スイッチ

青谷因

回想

あのとき、スイッチが入ったのかも知れない。

それからのことは、あまり、覚えていない。

彼がその瞬間に立ち会えていたならば、私は。

それでも。

ここに居たのだろうか。




妻が、自ら命を絶った。

遺書の様に、残されたメモ書きから、病を苦にしてのことだと伺えた。

生まれつきの病とかで、病院通いが続いていたが、社会人になってからしばらくは落ち着いていたという。


僕と結婚して、いくつかの月日が流れて。

新た病に、悩まされ始めて、再び入退院を繰り返す日々となる。

仕事と生活の事と、彼女の見舞いなどで、ずいぶんと疲弊して、自分でも良く頑張れたと思う。

ただ、僕も人間だから、身体も心も、常に健康だとは言えなくて。

闘病で辛い彼女に、つい強く当たってしまうこともあった。

それがもし、彼女を追い詰めてしまったひとつの要因だとすれば、悔やみきれない。


いろいろと整理をつけて落ち着いてから、僕は再び、妻の実家へ挨拶に向かった。

彼女の母も、弟も、生まれつきあちこちに病を抱えていたと聞き。

また父親は、仕事中の心臓発作でそのまま、亡くなったらしい。

彼女が十代半ばのことだったそうだ。

ふと、義母がこんなことを僕に言った。

「みんな医者通いで、薬が手放せなくてね・・・私も、外には出られない身だから、内職でいろいろ頑張ってはいたんだけど・・・なかなか生活は楽には行かなくてね・・・父さんには、仕事でかなり無理をさせちゃったんだと思うわ・・・」

今で言うところの、過労死、なのではないか、と思ってしまった。

「だけどね、文句とかあまり言わない人でね・・・ああ、でも」

一度だけ、怒りをぶちまけたことがあるのよ、と。

聞かせてくれた言葉に。

僕は生涯、忘れられないものとなった。


『わしはな、おまんらの病院代稼ぎに仕事しよるんじゃないんやぞ!』


倒れる、数年ほど前の出来事だそうだ。

彼女は『私たちが、父を追い詰めて殺したんだ』と。

罪の意識に苛まれ続けたようで。

高校卒業と同時に、がむしゃらに、仕事に打ち込み始めたそうだ。




あの日僕は妻に。

一番言ってはならない言葉を。

口にしてしまっていたのだった。


妻を殺したのは、僕で間違いなかった。

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スイッチ 青谷因 @chinamu-aotani

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