第9話

 ビルの中ほどに設置された大きなディスプレイにCMがずっと流れている。それを眺めながら、彼が来るのを待っていた。

 待たされるのはいつものこと。遅刻してくるのが分かっているのに、わたしは必ず三十分前までに約束の場所にいる。家にいたってしょうがないし、早く彼に会いたいと思うからこそ、準備を整えたらすぐに出る。ちょっとでも早く会いたいし、ちょっとでも長く彼の傍にいたい。

 それがわたしの幸せ。

 つい先ほど救急車やパトカーが彼の家の方向に走っていったのが気に掛かるが、たぶん関係ないだろう。信じているからこそ携帯電話に連絡はしなかった。

 自立型自動人形のCMが終わったとき、彼はやってきた。

「また遅刻よ。さっき救急車が走っていったから心配しちゃったわ」

 小さく膨れてわたしが言う。

「あぁ、交通事故だな。オレの目の前で起こってさ。でも、轢かれたのがお前じゃなくてよかった」

 ぶっきらぼうな彼の言い方。

 だけどその台詞が一番の幸せだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る