第二章
第8話
6
スタント部の面々にお願いして、見せてもらう事になった。
十メートルの高さからだと、地面がどう見えるか、を。
ヨロズ先輩と森田君は、自らが相当な無茶をしようとしていると実感した。たった十メートル。目標の高層ビルの三分の一の高さ。にもかかわらず、心理的な影響も加わってか、真下の衝撃吸収エアバッグはかなり小さく見えた。
「三十、四十メートルになると、もっと大きなエアバッグを使うんですが、それでも、それがマッチ箱くらいに見えるんですよ」
と、スタント部の部長は言っていた。
この結果を受けて、森田君とヨロズ先輩は計画の見直しに迫られた。
「先輩、高層ビルの屋上はまずいです」
「そうね」
「突き飛ばすのでは危険すぎます。先輩が落下をコントロールできません」
「ええ」
「地上との距離が離れれば離れるほど、風によって落下場所が大きくずれてしまうでしょうし。何十メートルもの落下なんて、素人には難しすぎます」
「これは、考えないといけないわね」
「バンジージャンプ的なモノでは駄目なんですか?」
「命綱はつけたくないわ」
ヨロズ先輩のこだわりが炸裂している。
「森田君、今回は、飛び降りに関しては私がやらねばならない事だから。アクション・スタント部の特訓を受け続けるつもりよ。だから、森田君が試してみる必要はないから、そのほかの部分で森田君には協力してほしいの」
「はい。わかりました」
森田君は素直に頷いた。
まずは自分の身体で試してみる、それが森田君の行動指針であった。が、ヨロズ先輩がそう言うのであれば、頼る事も必要だと考えたのだ。
「先輩みたいに運動神経は良くないので。ボクも、その方が助かります」
「その、もし人手が必要なら、わたしが――」
「いえ。先輩はスタント部の方々と、特訓してください。先輩の目の付け所はとても良いです。スタント部の方々を、より強く味方に引き込んでください」
「……で、できれば……くんと、い、一緒に……」
「先輩、どうしたんです?」
「私のお願いである以上、私が一番体を張るべきなのだから、大変な事ならその、なるべく私が……森田君と一緒に、その……」
いつになく歯切れの悪い言い方だった。
ヨロズ先輩らしくない。
「大変じゃないですよ。もう慣れましたから」
「けれど……」
「生徒会の業務と要領は似ているじゃないですか」
「そう、そうね……手分けしてやったほうが、効率よく出来るわね」
「はい。任せてください」
森田君はそう言ってヨロズ先輩と別れ、協力者の元へと向かった。
なんだか森田君はうれしかった。
足取りも、とても軽い。
なぜうれしいのかと少し考えて、思い至る。ヨロズ先輩の方からああいう風に言ってもらえるなんて、そういえば今までなかったのだ。
教室にはいなかったが、人づてに聞いて回ると、協力者は昼休み中に見つかった。校舎裏の木の下にある、平たい石の上で座禅を組んでいた。
顔立ちは文句なく美形である。性格も漢気に溢れている。だが、それだけで人気者になれると思ったら大間違いだという生き証人、それが山下だった。
「山下、実はまた、手伝ってほしい事ができたんだけど、いいかな?」
「……すまない、森田。今は無理だ」
「え?」
まさか断られると思っておらず、森田君は目をしばたかせた。山下の表情はいつもと変わり無いようだが、少し落ち込んでいるようにも見える。
教室で声をかけても山下はずっと上の空だった。
いつものように奇怪な言動をしないものだから、かえって先生やクラスメイト達が「あいつ、大丈夫なのか?」と心配そうに森田君や生瀬さんに尋ねて来たほど。なにやら山下に避けられているような気もして、森田君は静観していたのだ。
(いやいやっ、そうだよね!)
自らの傲慢さに気付き、すぐに森田君は考えを改めた。
(山下にだって事情があるわけだし、忙しい時だってあるに決まって――)
「俺は未熟者だ。お前のような高みへと上るには、まだまだ足りない」
「……た、高み? 未熟者?」
森田君は聞き返した。
断られる理由が森田君の想像していたものと違う。
というより、いつ山下のレベルを超えてしまったのか……
「今の俺では、きっとお前の足を引っ張ってしまうだろう」
「い、いやいや……まぁ、最近色々あって自分自身でも結構アレな方の人間だなぁとはボクだって思い始めたけど、さすがに山下には敵わな――」
「そう謙遜するな」
(謙遜とかではない……)
「お前の目を見ればわかるぞ、森田。男子三日会わざれば括目してみよ、とは良く言ったものだ。その双眸、もはや常人の領域ではない」
とんでもない人物の、とんでもないお墨付きだ。
森田君はかるく絶望した。
のぼりつめるのと転がり落ちるのは、ほんの一瞬の出来事だと聞いた事はあるものの、これが登った結果なのか転げ落ちた結果なのかは分からない。
「待っていてくれ、森田。必ず、俺はお前の高みにまで上っていく」
「……う、うん……?」
森田君は青ざめながらも、辛うじて頷いた。
「そ、そっか……まって、るよ。山下……」
「青は藍より出でて藍より青し……か。喜ばしい半面、悔しくもあるものだな」
森田君の心情としては全面的に悔しかった。
いつの間に山下から出でた事になっていたのか、森田君は小一時間ほど問い詰めたかったが、止めておいた。
山下が青春を噛み締める感じの表情をしていたのだ。
(ま、まさか山下の協力を得られないなんて……)
目算が外れてしまい、森田君は焦った。
こうなれば仕方ない。
森田君としては信仰する天使に頼るしかなかった。
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