第349話珠理奈の両天秤(8)

ラインでのやり取りの通り、圭は午後三時に新宿支店に突然、姿を見せた。

用向きとしては、「融資案件のサンプル点検」と、新宿支店長に説明をしているけれど、本店検査部の部長と、本店の融資部の部長そして融資担当の役員も、圭の運転する本店の車で同行して来ている。


新宿支店長は、いきなりのことで、驚いた。

支店長

「どうして検査部が急に?」

「特に大きな延滞もないのに」

と、突然の来店の理由を、本店検査部の部長に尋ねる。


本店検査部部長

「ああ、融資担当役員の指示なんだけれど、融資成績が絶好調の新宿支店だから、何か秘訣があるのかなあと」

「それで、我が銀行全体の融資成績をあげようとね、実状を調査しようかと」

「それで本店融資部の部長と融資担当役員も同行していただいたのさ」


支店長と本店検査部長が、そんな話をしている間に、圭はテキパキと新宿支店の融資部に指示を出す。


「過去一年間の融資案件、完済部分を含めて、稟議書から金銭消費貸借契約証書まで全て提出願います」

「それから、現在審査中あるいは受付中の融資関連書類についても、サンプル点検をします」


その圭の指示に対して、新宿支店長は文句を言う。

「おい!圭君、君は何だと思っているんだ」

「サンプル点検しては、量が多すぎやしないか?」

「業務に支障が発生する」

「そういう点検をするのなら、事前に何故言わないんだ!」

かなり厳しい口調である。


ただ、それに対する返答は圭からではなかった。


融資担当役員から

「ああ、新宿支店長、このサンプル点検は、私からの指示だ」

「午後二時五十分に、メールで点検告知をしているはずだ」

「君は、それを見ていないのか」

役員もかなり厳しい口調である。


その融資担当役員の返答に、本店検査部部長が即座に反応した。

新宿支店長を融資担当役員の前に立たせたまま、本店検査部部長が支店長席にあるPC画面をチェックする。


本店検査部部長

「新宿支店長、午後二時半から今まで、PC画面は株価情報、その前はゴルフ場のホームページの閲覧になっている」

「これでは、役員からのメールを見ていないのは当たり前」

「しかし、そもそも業務時間中に、何の意図があって、こんな画面を見ていたのか」

本店検査部長の質問に、新宿支店長は一言も返せない。


呆れてみている融資担当役員と本店検査部部長のところへ、圭と一緒に融資書類を少し見ていた本店融資部部長が小走りにやってきた。

そして本店検査部部長と融資担当役員に何か耳打ちをした後、


本店融資部長

「新宿支店長、融資案件においても、事情を説明してもらわないと困る案件ばかりになっている」


新宿支店長の表情は、みるみる青ざめていく。

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