第21話




     18



「怪しい。怪しすぎるっ……」


 保羽リコは椅子に腰かけ、香苗にそう言った。

 月曜日の昼休みだ。


 風紀委員会室のブラインド越しに声が聞こえている。運動場で遊ぶ生徒たちや、部活の練習に励む声だ。明るいその声とは真逆の雰囲気を、保羽リコは漂わせていた。


「銀野ヨロズと清太は、絶対におかしい。何かを隠してるっ」


 保羽リコは机をどんっと叩いた。


「この前も清太の家に、銀野ヨロズが訪ねてきてた……」

「そりゃまぁ、不自然ってほどじゃないでしょ。あの二人、生徒会役員同士だし」


 香苗は興味なさそうに、事務仕事で机に目を落としたまま答えた。


「銀野ヨロズは私に用があったのよ? ご飯食べて仲直りしましょう、って」

「……へぇ。で、したの? 仲直り」

「まさか」


 保羽リコが首を横に振ると、香苗は「だろうね」という目をした。中学の時から保羽リコとヨロズ先輩は馬が合わず、お世辞にも仲が良くない。


 保羽リコはさらに続けた。


「それに、生瀬も清太の家にいて……」

「生瀬ちゃんが?」

「なんか……今にして思えば、様子が、変だったような気がするし……」


 保羽リコは休日の一件を思い出しながら言った。

 書類に目を落としていた香苗が、机から目を上げた。


「んー、でもまぁ、確証がある訳じゃないしね。風紀の子たちを動かすのも、ねぇ。相手が相手だけに、慎重に行かないとヤバいわよ」


 欠伸を噛み殺しながら、のほほんと香苗が続けた。


「風紀委員たちを使って動いたとなったら、下手すりゃあんた、生徒会長に濡れ衣着せたって事になって首が飛ぶのよ? いままでのキャリア、全部おしゃかよ? あんたが一人でアホ言ってるのとは、わけが違うんだから、さ」


 香苗に念を押されても、保羽リコは怯まなかった。


「そのくらいの覚悟、いつでもしてるわよ」

「そもそも私らの管轄って、校内と通学路でしょ? それ以外で風紀の子たちを動かして、何にもありませんでしたじゃ、それだけで責任問題になるし」


 香苗が手をひらひらとさせると、保羽リコは腕を組んで口元を引き締めた。


「活動範囲が狭すぎるのよ。取り締まれるモノも取り締まれなくなる」

「風紀の活動範囲の拡大に関しては、まだ生徒議会で審議中の案件でしょ? 私らは現行のルールに従って現行のルールを守らせるのが仕事よ」

「色々手はあるでしょ。競技自転車部が練習に使う範囲は広大よ。部活動の行動範囲なら風紀の管轄内とねじ込む事もできる」


 保羽リコがそう言うと、香苗は思い悩む顔をした。


「できるにはできるけど、グレーゾーンよ。どちらにしろ、危ない橋を渡る事になるし、動かせる人員は限られて来る」

「びびってんの? 香苗」


 保羽リコの軽い挑発に、香苗は余裕の表情で頷いた。


「飼い犬が飼い主に噛みつこうってんだから、そりゃ慎重にもなるでしょうよ。噛み方をミスったら、こっちはもれなく狂犬病認定をくらって、保健所行きになんのよ?」


 香苗の言葉には一理あった。

 それはそうだけど、と保羽リコは何度も頷いた。


 日戸梅高校は三権分立だ。

 教職員などが司法機関であり、各クラス委員長や部活動の長によって開かれる議会が立法機関、そして行政機関であるのが生徒会長を頂点とした生徒会だ。


 風紀委員会は生徒会の傘下にある。

 副会長や会計・書記などと同じく、風紀委員長の任命・罷免権も生徒会長にある。


 しかし、日戸梅高校には奇人・変人が多く、暴走する変態どもや部活などが後を絶たず、風紀委員会の取り締まりが無ければ様々な問題に対処できない。そのため、風紀委員会は生徒会傘下の委員会の中では独特の力をもっている。


 風紀委員会には、特別に専用部屋まで与えられているのだ。

 日戸梅高校の治安が乱れた場合、風紀委員長の任命責任者である生徒会長の失策と見なされてしまう。そのため風紀委員長は代々、風紀委員会の実力者から選ばれるという暗黙のルールまで出来ているほどだ。


 風紀委員会は生徒会長の意のまま、という存在ではない。風紀委員会によって失脚した生徒会役員、クラス委員長や部長は少なくないのだ。


 保羽リコは組んだ腕をほどき、顎に指を当てた。


「風紀としての勘がびんびん反応してるのよ。なにかそう、とてつもない事が地下で進行しているような……日戸梅高校を揺るがすような大事件の匂いが……このまま捨てておけば、清太がとんでもないことになってしまうような、そういう感じがするの」


 大仰な保羽リコの物言いに、しかし香苗は笑わなかった。


「んー、まあ、あんたそういう嗅覚だけは人一倍だもんね。それで風紀委員長になったようなもんだし。厄介な人間の思考は同じような人間の方が読みやすい、みたいな?」

「褒め言葉と受け取っておくわ」

「どうやってそう受け取ってくれたのかは分からないけど、どういたしまして」


 香苗の皮肉が聞こえていないほど、保羽リコは考え事をしつつ、机の上に唸りながら突っ伏していた。無い知恵をひねっても、結局、ないものはない。

 昼休みが終わる直前にがばっと跳ね起き、ふっきれたように保羽リコは言った。


「グダグダ策を弄するより、やっぱり、清太に直接ぶつかった方がいい」


 それが保羽リコの結論だった。

 実行に移すには、放課後まで少々待たねばならなかったが。





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