第10話 上京

 斎藤が家へ戻ると倉沢や時尾たちが起きて、斎藤の帰りを待っていた。皆、真純の置手紙を読んで状況を悟っていた。

「藤田さん、真純さんは?」

 盛之輔が手紙を握ったまま尋ねた。斎藤は答えない。

「追いかけなくていいんですか?」

「いいんだ。盛之輔、稽古を始める。」

「藤田さん!」

 何か言いたげな弟を時尾が止めた。

「斗南にいて、真純さんはいつも勇敢で明るかったわねぇ。」

 克子は目頭を押さえている。

 庭で斎藤と盛之輔が打ち込み稽古をしているのを、倉沢は静かに眺めていた。


 数日後、上田と倉沢の計らいで、やそが倉沢の家に同居することになった。上田の家が地元の農家に間借りしていることもあって狭く、やそと斎藤がそばにいられるようにとの配慮もあった。

「では。」

 野良着姿の斎藤がそういい残して出て行くのを女たちが見送った。

「時尾さん、藤田様はいつもあんなご様子ですか?」

 やそが時尾に尋ねた。

「えぇ、藤田様は無口な方です。」

「真純さんにも?・・・あ、いえ、別に変な意味ではなく・・・。」

「どなたにも対してもそうです。やそさんが気になさることないですよ。」

 時尾はやそを励ましたが、斎藤は真純がいなくなってから家の者に混じって会話することも減り、一人考え事をしていることが多かった。

「私のせいですよね、真純さんが出て行ったのは。」

「やそさん―」

「真純さんのこと・・・うらやましくもあり、ねたましくもありました。いつも藤田様のそばにいられて、芯が強くて。真純さんは優しくて何があっても『大丈夫』って言ってくれて・・・実際そうでした。そういうところをきっと藤田様も・・・。」

 やそは口元を押さえ、泣くのをこらえる。

「人の気持ちは、思い通りに行かないものですわね・・・。」

 時尾がやその肩を抱いた。


 ある日、畑仕事を終え鍬を担いで帰ってきた斎藤を倉沢が迎えた。

「五郎には鍬よりも刀の方が似合うてるな。」

 斎藤はうなずいて裏の物置小屋に行き、木刀を取ってくる。

「仕事して帰ってきたばかりなのに、また剣術の稽古か。」

「はい。」

「そんなにこの家の居心地が悪いか。」

「倉沢殿、どういう意味ですか。」

「やそのことだ。同居して顔を合わせたくないか。」

「いえ、そのようなことは。」

「ならば、縁談を前向きに考えろ。」

「倉沢殿、拙者の意思は変わりません。」 

 はぁ、と倉沢がため息をつく。

「藩の廃止に伴い、明治政府から容保公に上京命令が出されたそうだ。五郎、お前が容保公の警護につけ。久しぶりに外の空気を吸って来るといい。」

「わかりました。」


 斎藤は容保父子らがいる田名部へ出発する前に、やそを裏庭に呼び出した。

「拙者はしばらく留守にするが、もしやそ殿が拙者のことを待っていても、何も変わらない。会津藩の名家のやそ殿との縁談は光栄だが、身分のために縁談をする気はない。」

「私は、家柄など考えたこともございません。ただ藤田様をお慕いしています。」

「俺は新選組に居た頃、いやそれ以前からあまたの人間を斬ってきた。それゆえ、敵も多い。俺と縁組してもあんたが身の危険に晒されるだけだ。」

「真純さんは、特別なのですか。」

「あいつは・・・同志だ。新撰組の頃から。」

 やそは以前、斎藤が同志とうまい酒を飲むために生きようとした、と言っていたのを思い出した。

「あの同志の方というのは、真純さんですね。」

 やそは悟った。斎藤の心に自分はいないのだと。

「あぁ。これからも・・・ずっとそうだ。」

 斎藤は空を見上げてつぶやいた。

 それから斎藤は任務のために田名部へ行き、容保父子を護衛し江戸へ向かった。

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