第260話虫愛づる姫君(5)堤中納言物語

さて侍女たちは、袋から出てきた蛇(実は作り物)に、気が動転して大騒ぎになっているのですが、姫様は落ち着いています。

しかし、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と念仏を唱えるまではよかったのですが、次の言葉で

「蛇と言っても、前世では私の親であるのかもしれません、騒ぎ立てることはなりません」ぐらいから声が震え、顔も蛇からそむけてしまいます。

そんな状態で

「この蛇が若々しくて美しいのであれば、血縁と信じます」

「それを、あなた方は怖がるなんてとんでもないこと」

とつぶやいて、蛇を近くに引き寄せます。


しかし、やはり怖いようです。

姫様は、立ったり座ったり、蝶のように落ち着かず、声も蝉のように絞り出すような声になってしまいました。


ただ、姫様のそんな珍しく怖がる様子が、侍女たちには面白いようです。

侍女たちは逃げ回りながらも笑い転げてしまいます。

結局、侍女の一人が父君に様子を報告するのですが、

父君は

「なんという、とんでもなく呆れるような気味の悪いことを聞いたものです」

「そんなとんでもないものがあるのを見ながら、姫を置き去りに皆さんは逃げてしまったのでしょう、そのほうがよくないことです」ということで、太刀を持って駆けつけるのです。


そしてよく見ると、本当に上手に出来た作り物の蛇なのです。

父君は、それを手に取り

「これは、素晴らしい上手な細工です」

「まあ、姫君が虫を賢いと褒めるものだから、そんな噂を聞いて誰かがイタズラをしたのでしょう、早く返事を書いてあげなさい」と帰っていきました。


侍女たちは「作り物」と聞いて

「何でこんな嫌なことをする人なのでしょう」と憎らしがるのですが

「そうは言っても、お返事を差し上げないとケジメがつきません、その後も不安です」と姫様に勧めるので、姫様はとてもゴワゴワした丈夫な紙に書き始めます。

といっても女文字(ひらがな)は、まだ書けないので、男文字(カタカナ)で


「ワタシガ ヘビデアルアナタト ゴエンガアリマスノナラ ウマレカワリ ゴクラクデ オアイイタシマショウ コノヨノ アナタノソノスガタデハ トテモトテモ ムズカシイノデス デハ ゴクラクデ」と、書くのです。

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