秋の空は高すぎる 6

「問題、二銭銅貨、――」

 早押しのボタンが押され、解答者が指名される。

「江戸川乱歩!」

 司会者から「正解ー!」という声が上がった。強い。これで彼は2問取ったことになる。

「問題の続きは二銭銅貨、怪人二十面相などの作品で知られる推理小説家は? で、答えは江戸川乱歩です!」

 僕たちはクイズ研究会オーシャンのクイズ大会に出場している。早押しクイズの個人戦方式で、一回の参加者は4人までとクイズ研究会のメンバー1人。3問先に正解した人がチャンピオンとなるらしい。さすがは現役の探偵だけあって杏奈さんも強い。現在、杏奈さんとメンバーのほぼ一騎打ちになっており、僕と他の参加者2人は手も足も出ない。

 僕と杏奈さんは早押しクイズがやりたかった、わけではなく、調査に来ただけなのだ。実行委員から怪しい人物が目撃されたと情報が入ったはいいものの、情報が回っていなかったせいで調査に来たところこちらが不審者扱いされてしまったのだ。苦肉の策でクイズ大会の参加者として潜り込んでいる。参加者どころか観客もクイズ研究会のメンバーしかいない。そのくらい来客がいない。

「では次の問題、今回青海祭おうみさいの参加団体数は?」

 ピポンと隣から音がする。早かったのは杏奈さんだ。

「……185団体」

 正解ならこの回のチャンピオンは杏奈さんになる。一同固唾を飲んで見守る中、司会者は間を持たせて「正解ー!」と答えた。杏奈さんはチャンピオンになった。

「あー、動画とか撮ってればよかったねー。白熱の一戦だったよ」

 おそらく天然なのだろうが観客席に座っていた髪がボリューミーな女性が司会者に駆け寄る。

「本当に惜しいな。うちのエース板橋いたばしと美人探偵との白熱の一戦。twitterで流せばいい宣伝になったろうに」

 今回解答者席にいたメンバーは板橋さんというらしい。彼よりも司会者と観客の女性ががっくりとうなだれていた。

「いいんだよ、プライバシーとかうるさいから。それに今年は難しいだろう」

 板橋さんはたくましい腕で2人を励ます。

 チャンピオンになることは諦めていたし、そもそもチャンピオンになることが目的ではないので、大会中は不自然にならない程度に周りを観察していた。スマホをいじっていた観客席の彼女が4問目が終わるころに司会者に耳打ちしていた。その直後から司会者が杏奈さんに美人探偵と呼び始めたのでネットサーフィンでもしていたら杏奈さんのことを知ったのだろう。メンバーなのだから応援に集中すべき場面ではないかとも思うが。

「と、いうことで、改めてお話を伺いたいのですが」

 杏奈さんは余韻も引きずることなく、他の参加者のカップルが出ていくのを見届けると、彼らに話をしに行った。

「まーそもそも冷やかしのカップルとかを除けばほとんど不審者よね。オタク男子みたいなのばっかだし」

 髪がボリューミーな女性、矢島やじまさんはあけすけと言う。

「ま、そういうの無視ってもいたらしいな、明らかにヤバイ奴」

 司会をしていた諸田もろたさんが板橋さんの肩をポンと叩く。板橋さんは重く口を開いた。

「去年も同じ企画を行ったんだが、『世界で一番新しくできた国は?』という問題を出した。正解は南スーダンだったんだが、そのことに文句をつけてきた奴がいた。その女の主張はニウエだというんだ。ニウエは確かに日本政府が承認した国としては一番新しいが、国連には加盟していない。とにかくその問題でひと悶着があって、今年は一問一問会議にかけたんだ。だから今年作成できたのは44問。11問を1日使いまわす」

 文化祭は4日間の日程で開催されるので4日とも参加しても違う問題が出るようにとの配慮だろう。サークル内で会議にかけることを考えるとそれが限界に違いない。

「一応美人探偵ちゃんに調べてもらったほうがよくない?」

 矢島さんが板橋さんに助言する。

「でも俺たちには名前すら知らされていない。実行委員に怒鳴りこまれたせいで向こうから事情を聞かされることはあったが、うちには何の情報もない」

「その後はどうなりましたか?」

 杏奈さんはいつの間にか取り出したスマホに今の会話を記録していく。

「ウチも情報元を明記した報告書を提出したよ。おそらくそれを見せたうえでこれ以上やるなら民事裁判をっていう話を持ち掛けたらしい。それ以来トラブルは起きていない。が似たような背格好の女がこのあたりをうろついているという話だ」

 確かにその女性は去年のことを蒸し返すチャンスをうかがっているのかもしれない。不審者には違いないが、一連の件とはあまり関係のなさそうな話に、杏奈さんはどこまで介入するだろうか。

「その女性の特徴をお伺いします」

「身長は俺と同じくらいだから180cmくらいだろうな、の痩せ型」

「でもブーツ履いてたから-5センチくらいじゃない?」

「髪が長くてボッサボサ、緑のフレームのメガネをかけてた、ジミーな女だよ。一年前は、だけど」

 杏奈さんはしっかりメモすると、礼をいって大会の会場として使っていた教室を出た。僕もそれにならって退室する。

「ふうん」

 1つ隣の教室の廊下の壁に寄り掛かっている女性が声を発した。彼女の方を振り向く。あまり整えられていない長い髪。緑のフレームのメガネ。おそらくもともと背が高いのだろうけれど黒いブーツで底上げされたおかげで威圧感を放っている。

 おそらく、というか間違いなくオーシャンに文句をつけた女性だろう。

「どうかなさったんですか」

「探偵さんなんだ」

 彼女は腕組みを解いてこちらに歩み寄る。

「それがなにか?」

「あんたはあっちに味方するんだ」

 彼女は高身長の利を生かして杏奈さんを見下ろす。身長の低い杏奈さんには不利な相手だ。僕もそこまで身長があるわけではないが間に立つ。

「ふーん、さながら騎士とお姫様ね」

 次に何が来るかわからない。僕は身構えた。

「あなたたち勘違いしているのかもしれないけれど、こっちの教室に来ただけなのよ? 落研の友達の晴れ舞台を見に来ただけなんだから」

 確かに隣の教室は落研、落語研究会が使っているらしい。立て札が出ている。

「ですが、そちらこそ何か勘違いをされているのではないでしょうか」

「はあっ?」

 黒ブーツの彼女は声を荒げた。

「私は確かにオーシャンが使っている教室から出ては来ました。また、確かにオーシャンは去年のクイズ大会でトラブルを起こしたことは存じています。しかし、仮に私が探偵だからと言って、その調査とは限らないのでは?」

 杏奈さんは続けた。事実、今回オーシャンの人と話したことで去年のトラブルのことを知ったのだ。彼女の言いがかりに過ぎない。逆に、彼女がトラブルの火種となったと我々に教えてしまったようなものなのだ。

「じゃあ」

 彼女が話をしようとしたところで、壁越しに悲鳴が聞こえる。方向的にオーシャンのクイズ大会会場だ。

 杏奈さんは彼女の話を遮って逆戻りした。僕たちも後を追った。


参考文献:国連加盟国加盟年順序,https://www.unic.or.jp/info/un/un_organization/member_nations/chronologicalorder/,2019年10月閲覧


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