第30話夜11時のブラームス

冬のコンサートも近い。

オーケストラの練習が終わり、いつもの喫茶店で仲間が固まって雑談をして帰る。

御茶ノ水駅の時計は、既に夜10時を指している。


「お疲れさま、ラッキーだね」

何とか座れて良かった。

二人並んで座る。

それでなくても、中央線は揺れるから。


「どうして黙っているの?」

美紀の顔が浮かない。

美紀は何も話さない。

「そりゃ、ブラームスのヴァイオリンパートは難しいけれど」

「がんばっていたと思うよ」

思いつくかぎり、浮かない理由を探る。


新宿あたりでやっと美紀が口を開いた。

「そんなことじゃなくて」

少々お怒り気味だ。

口を挟むのも、怖ろしい。


「お茶飲んでいる時だって、席が離れているし」

「私の隣は陰険なコンマスだし、もう皮肉ばっかり言われて」

「変に疑ってくるし、電車が一緒だけなのに」


「違うって言いきればいいと思うけど」

「そんな事実もないしさ」


「ヴィオラの奈津美さんと、笑ってお話していたし」

「それも、ずーーーーっと」

「私と電車乗っている時より、話が盛り上がっているし」

「・・・もう・・・一緒に帰らない」


「夜だし、危ないから、アパートまでは送るよ」

少し強引に・・・はじめて、美紀の手を握る。


「やっとだし、だから困るの」

美紀は、思いっきり握り返してくる。


自分のアパートについた時は既に11時。

ブラームスを聞きたくなった。

交響曲第四番第一楽章

ヘッドフォンを通しても、ほろ苦く、そして甘い。

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