秋の空は高すぎる 10
杏奈さんが買ってきたのはトルティーヤ、カボチャパイ、そしてワンダーフォーリッジのスイートポテトのワッフルだった。
「なかなか人が集まってましたよ」
杏奈さんがワッフルを差し出す。僕は涙がこぼれるのが見えないように、がぶりとワッフルにかぶりついた。
半分ほどワッフルを食べ終わったところで杏奈さんをちらりと見る。トルティーヤの2本目を食べ始めるところだった。
「コンパスさんが出していたものです」
そうだったのか。様子を見に行ってきたらしい。トルティーヤを差し出される。そんなにもらってばかりでは申し訳ない。ちょっとばかりの押し問答の結果、トルティーヤは杏奈さんのおごり、カボチャパイを僕のおごりにした。もちろんワッフル代も僕が出す。
「カボチャパイはどこで?」
「園芸部の看板を掲げたグリーンエコです」
パイにかぶりついていたところだったので危うくむせるところだった。きっともう少し餡に砂糖を使って煮込んだほうがおいしい。
「本当は園芸部がカボチャパイを出品しようとしていたようですが、部員数の減少で彼らだけではシフトを回せず、泣く泣くグリーンエコとの共同出店となったようです。ハロウィンが近かったのもあり好評でしたよ。そのおかげでグリーンエコの方とも容易に近づくことができましたし。さすがに売り子なので最低限の謙虚さは見られましたしね」
グリーンエコの評判の悪さは僕の耳にも入るくらいだから相当だろう。とにかく態度が大きいらしいのだ。よく文化祭に出店できたな、と思うけれど、小さな部を丸め込んで実質経営にこぎつけてしまったのか。
「ところでですが、さっきのプレゼンで気付いたことがあります」
またもや僕はむせかえりそうになる。
「杏奈さん?」
「彼らの言う通り暗号は素人が作ったものでしょう。ですが、私はただ単なるいたずら目的という説には首をかしげます。あのカードを作るのにも手間がかかります。加えて、一部はきちんと筋が通っています」
カードを作る手間。単語と数字とカタカナの活字を切り出し、紙に貼ってラミネートする。思えばもう少し簡単な方法があろうに。文字はパソコンで打ち出してプリントアウトするとか。厚紙を使うとか。
「筋が通っている、というのは?」
「カタカナ一文字の部分、あれは次に狙う団体名の頭文字だったのではないでしょうか」
杏奈さんがスマホの画面を見せてくる。ミステリー研究会のノートと似たようなメモ書きを漬けていたようだ。
求人広告 6 ポ ワンダーフォーリッジ
金融 3 コ (SOUND LIFE)ポップロックス
ステルスマーケティング 5 オ コンパス
法人税 1 ポ (クイズ研究会)オーシャン
エンゲル係数 7 ア (ラクロスサークル)ポケット
確かに、SOUND LIFEをポップロックスと読み替えると、団体名の略称の頭文字になる。
「ミステリー研究会の方の言ったことは一通り試してみましたが意味のある言葉にはなりません。しかし、次に狙われるサークルだけでもわかれば、止められるかも――」
杏奈さんはカバンから大学祭のしおりを取り出す。次に狙われるは「ア」だから「ア」の団体を探していく。
合気道部
アイドル愛好会
アカペラサークル森のくまさん
あきまへんで!
アットホーム
……
「あ」から始まるサークルの何と多いこと――。
「ひぎゃあー!」
向こうの方から悲鳴が聞こえる。かなり野太い声だから男性だろう。
「ステージの方でしょうか」
杏奈さんはさっとそちらに飛び出した。慌ててゴミを抱えて僕もついていく。すいすいと人との隙間を迷うことなく縫うように進んでいってしまった杏奈さんを見失ってしまったので僕はステージの人だかりを注意深く観察することにした。やはり人の頭しか見えないけれど何もしないよりはましだろう。僕が発見できたのは担架を持ってきた実行委員の姿だけだった。
「んだとボケェ!」
響いた罵声に野次馬が後ずさるのが分かる。僕は人の流れに逆らってステージに向かった。すみません、とは声をかけるものの、人にぶつかって舌打ちされる。
僕の耳が正しければ、ベンチで休んでいた時に胸倉のつかみ合いをしていた男に違いないのだ。
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