世形

士田 松次

1.世形

「ねぇ見てみてー。今日は目を変えたんだけどさ、どう?」

「あ、ホントだ。綺麗な青色じゃん」


 受付係をしている私の前方で、椅子に座っている二人の女子高生の会話が聞こえてきた。

 一人は先程、施術を終えた子だ。名前を思い出そうと、手元にある問診票に目をやる。

 木尾きおさんだ。『変更部位に何かご希望はございますか?』の欄には、『透き通った青目に』とある。


「それで? あんたはどこ変えるの?」

「うちは指ぃ。細くするの」


 指……ああ、あった。鎌田かまたさんだ。今施術を受けている患者さんの次だ。

 問診票をぱらぱらとめくって、もう一人の女子高生の名前も見つけた。『白くて細い指』が希望らしい。

 二人共金色の髪で、ネックレスやブレスレットをじゃらじゃらと付けている。紺色の制服こそ着ているが、その特有の地味さなど微塵みじんもない。


「指かぁ……私も太いからなぁ。今度変えようかな」

「そうしなよ。やっぱ細くないとね」

 鎌田さんは明るい顔で、にっこりと笑った。



 ここは緋山クリニック。緋山は医院長の名前。今では珍しくない変形外科病院の一つで、ちなみに私は日野西代ひのにしよ。冴えない受付係です。

 あ、自分で冴えないと言うのはよくありませんね。

 訂正します。

 華やかで美しい、優秀な受付係です。



 現在、この変形外科病院のフロントには、木尾さんと鎌田さんしかいない。丁度ちょうど施術を受けているのも一人だけ。べつに来院する患者様が少ないわけではないんですよ。ただ、今が少ないだけです。月曜日の午後六時ですからね。退勤の時間か、まだ働かれている方が多いのでしょう。

