秋の空は高すぎる 5
スタンプラリーの用紙を片手に、朝から僕たちはカードの差出人を探し回っていた。
文化祭2日目の早朝、朝の冷え込みも感じる空気の中だった。杏奈さんと待ち合わせした文化祭実行委員本部テント前に向かおうとした矢先、静かに野次馬が集まっている。当然、杏奈さんもその中にいるはずだ。
「何があったんですか」
何とか人の合間を縫いながら見つけた杏奈さんに声をかけた。杏奈さんは無言でカードを見せてきた。
『ステルスマーケティング』
『5 オ』
そしてその向こう側には、無残に破り取られたらしい紙が貼られていただろう事務机がなぎ倒されていた。奥にはわあわあと泣き崩れている女性がいる。彼女を何人かの男女が慰めていた。
「やっぱりいたんか、あんたら……」
野次馬も実行委員たちによって遠ざけられる中、大男の影が僕たちに近寄ってきた。
「
「例の件ではどうも。そして
田口さんは、オリエンテーリングサークル「コンパス」のメンバー。今年の春に起こった事件で少し顔を見合わせた。杏奈さんと会ったのもあの件がきっかけだ。
はっきり言うと、僕は未だに引きずっている。井川さんの死について。杏奈さんはいちいち気認めているわけにもいかないだろうけれど、当時付き合っていたという田口さんはどうなのだろうか。
「君島の持ち場だからな。よっぽどショックだろう」
「それはご愁傷様です。
やはり人為的に壊されたとみて間違いはなさそうですし、何しろこんなものまでありますからね」
当の田口さんと杏奈さんは僕抜きで話を進めている。物思いに耽ってしまった自分が恥ずかしくなった。
田口さん他コンパスのメンバーに一通り話を聞いた後で、僕らは人気のない文学部棟の隅に腰を下ろした。
「コンパスのメンバー、君島さんたちが制作、ポスターを破り取った人や設置したスタンプ台を倒した人ですが、やはり早朝ということもあって目撃者は期待できそうにありませんね」
昨日杏奈さんに許可されていない勧誘を行っていたことを注意されたテンガロンハットの女性、彼女が君島さんらしい。杏奈さんは彼女に見せられた学生証の顔と名前を憶えていたという。化粧や衣服であんなにも違うものなのか。
今回のスタンプ台は、コンパスの大学祭企画であるスタンプラリーののチェックポイントの1つだったようだ。昨日もらってきた用紙を眺めると、他に4か所のスタンプ台が設置されていて、それぞれに人を配置しているらしい。コンパスは、このポイントを取りやめることを決定したらしい。わがサークルで同じことが起こったとしたら、御簾さんでもそうするだろうなと思う。こんな乱暴なことをした人なのだ、もしも直接襲ってきたらと思うとゾッとする。幸いスタンプは屋内に入れていて無事だったようなので、そのポイントだけ事前にスタンプを押した用紙を配布するという。
「急がなければ……」
杏奈さんが必死に考える中、僕の脳裏には泣いている君島さんをサークルのメンバーが慰めている光景が焼き付いて離れない。
井川さんがいなくなっても、ワンダーフォーリッジの日常は続いた。
僕の足が遠のいてからも、何も変わることはなかった。
イチョウ並木の一本から葉がひらりと舞い落ちる。
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