第14話 遺品
ある日、真純が佐野専左衛門宅の下宿に戻ると、専左衛門の知り合いの男たち数人が酒を飲んで話し込んでいた。
「あら真純さん、お帰りなさい。今日はずいぶんと遅かったのね。真純さんのことを待っていたのよ。」
専左衛門の妻が酒を運びながら真純を迎えた。真純もつまみを運ぶのを手伝い、客間に行って挨拶すると、専左衛門が真純の隣に座り込んだ。
「真純くん、あちらは柳川熊吉さんだ。あんたが土方君の遺体のことを気にかけていたから、呼んだんだ。」
髪が薄く小柄できっぷのいい男が、真純に笑顔を向けた。
柳川熊吉は、江戸浅草の出身の任侠で榎本武揚ら旧幕臣と交流があり、五稜郭築城のため人を集めて箱館へ渡った。榎本らが降伏した後、旧幕軍兵士の遺体の埋葬は禁じられていたがそれを無視して、子分や住職たちと実行寺や称名寺などに仮埋葬した。熊吉は新政府軍に捕縛されたが、彼の行動に心を打たれた新政府の官吏によって釈放されたのだった。
「熊吉さん、その中に土方さんの遺体はありませんでしたか?」
真純が身を乗り出して尋ねた。
「土方の遺体があったら仲間が何か言って来ただろうが、そういった話はなかった。あの時は五稜郭も市中も混乱してたからなぁ。」
「・・・そうですか・・・。」
熊吉も土方のことは知っており、いまいましい表情をしている。
(ということは、やっぱり五稜郭のどこかに土方さんは埋葬されたの?)
「まぁ、そうがっかりするな。織田信長だって遺体はみつかっとらんだろう。世に名を残す武将とはそういうものかもしれん。」
専左衛門がなぐさめようと、真純の盃に酒を入れた。
「綾部君。五稜郭で遺体を回収した時、拾った遺品を実行寺の住職が預かっている。」
(※フィクションです)
真純は次の日早速、実行寺を訪ねた。
実行寺の仮埋葬の地に花を手向け、手を合わせた後、真純は住職から遺品を見せてもらった。
「これらはみんな五稜郭に落ちていました。」
風呂敷の中から出てきたものは、血のにじんだ手ぬぐいや軍服の切れ端やボタンに帽子、巻物など様々である。その中に、懐かしいものを見つけた。土方の誕生日に真純が贈ったお守りである。土の跡があり、少し折り曲がっていた。
「このお守り・・・。」
「それは私が見つけました。」
「五稜郭のどの辺りですか?」
「そうですねぇ…確か、太い松の木が近くにあったと思います。」
真純は五稜郭内の配置を思い出す。松の木があった場所…。
真純は、霧が晴れる思いだった。土方の遺体は五稜郭に戻っていたと信じたい。
「そのお守りは、幼い娘父親に贈ったものでしょう。よく見ると熊が緑色をしている。」
「それ、蛙なんですよ。」
土方が無事にカエル(帰る)ことを願って作ったものだった。
真純は目に涙を浮かべながら、笑って答えた。
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