第16話




     14



 森田君は始業式を終えて、生徒会室の清掃も終え、学生食堂を貸し切って行われる忘年会の飾りつけのため、作っておいた飾りを取りに空き教室へと向かっていた。


 森田君の隣には、ヨロズ先輩もいた。

 ヨロズ先輩が「手伝うわ」と森田君についてきてくれたのだ。


 空き教室について、飾りの入った段ボールを森田君が担ごうとした、その時だった。


「今日の夜、決行よ。森田君」


 ヨロズ先輩のその一言を、森田君はすぐに飲み込めなかった。

 コンクリートで足を固めて沈む事をヨロズ先輩が言っているのだと気付き、森田君は意識が遠のいていくような心持ちになった。


「……あ、あの、先輩。今日、なんですか?」

「え? ええ、その為に、イヴの予定を空けてくれたのでしょう?」

「え? ……え、ええ。まぁ……」


 森田君は辛うじてそう言った。


 クリスマス・イヴの日に、寒空の下でコンクリートをこねる?

 今日は朝からずっとそわそわしていたのに。ヨロズ先輩とイルミネーションを見に行こうかと、プレゼントや、ささやかなサプライズも用意していたのに……


 すべて、無駄骨?


 ヨロズ先輩は今日をそんな日だとは考えていなかった。

 たしかに二人きりで過ごす事にはなるけれど。


(そんなのって……)


 揺れ動く自分の心を、森田君は上手く御せなかった。

 納得がいくまでコンクリートや潜水に関して色々と試行錯誤し、道具を揃えたり作ったりしていた。結果として、当初の予定からずれ込んでいた。


 決行の日はてっきりクリスマス・イヴの後か、あるいは年明けだとばかり森田君は考え始めていたのだ。よりにもよって、クリスマス・イヴだとは……


(この日のために……がんばって来たのに……)


 ヨロズ先輩から衝撃的な言葉を受けて、森田君はどこをどうしたものか。学生食堂の飾りつけもそこそこに、いつのまにか、森田君は非常階段の踊り場に腰かけていた。


「森田、何をしている?」


 うなだれる森田君へと、そう声が掛けられた。

 森田君がのろのろと振り返ると、そこに山下が立っていた。


「学生食堂で忘年会じゃなかったのか? 準備を手伝わなくて良いのか?」

「……ちょっとね、休憩してるんだ……」


 そう言って微笑んだ森田君をしばらく見つめ、山下は近くに腰を下ろした。

 山下は森田君の様子から、何かを感じ取ったらしい。


「話せ。抱え込んでも、どうにもならない」


 山下の意志は堅そうだった。

 森田君が口をひらかなければ、ずっと傍に座り続けるぞと言わんばかりに。この前もそうだったが、山下の男気に森田君は何度も救われている。


 森田君は口を開いた。


「……今日のためにさ、がんばってきたんだ。大切な人も、そう考えてくれてるって思って……でも、違ったみたいでさ。想ってきたつもりだったんだけど、ぜんぶ、ボクの独りよがりだったみたいで。……ボクは、その人のなんなんだろうって……」

「森田……」


 珍しく逡巡する様子を見せた山下は、しかしすぐに強い眼差しを森田君へ向けた。


「与えて減ったと感じるなら、それはおそらく愛ではない」


 山下の言葉は、森田君の心に妙な角度で食い込んだ。鋭く、痛く、キザキザしていて引っかかり、一度刺されば引き抜こうとしても引き抜けない。

 けれど、とても大切な言葉だった。


 その言葉をうまく咀嚼しようとする森田君へと、山下はさらに続けた。


「森田、お前は何を求めているんだ? 世間で流行っている格好を真似たいだけか? 相手を想えば想われて当然……そんな考え方は、幸せな自分を彩るために、周りを自分好みの絵の具で塗りつぶすような行為だとは思わないのか? 想うという事は、自分以外の彩りの素晴らしさに気付いていく事じゃないのか?」

「…………」

「そんなザマでは、女王様の放置プレイについていけないぞ、森田」

「っ!?」


 森田君は目を瞬かせた。

 色々とぶち壊してくれる山下に、しんみりとした雰囲気は霧散した。森田君は面食らいながらも、なんとかお辞儀するので精いっぱいだった。


「……いや、えっと……え? その……アドバイス、あり、がとう…………」

「気にするな。望むように生きられずとも、そこに喜びを見出す事は出来る」


 山下の性格を知らなければ名言と言えるかもしれない。

 森田君は知っていたので、名言以外の何かだった。


 とにもかくにも、森田君は光明を得た。

 初志を貫徹すべきか、否か。


 原点に立ち返れば答えは一つ。


(一度そうと決めたら、全力でやり抜く……!!)


 森田君は揺らぐ心を叱咤した。


 おそらく、風紀委員会が徐々に包囲を狭めてきている。川での一件を警察屋さんに目撃された以上、保羽リコへと情報が行くだろう。それを香苗が見逃すはずはない。


 向こうは何かしらの手を打ってくる。


(思い返せば、生瀬さんとの美術室での一件を第二新聞部にすっぱ抜かれたのも、おそらく、香苗さん辺りが動いていたからじゃないか? くそっ、イヴの事で舞い上がって、よく考えて居なかった……風紀はもう、こちらの事情をかなり掴んでいるはずだ……)


 森田君は考えた。

 手遅れかもしれないという恐怖を振り払い、先を鋭く洞察しようと心がけた。


(造写真をすっぱ抜かれた時もそうだけど、まったく気づかなかった。風紀の手の内に優秀な隠密がいると見て間違いない。という事は、どこへ向かうかも目星をつけられているかもしれない。……リコ姉ぇが動いて来るのなら、ボクを狙うはずだ)


 そう考えて森田君は非常階段を駆け下りた。

 目指すは学生食堂だ。


 そして、料理部の手伝いをしていたその人の元へ、森田君は駆け寄った。


「生瀬さん、話しがあるんだ!」


 森田君が呼びかけると、エプロン姿の生瀬さんは鍋をかき混ぜる手を止めた。目をぱちくりとさせる生瀬さんへと、森田君は手短に事情を話した。


 森田君が今考えついた作戦には、どうしても生瀬さんの協力が必要だったのだ。





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