 まぁ、とりあえずそういうわけなので、暇な私は、女子高生二人の会話でも聞くことにします。


「へぇー、それでその彼氏とは別れたんだ」

 鎌田さんが少し驚くような素振りを見せながら、木尾さんに言った。

いつの間にか、話は恋愛トークに変わっている。


「うん。だって流石さすがに、男のくせに目と耳が悪いのはさぁ……。今じゃあすぐに変えられるし」


「あー、わかるよ、わかるー。そうだよねー」

 うんうんと頷きながら、鎌田さんは相づちを打った。確かに木尾さんの言う通り、未だに不自由な部位を変えない男性は珍しい。

 目や耳が理由で、彼氏と別れる女性も珍しいが。


え? 私はどうなのかって? 私のことはいいのです。それよりも彼女達の話を。


 と、また聞き耳をたてようとしたところで、入り口の自動ドアが開いた。

 一人の青年が入ってくる。ジーンズに白いTシャツを着ていて、赤色のペンキを叩きつけられたかのように、大きな模様がはいっている。


「こんにちわ。今日はどう言ったご用件でしょうか?」

 営業スマイルを作りながら、明るく声をかける。青年は少し困った顔をして、黒い短髪の頭を掻いた。そして言いにくそうに、ゆっくりと口を開く。


「……ちょっとそこで、人を撃ってしまって。両腕を手まで全部、変えてもらえますか?」

 一瞬身体が固まる。女子高生の会話も止まった。


「え?あの人……今撃ったって言った?」

「聞き間違いでしょ? 多分フッたって言ったのよ。別れた恋人との思い出を消したくて、手や指を変える人もいるし」

 木尾さんと鎌田さんが、青年に聞こえないようにひそひそと。

 話しているつもりなのだろうが、残念ながらここまで聞こえている。

「あー、でもちょっとカッコよくない?」

「そう?」


 私はなんとか女子二人の会話を無視しつつ、

「まぁ……それは大変ですね」

 と言葉を発した。

 改めて青年の身体をじっと見渡す。よく見ると、ジーンズにも赤色の模様が付いている。


「それでは、こちらの方を記入して頂いてよろしいですか?」

 とりあえず気にしないようにしながら、業務的に問診票を取り出し、青年の前に置く。


 石原幸吉いしはらこうきという名前らしい。

 青年はめんどくさそうな顔もせず、早々とそばに置いてあるペンを取ると、問診票の空欄を埋め始めた。

『変更部位に何かご希望はございますか?』

 その質問の答えが、少しだけ気になる。

 石原さんがすらすらと書き終わり、お手洗いへと向かうと、私は早速、彼の問診票に目を通し始めた。


 べつに彼への興味からではありませんよ。ちゃんとした仕事です。


『綺麗な腕にしてください』……か。ありきたりで少しがっかり。

 人を撃ったと、私も先程そう聞こえたので、てっきり腕を銃にしてくださいとか、書いてくるかと思ったのですが……残念です。

 あ、患者様に残念など言ってはいけませんね。失礼しました。


 私は気を取り直して、女子高生二人へと視線を戻す。

すると突然、白髪の男性が静かに、私の後ろにあるドアから登場した。緋山医師だ。

 そっと私の前に、一枚の紙を置く。今施術を受けている患者さんの問診票だ。

無事に終わったのだろう。ようやく鎌田さんの番だ。


  緋山医師は銀縁眼鏡ぎんぶちめがねの奥で、木尾さん鎌田さん石原さんの問診票を、それぞれ流れるように見てから、白衣をひるがえして再びドアの向こうへと消えた。


 無口でシャイな方なのです。あ、腕は確かですよ。ご安心ください。

 と、そんなことよりも仕事をしないと。


 姿勢を正して、私ははっきりと、かつ流暢りゅうちょうな声を出す。

「鎌田さん、お待たせしました。一度、第二診察室へお入り頂いてもらえますか?」

「はーい。わかりましたぁ」

 軽い返事を受け取る。鎌田さんはブレスレットを揺らしながら、颯爽と受付の横にある通路へと入っていった。


「綺麗な目ですね」

「え? あ、ああ。ありがとうございます」


 気がつくと、お手洗いから戻ってきた石原さんが、木尾さんに話しかけていた。 何気に隣に座っている。

 急に声をかけられ、木尾さんはもちろん戸惑っている様子だ。


「……さっき、変えたばかりなんですよ」

「そうなんですか。いいですね」

 石原さんは羨ましそうに笑った。自分に向けられた笑顔に、木尾さんはなぜかどぎまぎしている。


「あ、あの……目と耳って変えましたか?」

「え? ええ。目だけですけど、随分前に変えましたよ。悪かったので。どうせならあなたみたいに、色も変えればよかったな」

 その返事を聞いて木尾さんは嬉しかったのか、にこっと微笑んだ。


 なぜそんなことが気になるのでしょう。


「あの、この後お暇ですか? あ、私は木尾って言います」


 ん? これはもしかして。


「ええ。暇ですよ。お食事でも行きますか? 僕は石原って言います」

「ホントですか! 喜んで!」


 わぁ! もしかして恋の始まりですね。いいですよね、恋。どきどきします。


「ところで木尾さんは、他にどこか変えられました。」

 首をかしげながら、石原さんが訊く。

 木尾さんが答えるよりも先に、私の手が迅速に動いた。目の前にあるパソコンでさささっと調べる。木尾さんは常連様だ。すぐに見つかった。鼻に耳、肩に両足も変えている。


 あぁ、だからあんなにバランスが……。


 笑い声がして、私は顔を上げた。何を言ったのかわからないが、木尾さんと石原さんがお互い笑いあっている。


 一体なんとお答えしたのでしょう?

 まぁとにかく、お二人は幸せそうです。良かったですね。


 え? 私はどこか変えているのかって? 私はどこも変えませんよ。



 人ですから。

 あ、華やかで美しい、優秀な受付係ですから。

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