第2話 新生活

それから半年。五戸の農家の空き家を譲り受け、真純は倉沢と斎藤と暮らすようになった。住まいも食料も乏しかったがどうにか生きていくことはできた。会津藩士の斗南への移住の世話役をした倉沢は、斗南藩小参事となっていた。斎藤は知る人ぞ知る新撰組での功績が認められ上役の警護をする傍ら、他の藩士とともに農作業を手伝ったり行商をしていた。真純は家 の切り盛りしながら、農作業を手伝ったり病人を看ることもあった。

「真純、あんたの刀を貸してくれないか。」

「今日は、どなたか護衛のお仕事ですか。」

「いや、米の収穫の手伝いだ。」

 この時期、不毛の土地と言われながらも、僅かな田畑を持った農家は米や雑穀の収穫に追われている。斎藤を始め会津藩士はその手伝いに加わり、その収穫物の行商をしたりしていた。 「収穫に刀を使うのですか。」

「あぁ・・・」

 農具が足りず、買う金すらないのだ。真純は斎藤から授かった刀・池田鬼神丸国重を家の中から取ってきて斎藤に渡す。池田屋事件の時真純が持っていた模擬刀は真っ二つに割れ、斎藤が本物の池田鬼神丸国重を与えたのだ。

 斗南では移住者たちと地元の農民との関係を円滑にするために帯刀禁止令が敷かれていた。刀を差していなければ藩士と地元住民が刀傷沙汰を起すこともないだろうと言う判断からだった。斎藤は謹慎の身となってから刀は没収され、護衛の仕事の時のみ帯刀している。

 斎藤は刀の感触を懐かしみ、手にとってじっくり見つめる。

「刀の時代は終わった。この刀が折れて使い物にならなくなるように、武士も行き場を失うのだろう。」

(武士の魂って言われてる刀で稲を刈るなんて、斎藤さんにはやりきれないだろうな。)

 しかし生きていくためには、武士の魂や誇りなどとは言ってられない。

「刀はまた作れます。それに鬼神丸国重で刈った米なんて贅沢ですよ。きっとおいしいはずです。」

 前向きな真純に、斎藤は笑みを浮かべる。

「あんたは不思議なことを言うんだな。では、行ってくる。」

 真純は斎藤の後姿を見ながら思う。刀がなくても、斎藤は本物の武士だと。


 数日後、皆で朝餉を済ませると、倉沢と斎藤は五戸の藩庁となっている代官所へ出かけていった。今日、会津から陸路で斗南を目指していた旧会津藩士の家族が三戸郡に到着し、その中にいる倉沢の家族がここに同居することになっていた。

「にぎやかになるかな…。」

 せんべい布団を干し、家の掃除と食事の準備をしていると突然、扉が開いた。

「真純、すぐ来てくれ。」

 斎藤の声が響いた。玄関で出迎えると、斎藤の後ろに倉沢の家族が5人ほどいる。

「斗南に来る途中で具合の悪くなった者が藩庁に大勢いる。あんたも手伝いに行ってくれ。」

 斎藤が真純をせかした。真純は薬が入っている風呂敷を持って飛び出した。

 真純は松本良順という幕府陸軍の軍医の手伝いをしたことがあり、病人を看た経験があった。医者の免許もない自分が診察するという不安はいつもあるが、苦しんでいる人を目の前にして何もしないでいることも無理だった。

 30分ほど畦道を歩いて茅葺屋根の五戸藩庁に着いた。門の所でやつれた顔をして藩庁を出ていく旧会津藩士の家族とすれ違った。藩庁の広間へ行くと、壁や柱にもたれてじっとしている者や藁の布団に横になっている者がいた。みんな着の身着のままのいでたちである。呆然としている真純に倉沢が声をかけた。

「おぉ綾部くん、よく来てくれた。この町に医者はおらんでな。まぁ、近所の人が粥を作ってくれたんで、大方落ち着いたがな。」

 真純は一人ひとりに具合を尋ねて回った。風雨の中を歩いてきたため風邪を引いたり、空腹のあまり野草などを食べて消化不良を起している人が多かった。真純は東京を出るときに、松本良順から分けたもらった薬があり、それを病人たちに飲ませた。しかし、中にはせっかく新天地にたどりついたのに息を引き取った人もいた。

 夜通し真純は病人の看病に当たった。明け方、体調が回復した人々は宛がわれた住まいに向かっていった。真純が藩庁を出ると、門に斎藤が立っていた。

「斎藤さん、迎えに来てくれたのですか。」

「あぁ。大変だったな。」

「私は皆さんの話を聞くだけで、たいしてお役に立てませんでした。」

「それが何よりの薬だ。」

 二人は家路を歩く。

「・・・松平容保公のお家再興とか家名存続というのが、そんなに重要なんでしょうか。容保さんは永預けとなっても、食べ物には困らないでしょうし、暖かい布団もあって―」

「真純。」

 斎藤は真純をたしなめる。

「皆さん、希望を抱いて斗南に来たのに病気で倒れたり、亡くなられたり・・・あんまりです。」

「再興は許されたが、これは流罪だ。それでも容保公と容大(かたはる※松平容保の実子)様をお守りするのが会津藩士の心の寄り所なのだ。」

「同じ日本国内で、別の土地に行けば飢えや寒さを凌げるところはいくらでもあるのに、どうして斗南で苦難を強いられなくてはならないんでしょうか。私にはわかりません。」

 斎藤は黙って真純の話を聞いていた。

 畦道の十字路を曲がり、家が見えてきたところで斎藤が言った。

「真純、ここでは新選組のことは伏せておくんだ。倉沢さんの家族にもだ。いつ、どこで話が広がり、新選組に恨みを持つ政府の人間の耳に入るかわからぬ。」

 家の扉を開けるといろりには火が灯っており、古い農家の建物に家庭的な温かさがあった。倉沢の家族が玄関前で真純を出迎えた。

「おかえりなさいませ。さぞお疲れのことでしょう。」

 上品な口調で、真純の母親くらいの年齢の女性がねぎらってくれた。

「初めまして。綾部真純といいます。」

「綾部さま、私どもは高木家の者です。娘の時尾を倉沢さまが養女にしてくださり、そのご縁で私どももこちらにお世話になっております。」

 その母親は克子といい、娘の時尾と民、弟の盛之輔を紹介した。時尾は母親に似て品がよく、凛々しさが漂い、民は緊張した面持ちでこちらを見ている。盛之輔は小柄だが武士らしく礼儀正しい。部屋の奥には、倉沢の妻と息子がおり、挨拶した。

「よろしくお願いします。」

 と言って、真純は高木家の面々の顔を見た。皆、優しそうで本当の家族になれそうな人たちだ。真純は急に涙がこみ上げきた。自分でもわからないが泣けてきて、克子が背中をさすってくれた。

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