第262話虫愛づる姫君(完)堤中納言物語

右馬の佐は

「このまま何もせず帰ってしまうのも、面白くない」

「せめて、『お姿を拝見いたしました』とだけでも、伝えないと」ということで、懐紙に草の汁で


「あなたの毛深い眉毛を見てしまいました、これからはトリモチがくっつくように、いつでも、あなたのお顔を見守ろうと思います」

と書いて扇を叩くと、男の子が出てきました。


「これを姫様に差し上げてはくれないか」

と男の子に持たせると、男の子は素直に屋敷に持っていき

「このお手紙を、あそこに立っていた人が『姫様に差し上げて』と言っているよ」と言っています。


その手紙は大夫の君という侍女が受け取るのですが、

大夫の君は

「もう、とんでもないわね、これは右馬の佐のしわざね、気色悪い虫を面白がっている姫様の顔を見たのでしょうね」と少し憤慨して姫様にも、注意をします。


ところが姫様は何も動じません。

「物事の道理がわかれば、どんなことも恥ずかしいということはないのです」

「人間というのは、夢や幻のような世界に生きています」

「世界の誰が、いつまでも生きていることができて、悪いことや善いことをしっかりと観察して、善悪を見極めることが出来るのですか?」

「誰も出来ることではないのです」

「ですから、こんな幻のような世界で、善悪などといっても大した意味はないのです、絶対にこれが正しいなどということもないのですから」

と、まあものすごい理屈を説教なさるのです。

若い侍女たちは、これでは返す言葉など、何もありません。

とにかく情けなく気落ちをしているしかないのです。


さて覗き見をしていた右馬の佐は「お返事はあるかなあ」としばらく立ったままでしたけれど、屋敷では男の子たちも全部その中に入れてしまい、「ああ、なんと情けない」と言い合っている様子。

それでも、侍女たちの中には、「お返事をしなくては」と気付くものもいます。

さすがに返歌をしないのは「お気の毒だし、失礼にあたる」ということで、

「姫様の代わり」に


「他人と異なる私としては、毛虫の名前を伺わないと答えられません」

(つまり貴方様のお名前もわからないのに、心の中などお話できません)

と返します。


右馬の佐は

「毛虫の毛だらけの、あなたの眉毛の端に触れる人など、この世には誰もいないと思いますよ」

(あなたは変わり者過ぎます、だから付き合える人もいないと思います)

と言って、大笑いしながら帰ってしまいました。


さて、この続きは、きっと二の巻にあると思います。



                                   (完)


※実際には二の巻はありません。

 おそらく読者に「二の巻」があるように見せかけ、想像の余地を残したと言われています。


まあ、それにしても「花鳥風月」全盛の時代に、こんな作品を書いた作者の発想は面白い。

自分を貫く姫様も可愛らしく純粋で好きです。

父親もなかなか、姫様思いにして、冷静なところもある。


簡単に「右馬の佐」などには、なびかないのも素晴らしい。


こんな面白い作品を書いてくれた先人に感謝です。


※余談

 吉本新喜劇でこの劇をやっても、面白いかも。


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