第59話二人妻(4)
男が家に入ってくるのを見て、娘のお付きの女が騒ぎ出した。
「姫様・・・婿君が突然ですが、お出でになりました!」
娘も、突然のことに動揺してしまった。
何しろ、部屋の中は、散らかし放題であり、化粧道具など、どこに埋もれているのかわからない。
「どこ!お化粧の道具はいったいどこ!」
お付きの女を叱るように、大騒ぎの声を出すが、お付きの女も、どれほどお片付けをしても、次の朝には、散らかし放題にしてしまうので、探しようがない。
娘は、やっとのことで櫛の箱を取り寄せて、白粉をつけようと思うが、どうしたことか、掃墨(はいずみ)の入った畳紙を取り出してしまい、自分の顔に塗りたくってしまう。
そもそも、あまりの散らかりようで、鏡を見つけることも出来なかったのである。
娘は
「そこで・・しばらくお待ちになって下さい・・こちらには入らないでください」
すっかり気が動転してしまいながらも、必死に身づくろいをする。
男もあまりにも待たされてしまい、あきれてしまう。
そして、「どうして、これほど待たされるのだろうか、婚儀を行う気持が薄らいでいるのだろうか」と言いながら、簾をかきあげて中に入ってしまった。
娘は、ますます動揺して畳紙を隠しながらも、大雑把に顔にならして伸ばす。
袖で口元をおおい、本人としては薄暗い中で、充分に化粧をしたと思っている。
しかし、男が見ると、眉墨もまだらで、しかも指の跡も残っている。
墨で真っ黒になった顔で、瞬きをしているのである。
男は、それを見るなりあきれかえってしまった。
どうしてこんな状態なのかも、よくわからない。
「いったい、どうしたらよいのか・・・」と思うが、新く妻となる娘の化け物のようになった顔や、部屋の中を見わたすと、恐ろしいと感じてしまう。
「わかりました・・・また、いずれしばらくしてから・・伺うとしましょう・・」
とても、気味が悪いので、そのまま帰ってしまった。
新しい妻の両親(上役夫妻)が、男が来たことを聞きつけ、娘の所へ顔を出した。
「婿君は、どこにいらっしゃいますのか?」
「いえ、すぐにお帰りになりました。」お付きの女
新しい妻の両親は、あきれてしまう。
「ほんとうに情けの無い人だなあ・・こんな素晴らしい娘で家柄も良いのに」
「それにしても・・・もしや・・・」
一抹の不安を覚え、娘の顔を見た。
しかし、娘は、恐ろしい化け物のような顔になっている。
あまりのことに、上役の夫婦とも、倒れ臥してしまった。
「ねえ・・・どうして、そんな倒れるほど驚くの?」娘
「いったいその顔は、どうしてそんなに・・・」両親も言葉にならない。
「おっかしいなあ・・・、どうしてそんなこと言うの?」
娘は不思議に思いながらも、鏡を手に取り自分の顔を見た。
「わっ!」
娘自らが、あまりの恐ろしさに鏡を投げ捨ててしまう。
「いったいどうしてこんなになっちゃったの?どうして?」
娘は大泣きになる。
ついには、家中の者が集まり大騒ぎになる。
「これは、きっとあの身分の低い古くからの妻の仕業」
「婿君が、お姫様を嫌いになるような呪いを、ずっと行っているという噂もある」
「きっとそれに違いない。」
「そしてついに、婿君がお見えになった途端、その呪いが効果を出して、姫君のお顔がこんなになったのでしょう」
と、様々に理屈をつけて、ついには呪いを除こうと陰陽師を呼んだりして大騒ぎが続いた。
そうやって大騒ぎをしていると、姫君の顔の涙の流れた跡が、いつもの肌になっている。
少しは冷静な乳母が、白い紙を揉みほぐして姫君の顔を拭き取ると、すっかり普段の肌となった。
この話は、世間の評判ともなった。
「姫君が恐ろしいことになった」と、この家の者たちが大騒ぎしたことや、顛末などが、興味を引いたのであろう。
また、上役自体が政変に巻き込まれ、左遷となってしまった。
男は古くからの妻を呼び戻し、再び一緒に暮らすことにした。
男の両親や親戚から、少々不満の声はあったものの、男は仕事に本当に熱心に精励し、昔からの女は懸命に男を支え、男の両親にも尽くした。
女の出自に関する不満は、すぐに消え去ってしまった。
男は、仕事の確かさ故、縁戚関係に頼らず、立派な出世を成し遂げた。
そして、古くからの女と生涯睦まじく暮らしたことが、記録に残っている。
※堤中納言物語「はいずみ」をアレンジしてみました。
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