を決めている。

「多佳子、暇だねえ」


「大きなお世話、あなたも同じでしょ」と思ったけれど、確かに暇だし、

「ああ、暇、つまんない」と返した。


すると悪友莉乃が、変な「カマ」をかけてくる。

「どうせ暇だったら、絵でも書いたら?」

「美大なんでしょ?」


そんなことを言うものだから

「えーーー?何の絵?」

「描きたいものもないなあ」

「どうせ進学すれば嫌というほど書くんだし」

と返すと

莉乃は、また突っ込んでくる。


「あら、ものじゃなくて、人物にしたら?」

そんなことを言いながら、莉乃はニヤニヤしている。

こういう場合は、おそらく魂胆がある。


「人物って誰さ・・・」

そう聞くと


莉乃

「健太君ってどう?」

「可愛いしさ」


その莉乃の笑顔には、ちょっと引く。


多佳子は、困った。

確かに一年生の健太君は、可愛い。

いわゆる学園の人気者、狙っている女どもが多い。

色白で肌もきれいだし、汗臭さもない。

確かに、そういう男性画を書きたかったけれど、言い出すのが恥ずかしい。


困る多佳子に莉乃が更にますます

「多佳子が誘わないんだったら、私がコンサートに誘う」

と、刺激をしてくる。


多佳子は、ここで変な「負けず嫌いな張り合い心」が目覚めてしまった。


「ふん、あなたにはあげない!」

「よし!無理やり口説く!」

「力づくだ!」

「抵抗したら押し倒す!」


「冗談」をしかけた莉乃が、あっけに取られる様子など関係がない。

突然、「自分だけで盛り上がってしまう悪い癖」が出た。

そして、多佳子は健太を探して、廊下を歩きだしてしまった。






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