新選組 夢想録 ~明治編

@kokisa

第1話 斗南へ

「二人とも朝から精が出るなぁ。」

「倉沢さん、おはようございます。」

 古びた農家の戸を開けて出てきた倉沢平治右衛門に、綾部真純が挨拶した。

「五郎の剣の腕をここで埋もらせてしまうのは、もったいないのう。」

 真純は早起きして、五郎と呼ばれた青年と剣術の稽古を終えたばかりだが、彼はまだ竹刀を振り続けている。五郎のその姿を見て、倉沢がため息をついた。

 藤田五郎。元の名は一瀬伝八。元新撰組の副長助勤、斎藤一のことである。


 半年前の明治3年(1870年)4月、東京と越後高田にいる旧会津藩士の謹慎が解かれ、総数約1万7000人の旧会津藩士とその家族が旧南部(旧盛岡)藩領(今の下北半島、三戸、五戸あたり)へ移住することになった。その指揮を執ったのが倉沢である。戊辰戦争で敗れ、降伏した会津藩は旧南部藩領に3万石を得て、「斗南藩」と名づけられた。会津藩士として生きると決めた斎藤は真純を伴い、東京から会津、会津から越後高田に向かい、新潟港から乗船した。

 旧会津藩士たちを乗せた汽船が陸奥湾に入る頃、真純は斎藤とともに箱館方面を眺めていた。

(土方さん…新政府軍に掘り起こされたりしていませんか…。土方さんの言ってたとおり、斎藤さんは生きてましたよ。)

 真純は、箱館で土方の死を見届けたが、自身の怪我も重傷ですぐ箱館病院に送られた。旧幕府軍が降伏してからは五稜郭に近づけず、埋葬された土方の墓参りもできなかった。

 斎藤が遠い目をしながら

「あんたは何度もこの海を通ったんだな。」

 とつぶやいた。

 土方とともに仙台から蝦夷地へ向かった時、箱館から斎藤を探しに越後高田へ向かった時、そして今、斎藤ともに斗南へ。

 会津で戦った斎藤は、越後高田で謹慎となった時、脱走して箱館にいる土方の元へ向かおうとしたのだが、蝦夷地に渡る前に土方の戦死を知った。土方とともに戦えなかったことを今でも悔やんでいるように見えた。

「土方さんが生きていたら…どうなっていたと思いますか。」

「あの人が降伏するなど想像できないが、もし榎本さん達と降伏していたら…斬首は免れないかもしれん。」

「そんな…。」

「新政府軍の長州の連中には、池田屋のことを恨んでいる者もいる。土方さんが生きていれば、そのことも追及されるだろう。」

 真純は池田屋の一件を思い出した。池田屋に長州の志士たちが潜伏していると訴えたのは真純だった。斎藤も池田屋での戦闘に加わっている。

「斎藤さんも新政府軍に見つかったら…。」

「俺はもう斎藤一ではない。」

 斎藤が変名を繰り返しても、斎藤と呼び続けてきた真純にとっては、さびしい一言だ。

「一瀬伝八さん。」

「いや、これからは藤田五郎と名乗る。」

 斎藤は会津藩が降伏した後「一瀬伝八」と名を変えたが、越後高田の謹慎所を脱走しており、別の名前にする必要があった。会津の戦いで行動をともにしたごく一部の会津藩士は、一瀬伝八が新撰組の斎藤一と知っていた。(※斎藤は、会津では山口次郎と名乗っている)

「それも、生きるためですか。」

「あぁ。俺には守るべきものがある。」

 斎藤は、船縁に捕まっている真純の手に自分の手を重ねた。

「斎…藤田さん。」

 真純は照れながら斎藤と眼が合う。

「どうして藤田五郎という名前にしたのですか。」

「南部藩には藤田という名前が多いらしい。五郎は、五番目の名前だからだ。」

「そんな簡単に決めるものなんですか?相談してくれれば一緒に考えたのに、斎藤さんの名前。例えば…ケンイチとかアキラなんてどうですか。ケンイチのケンは『剣』にしたら、かっこいいですよ。それか、『一』があるんだし、最後の名前ということにして『終わり』っていうのは…」

 斎藤が眉間にしわを寄せる。「変ですよね」と自分でオチをつける真純は楽しそうである。

「あんたは、そうやっていつも明るくいてくれ。これから行く斗南でも。」

 暗い表情の藩士達が多い中、明るく振舞える真純がいてくれてよかったと斎藤は思った。

 やがて船は下北半島の野辺地に到着し、斎藤たちはそこから五戸へ移った。

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