第14話




     8



「おわ、すっげぇ重いよ、タッチャン。これ重い」

「ほんと、米袋運んだ時みてぇだな」


 二人組はそう言って赤いトランクケースを運んでいた。

 慌てず急がず、しかし決してゆっくりでは無い歩幅で。


 彼らはノッポと寸胴の二人組。人相もこれと言って悪くはない。背格好や身なりも極々平凡だ。だが、卑劣な置き引き犯だった。


 ぱっと見はロクデナシに見えないのが、ロクデナシというものである。


「ちょろいもんだったね」

「おう、まったくだ。不用心すぎるぜ」


 やれやれと寸胴マッチョが言うと、ノッポは首を傾げた。


「でもさ、タッチャン」

「なんだ?」

「女子高生のトランクなんかかっぱらっても、金目のものは入ってないんじゃ?」

「わかってねぇなぁ」

「?」


 眉根を寄せるノッポに、寸胴マッチョは下卑た笑みで答えた。


「へっへっへっ、こいつは海外旅行用のトランクだ。ほらみな、このロック。こいつはな、TSAってんだ。行き先はグアムかハワイかサイパンか、とかく貧乏人じゃねぇ」

「すげぇ、すげぇ、やっぱタッチャンは何でも知ってるぜ!」


 二人のロクデナシは裏路地に入っていた。人目にはつかない。

 獲物を物色するには絶好の場所だった。


「いいか、海外旅行なら、服を必ず入れる。女子高生の……それもお嬢様の服だ。それにこの重さ。明らかに、お土産が入ってる。つまり、それは帰国後って事だ。わかるか? 使用済みの服が入ってるって事に違いねぇのよ」

「おお! なるぅ、タッチャン賢ぇ」

「さっきの女の子の写真、撮っといたろうな? 片方はお淑やかなハーフの美人さん、もう一人は地味だけど清楚で、なかなか可愛い系だった。あの子らの服なら、高く売れるぜ! 俺にはそういうツテがあるのよぅ」

「変態だぁ、タッチャンはやっぱり変態の天才だぁ!」

「おうよ! さあ、さっそく中身を頂いちまえ」

「さっすがタッチャン! 発想が違――……ん?」


 ノッポが称賛を止めて、横倒しにしたトランクを見た。


 ぬーっ、ぬーっと音がしたのだ。

 スマホの音だ。


 自分たちのものではないぞ。

 と、ロクデナシの二人は首を傾げた。


「トランクの中に……スマホ?」

「あれ、鍵してないよ、このトランク」

「まったく不用心だなぁ。まあ、壊す手間が省けるけどよ」

「そだねぇ」


 ノッポが呑気に相槌をうち、トランクを開けて、ばたんっと閉めた。

 顔面が蒼白になっている。


「どした?」

「ひ、人……入ってた……」


 ノッポの答えを、寸胴マッチョは笑い飛ばした。


「おまえなぁ、ギャグやるにしても、もうちょっと捻ったギャグを――」

「ほ、ほんとに、入ってるんだよぉ、タッチャン……」

「…………は?」


 寸胴マッチョが開けて、閉める。

 見合わせた顔はノッポと同じく蒼白だ。


 中には少年がいた。小柄だった。

 ぴくりとも動いていなかった。

 事件のにおいしかしない。


 ロクデナシの二人は、置き引きのつもりだった。つまり、遺失物等横領罪だ。あるいは窃盗罪。だが横領や窃盗と、略取誘拐では罪の重さはまるで違う。窃盗は罰金刑で済む事も希にあるが、略取誘拐はそんな甘いものでは絶対に済まない。


 ブタ箱への特急切符である。


「ちょ、これ、しゃれになんないぞ!?」

「やべぇ、やべぇよタッチャン!?」

「さ、さっきの女の子がどうして!?」

「華奢で可愛い系だったのに!?」

「近頃の女子高生は進んでるって聞いてたけども!」

「こ、こんな方向性なの!?」


 ちょろい獲物のはずが、とんでもないジョーカーを引いてしまった。

 と、二人は慌てた。


「け、警察に行かないと、タッチャン」

「行けるかこの馬鹿っ!」

「じゃあ、どうすんの、コレ!?」

「ど、どうするってお前、そりゃ――」

「よろしいか? お二方」


 背後からそう声をかけられ、二人は飛び上がって驚いた。

 いつの間にか人影がすぐ傍まで近づいていたのだ。その人影が、十代半ばの少年だと気付き、ロクデナシの二人組はほっと胸をなでおろす。


 少年はかなりの美形であった。

 気の強そうな顔立ちでもなく、ごつい体格でもない。寸胴マッチョとノッポはそう値踏みしたのか、この少年を追い払おうと目配せした。


「っんだぁ、テメエはっ」


 先手必勝とばかりに、ノッポが威嚇した。長身を利用して上から少年を睨みつけるものの、少年はこれといった怯えなど顔には出して居なかった。


「取り込み中の所、申し訳ない。ただ、そのトランク――」

「トランクがなんだ、コラっ?」

「知り合いの持っていた物に似ている」

「ああん!?」

「柄もそうだが、何より傷み具合がそっくりだ」

「おい、おまえ!」


 寸胴マッチョは凄んだ。

 顔つきが変わっている。寸胴マッチョには異様な迫力があった。


「ひっこんでな。俺ぁな、変態の天才タッチャンって、仲間内じゃ名前が通ってんだ。相手を見て難癖はつけな。でねぇと……わかるな?」


 寸胴マッチョは不気味な笑みを浮かべていた。

 普通の高校生なら、この脅しで引き下がったかもしれない。だが、二人組の前に立っている少年は、誰あろう山下であったのだ。


「……違うな」

「なに?」

「漂ってこない」

「は、はあ?」

「香りが、あなたからは漂ってこない」


 意味不明な発言である上に、山下は静かな声音だ。しかし奇妙な迫力があった。少なくとも、ロクデナシの二人組をひるませる程度には。


「……な、なに言ってやがんだ、おまえ?」

「あなたのそれには、熟考の香りが感じられない。着飾って誰かに見せびらかしたいだけの、流行り廃りであっさり忘れられるものに似た……個性は浮つかない。あなたは渇望していない。羽織り方で悩んでいるだけ。そんなものとは違う」


 山下は自嘲するように続けた。


「そう、違う。外側に羽織るものとは。内側にこびりつくものだ……」


 山下は遠くを見るような目をしていた。


「た、タッチャン……こいつ、なんか変だよ……」

「お、おう。に、逃げっぞ!」


 追い払うよりも、自分たちが逃げた方が手っ取り早い。このトランクケースは変だ。気味が悪い。これ以上関わるのは面倒だ。と判断したのだろう。

 ロクデナシの二人は怯えて走り出し、裏路地から姿を消した。


 ぽつんと残されたトランクケースを、山下は見た。

 やはり似ている。


 一度見ただけだが、車輪周りの傷み具合がそっくりだ。もし森田君の持ち物であるなら、中に何かしらの痕跡があるかもしれない。


 山下は屈んだ。

 そしておもむろにトランクを開けると、目が合った。


 寝ぼけ眼を擦っている森田君と。


「…………」

「…………」


「ちょっとキミ、そこで何をしているのかな?」


 その声は不意打ちだった。

 山下の背後からだ。


 とっさに山下はトランクをぱたんっと閉じた。


 慌てて振り向きそうになる己を制し、ゆっくりと首を曲げる。背後の人物に自らの動揺を悟られてはいけない、と山下は直感していた。


 聞き覚えのある声だったのだ。

 それも、強烈な印象と共に記憶している人物の声だった。



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