第14話Calling You(4)抱擁
船の到着を告げるサイレンが鳴った。
曇天である。風も吹いている。
雷も鳴るかもしれない。
女は船着き場目指して必死に走った。
走る耳に、船の破損や怪我人の噂が飛び込んでくる。
女は唇を噛みしめる。
ナリフリかまわず走る。
1メートルでもいや1センチでもあの男の近くに行きたい。
「私でなきゃ」
他の女の誰があの男を救えるのか
あのバカ男
バカ男だけど
バカ男だけど
心配で心配で、しょうがない
船着き場が見えてきた。
かなりの人だかり・・・
泣き崩れている人もいる。
おそらく命を落とした船乗りの家族か。
女の心臓は、はちきれるほどに脈を打つ。
「・・・いない・・・」
破損した船が目の前にある。
出迎えの家族たちも、少しずつ数を減らしている。
「海に落ちた男も何人かいるそうだ。」
引き返す人々の言葉が、女の心を突き刺す。
「・・・え・・・まさか・・・」
降りて来ない、いないのは海に落ちたためか
「それじゃ、この後、どうしたら・・・」
「それとも・・」
自分より船着き場近くに住んでいる他の女の顔が浮かんだ。
「取られちゃったのか・・・」
しかし、すれ違うことはなかった。
男を見失うなんてことはありえない。
「いないことには変わりがない」
周りを見回すと残っているのは女だけだ。
女の膝がガクガクと震えた。
もう、立っていられない・・・
涙も止まらない。
「あのバカ男」
女は船に背を向けた。
よろける足で歩き出す。
「え・・・」
男の声が聞こえる。
歩き出した女の耳に、自分の名前が聞こえている。
あの男の声だ。
女は振り返り船を見る。
「あんた!」
松葉杖をついた男が降りてくる。
顔色も良くない。
歩き方も不器用だ。
女はまた走った。
「支えなければ・・・」
「なんとかしなければ・・・」
「ごめん」
男はよろけながら女を抱きしめる。
「うん・・・」
女は言葉が出せなかった。
ただ必死に男を抱きしめるだけだ。
女は顔を男の胸に埋めた。
男のシャツが涙で湿っていく。
曇天に少し光が差している。
「カーン カーン カーン・・・・・・」
山の上の聖母教会から厳かな鐘の音が聞こえてきた。
(終)
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