世形
士田 松次
1.世形
「ねぇ見てみてー。今日は目を変えたんだけどさ、どう?」
「あ、ホントだ。綺麗な青色じゃん」
受付係をしている私の前方で、椅子に座っている二人の女子高生の会話が聞こえてきた。
一人は先程、施術を終えた子だ。名前を思い出そうと、手元にある問診票に目をやる。
「それで? あんたはどこ変えるの?」
「うちは指ぃ。細くするの」
指……ああ、あった。
問診票をぱらぱらとめくって、もう一人の女子高生の名前も見つけた。『白くて細い指』が希望らしい。
二人共金色の髪で、ネックレスやブレスレットをじゃらじゃらと付けている。紺色の制服こそ着ているが、その特有の地味さなど
「指かぁ……私も太いからなぁ。今度変えようかな」
「そうしなよ。やっぱ細くないとね」
鎌田さんは明るい顔で、にっこりと笑った。
ここは緋山クリニック。緋山は医院長の名前。今では珍しくない変形外科病院の一つで、
あ、自分で冴えないと言うのはよくありませんね。
訂正します。
華やかで美しい、優秀な受付係です。
現在、この変形外科病院のフロントには、木尾さんと鎌田さんしかいない。
まぁ、とりあえずそういうわけなので、暇な私は、女子高生二人の会話でも聞くことにします。
「へぇー、それでその彼氏とは別れたんだ」
鎌田さんが少し驚くような素振りを見せながら、木尾さんに言った。
いつの間にか、話は恋愛トークに変わっている。
「うん。だって
「あー、わかるよ、わかるー。そうだよねー」
うんうんと頷きながら、鎌田さんは相づちを打った。確かに木尾さんの言う通り、未だに不自由な部位を変えない男性は珍しい。
目や耳が理由で、彼氏と別れる女性も珍しいが。
え? 私はどうなのかって? 私のことはいいのです。それよりも彼女達の話を。
と、また聞き耳をたてようとしたところで、入り口の自動ドアが開いた。
一人の青年が入ってくる。ジーンズに白いTシャツを着ていて、赤色のペンキを叩きつけられたかのように、大きな模様がはいっている。
「こんにちわ。今日はどう言ったご用件でしょうか?」
営業スマイルを作りながら、明るく声をかける。青年は少し困った顔をして、黒い短髪の頭を掻いた。そして言いにくそうに、ゆっくりと口を開く。
「……ちょっとそこで、人を撃ってしまって。両腕を手まで全部、変えてもらえますか?」
一瞬身体が固まる。女子高生の会話も止まった。
「え?あの人……今撃ったって言った?」
「聞き間違いでしょ? 多分フッたって言ったのよ。別れた恋人との思い出を消したくて、手や指を変える人もいるし」
木尾さんと鎌田さんが、青年に聞こえないようにひそひそと。
話しているつもりなのだろうが、残念ながらここまで聞こえている。
「あー、でもちょっとカッコよくない?」
「そう?」
私はなんとか女子二人の会話を無視しつつ、
「まぁ……それは大変ですね」
と言葉を発した。
改めて青年の身体をじっと見渡す。よく見ると、ジーンズにも赤色の模様が付いている。
「それでは、こちらの方を記入して頂いてよろしいですか?」
とりあえず気にしないようにしながら、業務的に問診票を取り出し、青年の前に置く。
青年はめんどくさそうな顔もせず、早々と
『変更部位に何かご希望はございますか?』
その質問の答えが、少しだけ気になる。
石原さんがすらすらと書き終わり、お手洗いへと向かうと、私は早速、彼の問診票に目を通し始めた。
べつに彼への興味からではありませんよ。ちゃんとした仕事です。
『綺麗な腕にしてください』……か。ありきたりで少しがっかり。
人を撃ったと、私も先程そう聞こえたので、てっきり腕を銃にしてくださいとか、書いてくるかと思ったのですが……残念です。
あ、患者様に残念など言ってはいけませんね。失礼しました。
私は気を取り直して、女子高生二人へと視線を戻す。
すると突然、白髪の男性が静かに、私の後ろにあるドアから登場した。緋山医師だ。
そっと私の前に、一枚の紙を置く。今施術を受けている患者さんの問診票だ。
無事に終わったのだろう。ようやく鎌田さんの番だ。
緋山医師は
無口でシャイな方なのです。あ、腕は確かですよ。ご安心ください。
と、そんなことよりも仕事をしないと。
姿勢を正して、私ははっきりと、かつ
「鎌田さん、お待たせしました。一度、第二診察室へお入り頂いてもらえますか?」
「はーい。わかりましたぁ」
軽い返事を受け取る。鎌田さんはブレスレットを揺らしながら、颯爽と受付の横にある通路へと入っていった。
「綺麗な目ですね」
「え? あ、ああ。ありがとうございます」
気がつくと、お手洗いから戻ってきた石原さんが、木尾さんに話しかけていた。 何気に隣に座っている。
急に声をかけられ、木尾さんはもちろん戸惑っている様子だ。
「……さっき、変えたばかりなんですよ」
「そうなんですか。いいですね」
石原さんは羨ましそうに笑った。自分に向けられた笑顔に、木尾さんはなぜかどぎまぎしている。
「あ、あの……目と耳って変えましたか?」
「え? ええ。目だけですけど、随分前に変えましたよ。悪かったので。どうせならあなたみたいに、色も変えればよかったな」
その返事を聞いて木尾さんは嬉しかったのか、にこっと微笑んだ。
なぜそんなことが気になるのでしょう。
「あの、この後お暇ですか? あ、私は木尾って言います」
ん? これはもしかして。
「ええ。暇ですよ。お食事でも行きますか? 僕は石原って言います」
「ホントですか! 喜んで!」
わぁ! もしかして恋の始まりですね。いいですよね、恋。どきどきします。
「ところで木尾さんは、他にどこか変えられました。」
首を
木尾さんが答えるよりも先に、私の手が迅速に動いた。目の前にあるパソコンでさささっと調べる。木尾さんは常連様だ。すぐに見つかった。鼻に耳、肩に両足も変えている。
あぁ、だからあんなにバランスが……。
笑い声がして、私は顔を上げた。何を言ったのかわからないが、木尾さんと石原さんがお互い笑いあっている。
一体なんとお答えしたのでしょう?
まぁとにかく、お二人は幸せそうです。良かったですね。
え? 私はどこか変えているのかって? 私はどこも変えませんよ。
人ですから。
あ、華やかで美しい、優秀な受付係ですから。
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