第62話お疲れの御主人を好む華奈

「お疲れですねえ・・・」

華奈の指は、いつもより力がこもっている。

「ああ、そんなに力をこめなくてもいいよ、華奈のほうが大変だ」

毎晩、こんな凝り固まった身体を揉ませるのも、酷なことだと思った。

「そんなこと、おっしゃらないでください、私、こうしているの好きです」

華奈は、その力を弱めることはない。


「東大寺、興福寺、それに加えて薬師寺、唐招提寺だからね、神経も使うさ」

しがない写経所役人としては、どうしても大寺の僧侶の「ほとんど我がままな要求」に、頭を下げなくてはならない。

何しろ、聖武帝以来、写経や仏法関連の仕事は、激増した。

その割に、仏法そのものに関する知識など持たない写経所役人が多い。

出来ることは、単に間違いなく書き写すだけの輩だらけだ。

自分とて、大して変わりはないのだが、ついつい愚痴が出る。


「いいんですよ、ここで愚痴を言っていただければ」

「でも、他の女に言ったら、私泣きますよ」

華奈の声が突然、湿った。


「華奈、ありがとう、だいぶ楽になった」

「だから・・・」


「だから?」


「寝よう」


「はい!ご主人様!」

華奈の声は明るくなった。

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