第203話侮蔑と真心(6)(完)

ジャンの耳に入ってきたのは、折しも勢力を急速に拡大しているジャンの生まれ故郷の隣国の領主が新教徒に改宗したこと。

そして、その領主が「不信心な旧教徒を撲滅する」という大義名分を掲げ、ジャンの生まれ故郷の国に攻め入ったという情報である。

大義名分の裏には領土拡張欲があることは、誰でもわかることであるが、何しろ、その攻勢が強いらしい。


両親の墓以外には資産もないジャンにとっても、さすがに生まれ故郷である、一時は心配のあまり戻ろうとしたけれど、それは諸々の情勢が許さなかった。


まず、今のジャンの住む山間の修道院からは、数日の距離がある。

それと、今はローマでの枢機卿の自宅の祭壇の改修の仕事が数件、かなりな速度で仕上げても、約一年はかかる。

それもあり、ジャンも生まれ故郷に戻ることは、自分自身の判断、ニケの必死の引き止めに加え、フランシスコ修道士、静観を決めた領主の判断まで加わり、不可能なこととなった。



その後、ローマで仕事をしていたジャンの耳に入ってきた情報は

「ジャンの生まれ故郷の街の人々は、女子供まで抵抗したものの、結局は惨敗、かなりな略奪と暴行の被害を受けた」

「ジャンに暴行を行ったフィリッポの父も、懸命に街の親分として戦ったが、敵兵により惨殺された」

ジャンは、フィリッポの父よりは、フィリッポが気になった。

そして、その情報はすぐに入った。

「フィリッポは、敵の攻勢にかなわないとみるや、自宅から逃げ出し、街の門まで逃げたが、それに怒った市民により、撲殺された」

「それも、かなり惨たらしい撲殺、息絶えていても殴られ続けられたらしい」


次にジャンが情報を求めたのは、ルチアのことだった。

しかし、ルチアについてもたらされた情報は、隣国の新教徒軍とは関係がなかった。

「ルチアは、ジャンが街を出た二週間後に、フィリッポに捨てられた」

「フィリッポには、新しい女が出来たからさ」

「ルチアはジャンに許しを請おうと街を出ようとしたところを、フィリッポの手下につかまり、乱暴された上に死亡した」

「その後、その死骸は河に流された」


愕然となってしまったジャンであるが、今更、どうとなるものではない。

ジャンの隣で話を聞いていたフランシスコ修道士が、ジャンに諭した。


「傲慢と他者への侮蔑を施す者は、それが裏返しになり、苦悩の中に命を落とす」


「真心を持ち、他人に慈愛を施す者は、真心に包まれて生涯を終える」



ローマでの仕事をようやく終え、修道院に戻ったジャンに、ニケが報告をした。

「新しい命が、このお腹に」


ジャンは、涙があふれることを抑えることができない。

そして、ニケを抱きしめ、神に誓う。


「真心で救われた私です」

「真心で皆と生きていきます」



ニケがもう一言。

「可愛いベビーベッドをお願い」

ニケも泣いてしまっている。



                                (完)


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